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第八章 

 結論から先に言うと、軽音部が廃部になることはなかった。


 最初に学校側から提示された三つの条件をすべてクリアすることができたからだ。


 しかし、すんなり軽音部の存続が決まったわけではない。


 ライブ終了後、柚月はその日のうちに入部届けを提出し、正式に軽音部の部員になった。この時点で、軽音部の部員数は五人になった。


 それから二日後、教職員たちによる定例会議で、わたしたちは『軽音楽部として一定の活動成果を収めた』ことが認められた。


 さらに数日後、相神さんが正式に軽音部を引退した。この学校では三年生の部活在籍期間が最高で三年目の十二月末までとなっている。部員の数が一瞬でも五人になったことを確認したうえで、相神さんは自らの意思により軽音部を去ってしまった。


 このことが原因となり、学校側でひと悶着が起きた。すなわち――『部員の数を五人以上にする』という条件を達成したかどうかで、教職員たちの意見が分かれたのだ。


 最終的にはわたしたちの努力が認められ、軽音部を存続させるという結論に落ち着いた。


 あとから聞いた話によると、わたしたちのライブを観てくれた鈴原先生や松谷先生、そのほか何名かの先生が軽音部を擁護してくれたらしい。


 学校側の恩情、そして柚月の迅速な行動によって、軽音部は廃部を免れることができた。


 ただし、軽音部の廃部が完全に取り下げられたわけではない。


 部員の数は結局四人のままだからだ。


 あくまで首の皮が一枚繋がっただけ。一年以内に部員数を五人に増やし、再びなんらかの活動成果を収めなければ、軽音部は容赦なく廃部になるとのことだ。


 まあでも、そんなに心配することもないだろう。


 今のわたしたちなら、軽音部を存続させることができる。


 そう確信している。




 季節はゆるやかに流れ、いつの間にか桜のつぼみがぽつぽつと膨らみ始めてきた。


 今日は市立東松原高校の卒業式の日だ。


 大勢の保護者や在校生が見守る中、卒業生たちは答辞を述べ、吹奏楽部の演奏に合わせて校歌や国家を斉唱した。


 吹奏楽部の演奏は相変わらず素晴らしかった。文化祭のとき、どうして軽音部のほうに惹かれたのか、いまさらながら不思議に思う。


 卒業式が終わってから、わたしはすぐに軽音部の部室に向かった。


 お世話になった相神さんにお礼を言うため、後輩であるわたしたちが彼女を部室に呼び出したのだ。


 相神さんとはたまに連絡を取り合っていたけど、実際に会うのはしばらくぶりだ。


 なんでも近況によると、彼女は都内にある某難関大学の一般入試を一発で合格したのだとか。二学期の後半はライブのため、塾に通う日数さえ減らしていたというのに。わたしとは根本的に脳味噌のつくりが違うのだろう。


 また、相神さんの元カレである春彦さんはあの日、わたしたちのライブを観ていたそうだ。さらに去年の年末に春彦さんと会い、二人きりでいろんなことを話したらしい。それから今日にいたるまで、春彦さんとは一度も会っていないとも教えてくれた。


 彼女が過去を清算できたかどうかはわからないし、そのことを自分からたずねるつもりもいっさいない。これはわたしがどうこうすべき問題ではないのだ。


 部室に到着すると、すでに緒方と寺島の二人が来ていた。


「二人とも、なにかプレゼントとか用意した?」


「俺はCDを何枚か」


「僕はクロスとチューナー、それに最新の小型アンプでしょ。それから――」


 寺島の視線の先には、どう見ても新品にしか思えないベース関連のアイテムが山のように置かれていた。


「てらじー、いくらなんでもガチ過ぎじゃない?」


「ほしのちゃん! それ以上はなにも言わないでくれ!」


 冬休みに入って新しくバイトを始めたのは、この日のためだったのか。そんなにプレゼントが多かったら持って帰れないのではなかろうか。


「おめーは変なところで太っ腹だよな」


 緒方は妙に感心していた。これは最近になってわかったことだけど、どうもこの男は恋愛方面に関してはかなり疎いらしい。


「ねえ、てらじー。……言うの?」


「…………」


「無視すんなし」


 相神さんは明日になれば都内に上京してしまう。少しでも早く一人暮らしに慣れたいからだそうだ。そのことは寺島だって知っているくせに。


 寺島から返事らしい返事が聞こえてくる前に、相神さんが部室にやってきた。


「やー、三人ともお待たせ! 久々にこれ担いでたから疲れちゃったよー!」


 相神さんは大きなベースケースを背負っていた。


 一年生の三人が祝辞の言葉を口にしたあと、わたしはなにげなくたずねてみた。


「相神さん。そのベース、どうしたんですか?」


「ここに置くために持ってきたんだ。このベースは元々私のものじゃなくて、私が一年生のときに先代の先輩から譲り受けたものなんだよね。そのままパクっちゃおうかとも思ったけど、やっぱりここに置いていくことにしたの」


