第2話
今日のライブで演奏する曲は全部で五曲。特に時間制限はないけど、演奏のクオリティを高めるためにあえて曲数を絞ったのだ。
わたしはドラムのイスに座り、真正面に目を向ける。
目の前には約半年間の練習をともにしたドラムセットが鎮座している。そして、その向こう側には弦楽器を構えた緒方、寺島、相神さんの後ろ姿がよく見える。この素晴らしい風景を眺められるのは、世界でただ一人だけだ。
ああ、なんだかワクワクしてきた。今日は頼むよ、相棒。
ふいに、放送用のスピーカーから流れていたSEが止まった。
場内の音が完全に静まりきる前に、緒方が鋭いギターフレーズをかき鳴らした。
一曲目に演奏するのはルナシーの『トゥナイト』。
この曲は疾走感溢れるロックナンバーで、ルナシーの中でも有名な曲らしい。同バンドが好きな相神さんの希望により、二学期の始めごろから四人で音を合わせ始めていた。
本来ルナシーはギターとボーカルのパートが別れているけど、わたしたちは人手が足りないから、緒方がギターボーカルを担当することになった。
タイミングを見計らい、わたしは開いたハイハットを二発鳴らす。続いて左右の腕を素早く交互に振り下ろし、スネアドラムを八連打。それから同じパターンのドラムフレーズを繰り返したたく。
そこに寺島のギターと相神さんのベースが乗っかり、四人の演奏が始まった。
腕が重い。
足に力が入らない。
頭上の照明が熱い。
息が苦しい。
だけど――これまでのバンド練習とは違い、今はわたしたちの演奏を観てくれる人たちが何十人もいる。特別教室棟五階の端にあるこの部屋まで足を運んできた彼らは、少なからずわたしたちのライブに期待しているはずだ。
だから、ここで手を抜くようなマネは死んでもしたくない。
緒方はひたすらシンプルなギターリフを弾き続ける。単調なフレーズだからこそ、少しでも気を抜くと演奏が崩れてしまう。しかし、緒方はつっかえることもなく懸命にギターを弾き、同時に伸びやかな歌声を披露している。
楽器を奏でながら大声で歌う――わたしにはとてもできない芸当だ。
雷鳴のように轟く緒方のギターボーカルに真っ向からぶつかっているのは、寺島の繊細なギターだ。彼のギターフレーズは暴風雨のような唸りを上げている。細かく振動するそのギターサウンドは、まるで命を吹きこまれた芸術品のようだ。
そんな二人の音を縁の下から支えているのが、相神さんの丁寧なベースだ。彼女のベースラインは大地に根を張った大木のようにどっしりとしている。その重厚なサウンドが、緒方と寺島の音を繋ぎ合わせていく。
そして、バンドにおいて心臓の役割を果たし、リズムの要となるのがわたしのドラムだ。
みんなより拙い演奏だとは思う。それでも、わたしは三人の土台となるべき存在。力強くたたきながらリズムキープをしなければならない。
原曲だとバスドラムの三連打が続く箇所が多いけど、今回は二連打にとどめた。手数の多いフィルインの部分もだいぶ簡略化している。
とにかく、四人の音が一つに合わさるように、一定のテンポを維持しながらたたくことが大事だ。
曲は終盤の展開に入った。ラスサビはわたしのお気に入りのパート。スネアドラムとバスドラムを交互にたたくのが楽しい。
演奏は終極へと向かっていく。
最後にスネアドラムをきっちり八連打し、クラッシュシンバルの一撃を入れる。
嵐のような一曲目の演奏は、ほんの三分足らずで終わった。
演奏終了と同時に、観客たちから大きな拍手が送られてきた。
やばい、気持ちいい。
ライブってすごいな……!
真剣にプロのミュージシャンを目指す人たちの気持ちが、今ならよくわかる。
激しいテンポのドラムプレイと頭上の照明のせいで、わたしの身体は早くも火照っていた。
小さな汗の粒が首筋をつたう。両手も汗でじんわりと滲んでいる。ドラムスティックに滑り止め用のテープを巻きつけておいて正解だ。
弦楽器の三人は次の曲に備えてチューニングを始めた。その間にMCをして場を繋ぐのはわたしの役目だ。
わたしはおもむろにイスから立ち上がり、緒方のマイクスタンドの前までやってきた。
観客たちは興味津々な様子でわたしに注目した。
じっとしていたら心臓が口から飛び出てきそうだ。早くしゃべって後ろに戻ろう。
マイクを自分の口元まで下げ、わたしはガチガチになりながら声を出した。
「は、は、ひゃじめまし――」
キ――ンという高音が室内に響きわたる。マイクがハウリングを起こしたみたいだ。そのうえ、冒頭から噛んでしまった。軽く死にたい。
「ごほん。えー、はじめまして。わたしたちは市立東松原高校の軽音楽部で結成した、四人組のバンドです。今日はわたしたちのファーストライブを観に来てくださいまして、まことにありがとうございます」
気を取り直しつつ、事前に用意しておいた話を進める。あたりさわりのない挨拶に加え、新入部員を募集していることも告げた。
ただし、廃部のことに関してはいっさい触れなかった。それは「お客さんには純粋に今日のライブを楽しんで帰ってもらいたい」という相神さんの意見を尊重したからだ。
MCを終え、わたしはドラムの席にとんぼ返りした。
三人ともとっくに楽器のチューニングを済ませている。
次の曲はわたしのドラムから入る。急いで体勢を整えなければ。
「……一つ、言い忘れていたことがありましたー」
相神さんがマイクを通して唐突にMCを始めた。
予定ではここでMCは入っていない。
いったいなんだろう?
