第4話
※次回は2日以内に更新します。
アンコールに答え、わたしたちは立て続けにビートルズの『シー・ラブズ・ユー』、アジアン・カンフー・ジェネレーションの『リライト』、ホワイトベリーの『夏祭り』を演奏した。
アドリブで演奏した部分も多かったし、演奏がグダグダになった場面もたくさんあったけど、ライブは盛況のうちに幕を閉じた。
先生たちも口をそろえてわたしたちのことを褒めてくれた。これなら、最初から全曲やってもよかったかもしれない。
楽屋裏に戻るや否や、三人は興奮した様子でライブの感想を語り始めた。寺島や相神さんはもちろんのこと、緒方ですら口数が多くなっていた。
そんな三人に圧倒され、わたしは途中から聞き役に徹することにした。みんなのはしゃぐ姿を見ているだけでも楽しいので、それはそれで構わない。
柚月からLINEのメッセージが入っているのに気づいたのは、ライブ終了から約二十分後のことだった。
『女子トイレの前で待ってる』
そのメッセージを読んだ瞬間、わたしは部室から飛び出していた。
特別教室棟五階の女子トイレ前に、柚月が一人で待っていた。
「ごめん、柚月! 待った!?」
「別に待ってないよ」
柚月の声音は穏やかだった。
「あの、ライブ! ど、どうだった……?」
わたしはおそるおそるたずねてみた。
「かっこよかったよ。ぶっちゃけ、あんたのこと見直した。ていうかなに、あのドラム。短期間でどれだけ練習したんだか」
柚月はにっこり笑っていた。
その反応は、まさにわたしが求めていたものだった。
嬉しくて自然と頬がゆるんでしまう。
「ありがとう、柚月。それとさ――」
「聴いたよ、四曲目」
「そう、それ! 聞こうと思ってたんだ」
「ほしの。あんたってもしかして、そっちの気があるの?」
柚月は小指を立て、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ち、ちが! そういう意味じゃないよ!」
「あはは、わかってるって。ちゃんと伝わってるから。だから、その……」
「その?」
「……ごめんね、たくさんつらい思いをさせて。今からでも遅くないよね?」
「柚月……!」
やっとだ。
ここまでたどり着くのに、ずいぶん長い時間を要した。
「わたしも、酷いこと言ってごめん」
「いいって。あんたが謝る必要はないから。また一緒に遊ぼうよ、ほしの」
「うん!」
「それでさ……話が変わるけど、いい?」
「うん、なに?」
柚月は急にもじもじし始めた。
「あのさ、ライブのとき、部員を募集してたでしょ。それって――あたしでもいいの?」
「え?」
「だーかーらー! あたしが軽音楽部に入ってもいいのかって聞いてんの!」
「柚月が軽音部に……?」
そんな言葉が聞けるなんて、わたしは夢にも思っていなかった。
「ダ、ダメかな?」
「もちろん大歓迎だよ! でも、どうして急に?」
「そりゃあ、そっちの演奏のほうが、吹奏楽部よりかっこよく見えたからだよ。それに、軽音楽部って廃部の危機なんだよね」
「え、なんで知ってるの」
「文化祭のとき、あの部長の人がそう言ってたでしょ。あたしが入ることによって軽音部の廃部が少しでも遠ざかるなら、協力してやってもいいかなって思ったの」
そうか。柚月が入部すれば、軽音部は五人になる。廃部は取り下げになるかもしれない。
「柚月、本当にありがとう! マジ助かるよ!」
「本音がだだ漏れだよ、あんた」くすくすと笑う柚月。「そういやさ。なんなの、あのバンド名は。『ほしのつどい』だっけ? ずいぶん個性的な名前だよね。これからあたしも『ほしのつどい』の一員になるのかな」
「あ、あれはほら、あの三人が勝手に名づけただけだから……って柚月。あのとき笑ってたのって、柚月でしょ……?」
「あ、バレた?」
「柚月……やっぱり、もう一回謝ってよ……!」
「えー。もう勘弁してよ。ほら、今度読み終わったゼクシィあげるからさ」
「いらないよ、そんなの!」
廊下にわたしと柚月の笑い声が響く。
久しぶりに柚月と笑い合うことができて、わたしの心は舞い上がっていた。
柚月と別れたあと、わたしはバンドメンバーの待つ部室の楽屋裏に戻った。
そして、柚月と無事に仲直りができたことを三人に報告した。
