なるほど…そういうことね
この物語は途中保存ができません。
これは、あなたが始めた物語だから。
「文体も文章も口調もめためたになる。なにせ考えることを放棄しているからだ。言いよどむことを後悔しているからだ。言いたいことを言うために、私が大切にしているのはとにかく口に出すことなんだ」
彼は突然しゃべり始めた。壁に向かって。
「後ろの君がどんなふうに思っているだろうか。私はすごく気にしてしまう。繊細なんだ。世にも奇妙な繊細なんだ。とにかくだが、私は君に、私を知ってもらいたい。私を観測してもらいたい。私が生きていても許してくれる存在でいてほしい」
僕に語り掛けてくる。壁に向かって。言葉を反響させるように。
「君の手足。縄で縛る。縄。縄だ。ビニールひもでも、ビニールテープでも、電源コードでもない。縄だ。編み込んだ、縄だ。丹精込めた。気持ちを込めた。なるべくだ。できるだけ。私はプロじゃないからな。もしかしたら、ほどけるかもしれないが。それは、そうなれば、それでいい」
彼。僕。なぜ僕。彼のつくった縄は僕の両手を後ろ手につかんでいる。ささくれが手首を赤くする。確かに、ほどけるかもしれない。もし僕が、もう少し、大人だったら。
「その気持ちを大切にしなさい。もう少し、あと少しだけ、自分が成長していたら。どうにかなっていたというその気持ち。いや、どうにかするかもしれないが。どうにかなってしまうかもしれないが。いわゆる私は、…あれだから」
彼はとにかくしゃべり続ける。しゃべり続けて、疲れて眠る。眠るまで、しゃべり続ける。僕は彼の話を遠いところで眺めていた。心理的に。なるべくの、個人的なスペースを作っている。どうでもいいが、まだそのときじゃない。
「おはようございます。今日もよいお天気で。お天気といえば、…思いつかないや。カーテンを閉め切っているからな…。もしよければカーテンを開けようかと思うんだけど、どうかな」
僕はうなずく。彼の、奇妙な彼の生き方を、僕は肯定することしかできない。そうでなければいけない。
「@@-ーにゃだ」
彼はたまに雑にものをいう。言いたいことを言うというより、言葉が思い出せないのかという気持ちになる。とても、残念な気分になる。疑問ははれない。なぜ彼は僕をここに置いているのか。なぜ僕が彼の観測者なのか。とても馬鹿らしい気持ちでいっぱいだ。
「僕はいつでも着地できるようにしている。この物語はいつでも終わることができる。なぜなら、僕がやばいやつだからだ。やばいやつをとめる正義が、この国にはある。とても、恵まれている。恵まれない子供たち。映画化できそうな語感だ。恵まれない子供たちの中にも恵まれている子供たちはいるだろうし、そこら辺の葛藤を描くことができるかもしれない。今日は小説を書こう。漫画がいいかな。SNSでばずってほしい。どう思う、少年」
「漫画が…いいと思います」
敬語。答えは肯定。内容になにも関与しない。ただ、機械的になる。僕はまだ、臆病だ。彼を深く、十分に知らない。
「うん、じゃあ小説にしよう。漫画を描くのは時間がかかる。なにより、タブレットがない」
「…」
とても変な人だ。奇妙な人だ。こういう関わり方しかできない人だ。僕の人生では、絶対に関わらない人だ。
「ところで少年は、物語の途中だが、この話にどうオチをつける。僕は今、すごくメタい話をしている。ただひたすらにしゃべる僕と、あまりしゃべることのできない君。この関係性はいつまで引き延ばせる。例えば、ある脚本家はワンシーンに必ず意味を持たせるべきだと言っている。交換であったり、関係を進める交流であったりするべきだと。僕もそう思う。だから区切りがつくまで僕はしゃべっているんだけど、区切りが見えない。今日は何を区切りにしようか、考えていなかった。いつもは違うんだが、毎日は…つらい」
おそらくは、彼の中では、これは一種の物語、執筆なのか。お話を作るためのシチュエーションなのか。僕はそれに参加させられた。彼の話は理解できない。理解しようとすると、頭が曲がる。
「なあ、僕はそろそろオチをつけたい。進展させたい。物語を。貧しい人たちが一気に暴徒化して、金持ちの子供をさらったとか、そういう衝撃的な事件を詳らかにしたい。使い方、会ってるよね」
「たぶん…」
僕にもわからない。漢字の書き方もわからない。このシチュエーションは、いつまで続くのか。わからない。
「なにか区切りがいる。意味のあるシーンを見たと思わせる、明確な区切りがいる。例えば…君が否定しだすとか。急に否定しかしなくなるとか。君は今、イエスマンだろ。やってみる。ノーマンになってみろ。君の容姿は似ても似つかないが」
「似てません」
「違う、今は似てますというべきだ。似てないという言葉に対する否定だ。機械的にこなすな。感情に鋭くなりなさい。君にかけているのはそれだ。君はまるでロボットのようだな。これはみっちり教えてやらなければならないようだ」
「やめてください」
「それだよ。それ。それがいい」
「やめてください。お願いします」
「やめない。やめる気はなくなった」
「ほんとうに、やめてください。やめてください。やめてください」
「いやよいやよ…ね」
彼は電気を消した。