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第1話

※次回は今夜更新予定です。

 特別教室棟五階にある第二音楽室――普段は軽音部の部室として使われているこの部屋で、今日はわたしたちのライブが開催される。


 わたしと相神さんの二人は、部室の前で来場者たちを案内していた。


 予想より早く終業式が終わったから、今はまだ午前中だ。廊下の窓から柔らかな冬の日差しが差しこまれている。


「思ってたより人が来てるね」


「そうですか……?」


 わたしは部室の中を覗いてみた。


 部室の窓全体が黒いカーテンに覆われているため、天井の蛍光灯は一つ残らず灯りがついている。床には緑色のラバーシートが絨毯のように敷かれ、壁を埋めつくすようにさまざまなロックバンドのポスターが貼りつけられてある。これらはすべて自分たちの手によって準備したものだ。


 室内は生徒たちの活気に満ちているものの、その数は決して多いとは言えない。そのことを相神さんに伝えても、彼女は顔色一つ変えなかった。


「もしかしたら、誰も来ないんじゃないかと思ってたからさ、私は」相神さんが明るい口調で話す。「今のところ、最低でも二十人はいるね。そんだけいれば充分に盛り上がれるよ」


 そうかなあ。文化祭のときと比べると、どうしても見劣りしてしまう。あのときは体育館にざっと数百人はいた。


 先行きは不安だ。


 そう思いながら顔を正面に向けると、廊下を歩く一人の女の子と目が合った。


 それはまぎれもなく柚月だった。


 伊織たちとの約束を断ってまで来てくれたんだ。


 柚月は部室の前で足を止める。


「……柚月。観に来てくれたんだね」


「会場はここでいいんでしょ?」


「うん。来てくれてありがとう」


「お礼なんていらないから。あんたがどんな演奏するのか気になっただけだし」


 柚月はわたしから逃げるように部室へと入っていった。


「ねえねえ。あの子がほしのちゃんの話してた、羽井柚月って子?」


「はい、そうです」


「仲直りできるといいね」


「……はい」


 わたしが返事をするのと同時に、部室から寺島が出てきた。


「案内係、交代したほうがいいかな」


「そうだね――」わたしの頭にとある考えがひらめく。「てらじー、わたしと交代してよ。もう一回ドラムセットの調整をしておきたいんだ」


「え、僕は別に構わないけど……」


 寺島が相神さんの顔をちらりと見る。


「私のことは気にしないで。これでも部長だからね。ほしのちゃん、部室に戻っていいよ」


「はい! では、お言葉に甘えて」


 わたしは目で寺島に合図を送り、そそくさと部室に戻った。


 わたしが見る限り、二人の仲はちっとも進展していない。こういうときにさりげなくアシストするのが、できる友達というものだ。


 室内の隅で生徒たちの様子を観察しているわたしのもとに、鈴原先生がやってきた。


「演奏のほうは仕上げてきたんだろうな?」


「はい、バッチリです!」


「自信ありそうだな。俺が言うのもなんだが、今日は思いっきり楽しんでこい。生徒たちのことは俺と松谷先生が二人で見てるから」


「ありがとうございます、先生」


 この人は顧問らしいことなんてほとんどしなかったけど、そのおかげでのびのびとバンド練習をすることができた。鈴原先生には本当に感謝している。


 楽屋裏に入ると、緒方が一人でギターを爪弾いていた。


「今日の調子はどう?」


 彼に問いかけながら、わたしは近くのイスに座る。


「まあまあだな。悪くはない」


「頼りにしてるからね」


 イスの上で足を伸ばしていたら、視界の端にゲーム機を捉えた。


 思えば、夏のころまではよくゲームをして遊んでいたっけ。みんなと音を合わせる時間が増えるにつれ、ゲームの電源がつく回数は次第に減っていった。


 時は流れ、今日がライブ当日。


 もうすぐライブが始まる――そう思うと、嫌でも強い緊張感に襲われてしまう。