緒方、寺島、相神さんの三人には、いろいろな形で助けられた。わたしは心をこめてみんなに感謝の言葉を贈った。
寺島が用意周到にお菓子やジュースを持ってきていたので、みんなでライブ成功を祝して飲み食いすることにした。
途中からは四人でテレビゲームに興じた。四人同時にゲームをして遊んだことはあまりなかったせいか、みんなのテンションがやけに上がっていた。下手したら、さっきのライブよりも盛り上がっていたかもしれない。
たぶん、メンバー全員の緊張の糸が切れていたのだろう。
瞬く間に完全下校時刻が近づいてきた。ひとまず、キリのいいところでゲームを打ち切ることにした。
十二月はもっとも日が暮れるのが早い。太陽は西の空に沈みかけていた。部屋にはすでに蛍光灯の灯りがついている。
「そろそろ帰りますか?」
ゲームのコントローラーを片づけながら、わたしは相神さんに話しかけた。
しかし、彼女からはなにも反応が返ってこない。
「あのー、相神さん。聞こえてますか」
相神さんは顔を俯かせ、押し黙っている。
様子がおかしい。ついさっきまで、あんなに笑っていたのに。
「相神さん……?」
「おい、栗沢」
緒方に声をかけられたことで、ようやく彼女が声を押し殺して泣いているのだと気づいた。
寺島がさりげなく彼女の近くに寄り添う。
しばしの沈黙のあと、相神さんが静かに顔を上げた。
「……ダメだね、私は。我慢してたのに。後輩の前では、涙を流さないって決めてたのに」
「あ、あの!」寺島が顔を赤くしながらしゃべる。「我慢は身体に毒だと思います。泣きたいときには泣くべきです」
イスに座る相神さんを、一年生の三人が取り囲む。
「昨日から、ずっと思ってたんだ」震えた声で相神さんが語り始める。「このまま時間が進まなければ――いっそのこと、止まればいいのになって。部室の飾りつけしてるときとか、スタジオで音を合わせてるときとか、帰りに駅に向かうときとか……ずっとそう思ってた。今から一年生に戻れるなら戻りたいな。まだ卒業したくない。もっとみんなと一緒にいたいよ……」
そう思うのは、ごく自然なことだろう。
彼女は――相神さんは一年以上もの間、軽音部に一人きりでいた。それなのに、今度は新しくできた後輩を置いて、自分一人だけが先に出ていかなければならないのだ。
わたしたち三人に余計な心配をかけさせたくなかったから、今この瞬間まで本心を表に出さないように堪えていたんだ。
そんな彼女の胸中を、今の今まで察することができなかった。
わたしはなんてマヌケな女なんだ。
「……情けない先輩でごめんね」相神さんは制服の袖で両目を拭った。「うん、少し落ち着いてきた。もう大丈夫、かな」
「部長」
緒方が相神さんの顔を見つめた。
「なーに、緒方くん」
「卒業しても、また会えばいいじゃないっすか」
「また……?」
「そうです。また会えます。呼んでくれれば、俺ら全員で部長のもとまで駆けつけます」
「そ……そうですよ、相神さん!」寺島がここぞとばかりに声を張り上げる。「ぼくたちみんな、言葉にできないほどあなたに感謝してますから! 四人が楽器を持って集まれば、またいつでもセッションできますよ!」
「そのとおりです! だから、悲しまないでください!」
二人に続いてわたしが言葉をかけると、相神さんの瞳が大きく見開かれた。
「みんな――ありがとう……!」
大丈夫です、相神さん。
きっとまた会えます。
ですから、どうか笑って卒業してください。
「よーし! それじゃあこれから、ファミレスで打ち上げだ! そのあとはカラオケ? それともボウリングに行く? なんならスタジオに直行してもいいぜっ!!」
吹っ切れたのか、相神さんはいきなり怒涛のハイテンションでまくしたてた。
この調子ならもう大丈夫かな。
あ、そういえば。
廃部の件はどうなったのだろうか?
ふいにそのことが頭をよぎった。
それは明日になるまでは知らなくてもいいだろう。
今この場面でそれを口にするのは、野暮ってものだ。
……でもやっぱり、気になるものは気になる。
――部活動の神様、お願いします。
どうか、わたしたちの軽音楽部を存続させてください。
わたしは心の中でそっと祈った。
明日には笑えるように。