 そんなこと初めて聞いた。


「あ、あの、相神さん。ベースはもう、続けないんですか……!?」


 寺島が動揺しながら聞いた。


「そうだね。しばらくはやらないかな。大学が始まったら、いろいろと忙しくなりそうだし。ベースはもうとうぶん弾くことはないと思うよ」


 その言葉を聞いて、寺島はがっくりと肩を落とした。相神さんへのプレゼント代、全部でいくらぐらいしたのだろうか。


「あれ、柚月ちゃんは来てないの?」相神さんが部室を見渡す。「まだ楽器始めてないみたいだから、ベースを授けようと思ってたのに」


「柚月なら、今日はここには来ませんよ」わたしが答える。「自分がいても邪魔になるから、だそうです」


「なーんだ。なら、代わりにあの子に伝えておいて。このベース、好きに使っていいよって」


 ベースを肩から下ろしながら、相神さんが言った。


「わかりました。必ず柚月に伝えておきます。……ところで、相神さん。これ、お世話になったお礼です。受け取ってください!」


 わたしは懐に隠していたプレゼントの袋を相神さんに差し出した。その中には感謝の気持ちを綴った手紙に加え、柚月と二人で選んで買った髪飾りが封入されている。


「わー、なにこれー!? めちゃめちゃ嬉しいんですけど! ねえ、今ここで開けてもいい?」


「それは帰ってからのお楽しみということにしてください」


 髪飾りだけならともかく、ここで手紙を読まれるわけにはいかない。


 わたしに続いて緒方はCDを、寺島はベースのピックを差し出した(そのほかのベース関連のアイテムは、相神さんにやんわりと受け取りを断られた)。


「そんじゃあ、私からもプレゼント」


 そう言って、相神さんは三人の一年生にそれぞれ異なるデザインの封筒を手渡した。中身は三人に宛てた手紙とのことだ。


「家に帰るまで開けちゃダメだからね」


「わかってます。……志穂さんこそ、帰り道に開けたり、しないで、くださいよ」


「やっと私のこと、名前で呼んでくれたね――ってほしのちゃん、もしかして泣いてるの!?」


「だ、だって、ひぐっ、今日でお別れですから。先輩、ご卒業、おめでとうございます」


「あの日と立場逆転だね。……あ、そうだ。最後に覚えておいて。私の高校生活の中で、きみたちと過ごした時間が一番楽しかったよ。またね、みんな。ありがとう。元気でね」




 部室の窓から外の景色を覗いてみた。昼下がりの正門前は、大勢の卒業生や在校生で賑わっている。ここからだと生徒たちの顔が判別しづらいため、相神さんの姿は確認できない。


 部室には一年生の三人だけが残っていた。


「てらじー、今ならまだ間に合うかもしれないよ」


 わたしはステージにいる寺島に話しかけた。ちなみに、緒方は楽屋裏でゲームをしている。


「いや、もういいんだ」


「どうして?」


「相神さんにとって、僕らと過ごした時間が一番楽しかったのなら……最後の最後になって、その思い出を壊すようなマネはしたくないんだ。もしもだよ、もしも僕があの人に告白して、付き合うことができたとして――そのあと別れるようなことがあったら、この一年間の思い出が台無しになってしまうかもしれない。そんなことは僕も相神さんも望んでないから」


「てらじー……」


 そこまで考えているとは。


 彼の中ではもうとっくにけじめがついているのかもしれない。


「あらかじめほしのちゃんから、相神さんの過去を聞いておいてよかったよ。そういうことで、この件に関してはこれでおしまい。これ以上の詮索及び言及は禁止! わかった?」


「はいはい。わかりましたよーっと」


 寺島との会話が一段落したそのとき、楽屋裏の扉が音を立てて開いた。


「ゲーム飽きちまった」緒方はしゃべりながらステージに向かう。「ちょっくら三人で音合わせでもするぞ」


「よし、きた。僕も今からギターを弾こうとしてたんだ」


 寺島は壁に立てかけていた自分のギターを取りに向かった。


「栗沢、一緒に演奏しようぜ」


 緒方が口角を吊り上げ、大きな目でわたしの顔を捉えた。


「うん、待ってて」わたしは窓から顔を離した。「今、ドラムの準備するから」


 わたしたちは現在高校生であり、同時にバンドマンでもある。


 これから先も軽音部を存続させたい。


 みんなと一緒に音を紡ぎたい。


 だから――わたしは今日も、ドラムで熱いビートを刻み続けるのだ。


 『ほしのつどい』のメンバーとともに。

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