 不安な気持ちを抑えきれない。


 心臓のドキドキが止まらない。


 頭がぼーっとしてきた。やばい、どうしよう――


「あひゃっ!?」


 突然、背中の上のほうに衝撃が走った。


 わけもわからず振り返ると、緒方が真顔で立っていた。


「ちょ、緒方……!」


「落ち着け。見てらんねーよ」


 ああ、彼は緊張しているわたしを見かねて気合を入れたんだ。背中を強くぶったたいて。


「自分を信じろ。おまえのドラムなら、なにも問題ナッシングだ」


 ……は?


「ひょっとして、相神さんのマネ?」


 突拍子のない緒方のギャグに、思わず口から笑いがこぼれた。


「今のはノーカンだ。忘れろ!」


「ごめん、無理かも」


 堪えきれず笑っているうちに、わたしの緊張はほぐれていた。




 数十分後、楽屋裏にはバンドメンバー全員が集結していた。


 あれからさらに校内の生徒たちが部室を訪れ、現在表の部屋には三十人以上の人がいるとのことだ。


「あー、文化祭のときよりドキドキするー! 早く楽になりてー!」


 寺島はやたらハイテンションになっている。緊張の裏返しだろうか。


 逆に緒方は、先ほどから一言も言葉を発していない。肩から提げたギターを無言でいじっている。本番に向けて集中力を高めているのだろう。


「あのさ、みんなに言いたいことがあるんだけど!」


 イスに座っていた相神さんが立ち上がり、三人の後輩を順番に見回した。彼女の表情はいつになく真剣だった。


「……なんすか、部長」


 今まで黙っていた緒方が口を開いた。


「えっとね、いあま、いま、」珍しく相神さんがどもる。「――今まで、ありがとう。きみたちに出会えて、私は本当に嬉しかったよ」


「ちょ、ちょっと、相神さん!」寺島が横槍を入れる。「そういうのは、ライブが終わってからにしましょうよ! なんで今言うんですか!?」


「いやー、ついうっかりしちゃって。よーし、みんなで円陣組もうぜ!」


 相神さんは何事もなかったかのように明るく振舞い、両腕を広げて前のめりの姿勢になった。


 四人は肩を組み、一つの輪になって頭を下げる。


「いよいよだね。ライブの成功を祈って――おらああああああああぁぁっ!」


「「「おらああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!」」」


 相神さんのかけ声に続き、一年生トリオが声をそろえて咆哮した。かけ声の意味はよくわからなかったけど、こういうのは勢いを重視するべきなのだろう。


 わたしは楽屋裏の扉をそっと開け、近くに立っている鈴原先生にジェスチャーをした。鈴原先生は「了解」と小声でつぶやき、部室の入り口へと向かう。


 すぐに表の部屋の蛍光灯の灯りがすべて消え、代わりにステージの天井からオレンジ色の照明がついた。それとほぼ同時に、部室の天井付近についている放送用のスピーカーから、ディープ・パープルの『スモーク・オン・ザ・ウォーター』が大音量で流れてきた。


 室内は水をうったように静まり返る。


 あらかじめ鈴原先生と寺島の友達の力を借り、わたしたちの入場を演出するように計画していたのだ。特に寺島の友達は放送部員の権限を用い、先生たちに内緒でこの部屋にだけオープニング用のSEを流すという荒業をやってのけた。寺島がスマホで連絡を取り合っていたおかげで、そのタイミングもぴったりだった。


 暗幕に囲まれた表の部屋は、オレンジ色の光によって淡く照らされている。


「行くよ、みんな」


 相神さんが再び後輩三人の顔を見回して言った。


 四人は制服姿のままそれぞれの楽器を携え、表の部屋にさっそうと登場した。


 観客たちの歓声や手拍手を耳にしながら、メンバーたちはステージに上る。


 ついにわたしたちのライブが幕を開ける。

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