「まだバンド名を言っていませんでしたね」
バンド名?
それなら結局決まらなかったはずだ。
しかし、次の瞬間――想定外の言葉が耳に飛びこんできた。
「私たちのバンド名は『ほしのつどい』です! よろしくね!」
ほしの、つどい……?
「――なんでわたしの名前が!?」
わたしの反応に、観客席から数人の笑い声が聞こえた。
「このバンド名は、ドラムのほしのちゃんから名づけました」相神さんは話を続ける。「まあ、本人には内緒で勝手につけちゃったんですけどね。ごめんね、ほしのちゃん」
相神さんはこちらを振り返り、片手で謝罪の意を示した。そして、すぐに顔を前に戻す。
「ほしのちゃんが私たちのバンドに加入してドラムを始めてくれたから、今日ここでこうしてライブができるのです。だから、前にいる私たち三人は全員、ほしのちゃんにすっごく感謝してるんです。それで三人で話し合って、彼女の名前をバンド名に入れようってなりました」
そんな話、全然聞いてませんよ……。
この件に関しては、いずれきちんと問い合わせる必要がありそうだ。
「話が長くなってすみません。……ライブはまだまだこれから! 最後まで楽しんでね!」
そこでMCが終わったのか、相神さんはわたしに視線を飛ばした。
前の三人は演奏体勢に入っている。
わたしは短いドラムソロを繰り広げた。それが演奏開始の合図となるからだ。
二曲目に演奏するのはアニメ『けいおん!』のエンディングテーマに使われた『ドント・セイ・レイジー』。
劇中のキャラクターを演じる女性声優が歌う、ロックテイストのアニメソングだ。
この曲はアニソンの中でも特に人気が高く、初心者向けのバンドスコアでもよく紹介されている。寺島と相神さんの強い要望により、今回のライブで演奏することが決まったのだ(この二人はしょっちゅう『けいおん!』について熱く語り合っている)。
このバンドにはキーボードがいないので、そのぶん緒方と寺島のギターで音に厚みを加えている。
ドラムは最初にたたいた『トゥナイト』に比べれば、いくぶんたたきやすい。もちろん、少しも気を抜くことなんてできないけど。
この曲の主役はなんといっても相神さんだ。
二曲目は彼女がボーカルを担当する。よって、最初から最後までベースを弾きながら歌わなければならない。
そんなベースボーカルというポジションを、相神さんはいとも容易くこなしていた。踊るようなベースラインを紡ぎながら、実に楽しそうにサビのメロディを歌い上げる。わたしの聴く限り、彼女はただの一つもミスをしていない。
どれだけ時間を費やせば、こんなに自然体のままで演奏できるんだ?
四人の中で一番楽器が上手いのは、紛れもなく相神さんだ。彼女が愛用している真っ青なベースだって、きっと心の中で喜んでいることだろう。
間奏パートでは寺島が赤いギターを派手に動かし、極悪なギターソロを炸裂させた。わたしも負けじとスネアドラムを高速で連打して対抗した。
色気がほとばしる最後のBメロのあと、ラスサビ前に半小節分のベースソロ。ここは『ドント・セイ・レイジー』の山場であり、演奏難易度も高いらしい。
相神さんはそのベースソロを完璧に決め、すぐに歌を再開させた。本番でここのベースソロを成功させるのは見事としか言いようがない。
長い黒髪を振り回しながら演奏する相神さんは、下手なプロよりよほどかっこよく見えた。
締めにスネアドラムとフロアタムを二発同時にたたき、二曲目の演奏は終了した。
観客たちの拍手が鳴り止まないうちに、緒方は透明感のあるギターを弾き始めた。
二曲目と三曲目は間を空けずに続けて演奏することになっている。
三曲目に演奏するのはSUM41の『ピーシーズ』。
ゆったりとしたテンポで進む、どこか切ないロックバラードだ。
洋楽ロック好きの寺島が三人に薦めた曲であり、彼の「いろんなタイプの曲をライブでやるべき」という持論に基づき、今回のセットリストに組みこまれた。
冒頭は緒方が一人で白黒のギターを用いて弾き語りをする。英語の発音はカタコトで、ギターだって特別上手いわけじゃない。
だけど、文化祭のころと比べたらまるで別人だ。
一人で堂々とギターボーカルをこなす緒方の姿は、後ろから見ていても素直にかっこいいと思える。
ここから先は最後の五曲目まで、すべて緒方がメインボーカルを務める。今日の彼の演奏は絶好調だ。これなら安心してドラムに集中することができる。
緒方が一人で弾き語りをしている間、他の三人は身体を休めながら彼のことを見守った。
ギターの音が途切れ、緒方の歌声だけが静寂な空間を支配する。
彼の歌声に合わせ、四人はいっせいに楽器を鳴らした。
この曲はスローテンポなうえ、リズムパターンもそこまで複雑ではないから、先の二曲よりも落ち着いた気分でドラムをたたける。わたしは一発ずつ感情をこめて腕を振り落とすことを心がけた。
サビの部分では寺島がコーラスを挟み、ボーカルにより深みを与える。
ずしりとした重さと温かな優しさに満ちた情緒感の漂うバンドサウンドが、場内全体を包みこむ。
最後は緒方の歌声によって締めくくられた。
再び観客たちから拍手が飛び交う。
ただ、その音量は先ほどよりも小さく聞こえた。
知名度が高くてなおかつノリのいい『ドント・セイ・レイジー』とは違い、『ピーシーズ』はじっくり聴かせるタイプの曲だったからかもしれない。
ライブの後半戦はここからだ。まだまだ盛り上がるチャンスは充分にある。




