第4話
※次回は明日の正午に更新します。
先輩が帰ったあとも、わたしたち一年生はそのまま楽器の練習を続けた。
だけど、三人は途中から楽屋裏に戻っていた。男子二人がスマブラで遊び、わたしはその光景を後ろからぼんやりと眺めていた。
やがて、完全下校時刻の時間になった。窓と入り口の戸締りをしてから、三人は部室の鍵を返すため職員室へと向かった。
外は日が暮れ始めていた。蛍光灯で照らされた廊下は昼間よりも静かで、どことなく寂しい雰囲気だ。ときおり、廊下の反対側から何人かの生徒とすれ違う。きっとわたしたちのように、遅くまで部活動をしていたのだろう。
二人の後ろを歩いていると、寺島がわたしのほうに振り返った。
「そうだ、栗沢さん。今度の休日、予定が空いてたら楽器店に行かない?」
「楽器店?」
「自分用のドラムスティックを持ってたほうがいいよ。それに、僕らもそろそろ楽器店に行こうと思ってたんだ。ね、オガチン」
「そんな話、俺は聞いてねーぞ」
「そこは話を合わせてほしいなあ」
「知るか」緒方はそっけなく答えた。「まあ、楽器店には早めに行ったほうがいいかもな。栗沢、おまえも一緒に来い。部長も含めて四人で出かけるぞ」
いつの間にか休日の予定が決まってしまった。まあ、予定なんて特になかったから別にいいんだけどさ。
「うん、いいよ」わたしは快く返事をした。「ドラムスティックだけじゃなくて、ドラムの演奏技術が載ってる本も買うべきだよね」
「教則本のことだね」寺島が軽く頷いた。「それも買ったほうがいいと思うよ。よし、僕があとで相神さんにも連絡しておこう」
ドラムのたたき方なら、おそらくインターネットでも調べられるはずだ。だけど、ちゃんとしたテクニックを覚えるのなら、自分の手元に一冊は教則本を置いておくべきだ。
三人で話しているうちに、職員室まで到着した。部室の鍵を返却した後、わたしたちは学校の正門前で別れた。
その日の夜、軽音部員たちでLINEのやりとりをした。
土曜日は相神先輩の塾と寺島のバイトが被っていたため、四人で楽器店に行くのは次の日曜日に決定した。
楽器店になんて行ったこともないから、どんな場所なのか明確には想像できない。今から日曜日が楽しみだ。
翌日の放課後。
わたしは部室には寄らず、柚月たちと駅前で買い食いをしていた。
帰りのホームルームのとき、柚月、伊織、花音の三人に強く誘われたため、断ることができなかったのだ。
「……ねえ、ほしの。聞いてる?」
柚月がわたしの顔を覗きこんだ。
「え?」わたしは手に持っていたソフトクリームを落としそうになった。「あ、ごめん。聞いてなかった。考えごとしてて。なに話してたんだっけ」
「しっかり話聞いててよね、もう。今度の日曜日にさ、四人で都内に遊びに行こうって話してたとこ」
「こ、今度の日曜日!?」
「うん。もう少したったら、試験期間に入るじゃん。だから、その前にめいっぱい遊んでおかなくちゃって思ってね」
「そうそう、柚月の言うとおり」伊織が横から口を挟む。「私、前回のテストで赤点取っちゃったから、今回はガチで勉強したいんだよねー」
「この四人で都内に行くのは初めてだね」花音がわたしに目を向ける。「ほしのちゃんはどこか行ってみたい場所とかってある?」
その問いかけに、わたしは押し黙ってしまった。
日曜日はすでに軽音部のみんなと約束している。いまさらになって軽音部の約束を断ったりしたら、あの三人に迷惑をかけてしまう。なにより、緒方の反応が怖い。
「あのさ、土曜日じゃダメかな……?」
「土曜はバイト入ってるから無理」
「私も家族と出かける予定があるんだ」
伊織と花音はわたしの希望をあっさり打ち砕いた。
「土曜日じゃなきゃ行けないの? なんで?」
柚月が間髪を容れずに聞いてきた。
「……ごめん、みんな」わたしは三人の顔を見回した。「日曜日はどうしても外せない用事があって、だから――」
「それって軽音部関連のことでしょ」
柚月の口から正解が出て、わたしはびっくりした。
「よくわかったね、柚月」
「あんたが軽音部に入ったのって、つい一昨日のことじゃん。なにかバンドに必要なものでも買いに行くのかなって思っただけだよ」
「なんでそこまでわかるの!?」
彼女はエスパーなのだろうか。
「だったらしょうがないか。今回はあたしたち三人で行こっか」
「三人とも、ほんとにごめんね」
わたしは頭を下げてもう一度謝った。
「ま、入ったばかりじゃ忙しいわな」
伊織が肩をすくめた。
「残念だなあ。この次はほしのちゃんも含めて、四人で遊びに行こうね!」
花音はわたしの目を見て微笑んだ。
「うん、約束する。柚月、伊織ちゃん、花音ちゃん。絶対に四人で遊びに行こうね」
三人がわたしを咎めるようなことはなかった。それがとても嬉しかった。
期末試験が終わるまで、もう遊べないかもしれない。
でも、そのあとはみんなといっぱい遊ぼう。
溶けかけたソフトクリームを舐めながら、そんなふうに思った。