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第7話

※次回は明日中に更新します。

 本格的に冷えこみ始めるこの時期、完全下校時刻は夏のころよりも早くなっていた。それはライブを前日に控えた今日でも例外ではない。


 ただでさえ期末試験のせいでバンド練習が中断されたのに、今日の放課後は部室をライブ会場の仕様に変える作業の最終確認に追われ、満足に音を合わせることもできなかった。


 というわけで外が暗くなったころ、軽音部の四人は梅ヶ丘駅の西口前にある『ロードウェイスタジオ』にやってきた。


 ここは地下に入り口を構えている音楽スタジオだ。


 清潔感のある空間に、耳なじみのいいジャズのBGMが流れている。休憩用のテーブルとイスが受付スペース近くの通路に沿って並べられており、そこを通ると各スタジオの個室に入ることができる。


 音楽スタジオを利用したことがあるのは四人の中で相神さんだけだった。彼女はここのスタジオの会員だったので、スムーズに受付を済ませることができた。


 ぶ厚い防音扉を開けてレンタルした個室に入ると、多種多様な機材が目に飛びこんできた。


 室内には中型のアンプやスピーカーにマイクスタンド、ドラムセットといった機材がひととおり設置されている。床や壁はフローリングで、片側の壁は大きな鏡張りになっている。なんといっても、冷暖房が完備されているのが嬉しい。


「スタジオって便利な場所ですね」


 心の中で思ったことをそのまま口に出したら、相神さんがにこやかに口を開いた。


「料金さえ払えば誰でも利用できるからね。それこそ私たちみたいな高校生バンドから、プロのミュージシャンまでね。プロアマ問わず、スタジオは楽器の演奏者にとってなくてはならない大切な場所なんだよ」


 誰もが学校の音楽室を利用できるわけではない。そう考えてみると、わたしたちは練習環境に恵まれていたのだと実感した。


 軽音部が廃部になったら、当然部室に置いてある機材だって撤去されてしまう。自分たちのためにも、まだ見ぬ未来の後輩たちのためにも、明日のライブは気合を入れて臨まなければならない。


 四人は着々と楽器の準備を整え、ほどなくして音を合わせ始めた。


 今まで部室のドラムしかたたいたことがなかったため、どうしてもスタジオのドラムセットになじめない。自分用のスネアドラムやペダルを持っていないことが悔やまれた。


 本番のセットリストどおりに曲を演奏し、その合間に段取りの確認も行う。途中で休憩を挟みつつ、また最初の曲から演奏を始める。この繰り返しをしていくうちに、二時間の練習はあっという間に終了した。




 スタジオを出たあと、わたしたちは近くのファストフード店に立ち寄り、明日のミーティングも兼ねて晩ご飯を食べることにした。


 時刻は午後八時を過ぎていた。全員お腹がペコペコだったようで、テーブルの上に並べられた大量のハンバーガーやサイドメニューはミーティング前に綺麗さっぱりなくなった。


 四人はスタジオで話し合ったことを一つずつ再確認していく。


「あーあ、ライブ前日になってもまだバンド名が決まらないとはね」


 わたしの向かい側に座っている寺島がふぬけた声を出した。


 そのことに関しては、以前からたびたび言及されてきたけど、正式にバンド名が決定することはなかった。


 どうもわたし以外の三人は、バンド名に対して妙なこだわりを持っているようだ。そんなのちゃちゃっと決めればいいのに――とわたしが口にしたときなんて、三人からバンド名の重要性について長々と語られたりもした。


「下手にバンド名をつけるくらいなら、このまま決まらなくてもいいかもね……」


 わたしの横から相神さんが眠たそうな声でささやく。


「俺は嫌っすよ、バンド名がないなんて」寺島の隣に座っている緒方が反論する。「どんなバンド名だろうと、決まらないよりはマシです」


「そうは言ってもさ、もう時間ないじゃん。だいたいオガチンだって、僕が挙げたバンド名はことごとく否定したくせにー」


 寺島が緒方の身体を軽くこづくと、緒方は寺島の手首を強くつかんだ。


「どの口が言ってんだ。おまえが提案したバンド名なんて『なかよしフレンズ』だの『青春同盟組』だの『ザ・がけっぷちーズ』だの、クソふざけたやつばかりじゃねーか」


「痛い痛いっ! オガチンだって『デビル・オブ・ロック』とか『破滅堕天使』とか『ブラック・ドラゴンズ』とか、小学生が思いつきそうなダサい名前を挙げてたじゃん!」


 とてつもなく不毛な争いだ。わたしからしてみれば『なかよしフレンズ』なんか可愛らしくていいと思うのに。


「そんなのより『ほしのちゃんとその下僕たち』や『くりさわーズ』のほうがよくない?」


「それは嫌です」


 わたしの返答に、相神さんは残念そうな面持ちで首を傾げた。


「なによー。そういうほしのちゃんはどうなの。バンド名とか考えてる?」


「わたしですか……?」


 実はなにも考えていなかったりする。なんでもいいから、テキトーに言っておこう。


「えーと……たとえば『集いしオオカミたち』とか、どうですか」


 わたしが五秒で思いついたバンド名を口にすると、三人は同時に笑い出した。


「あはははは! なにそのバンド名!?」


「僕のより酷いじゃん!」


「ふ……く……だっせえ……」


「いや、オガチンのよりはいいと思うよ」


「んだと、クソメガネ」


「ぼ、暴力反対! やめろ――!」


 男子二人は取っ組み合いを始めた。それを見て相神さんが「やれやれー!」と野次を飛ばす。


 そんなどこにでもありそうな光景が、今のわたしにはどんなバラエティ番組よりも面白いと思える。


 今しかないこの時間が、とてつもなく愛おしい。


 結局最後までバンド名が決まることはなかったけど、わたしにとってそんなことはどうでもよかった。


 明日はみんなで飛びっきりかっこいい演奏をしよう。


 悔いの残らないように、全力で。




 店の外に出るころには、夕方よりもさらに寒気が強まっていた。


 わたしは首に巻いたマフラーに顔を埋め、街灯やネオンサインに照らされた駅前の景色を眺める。数日後にクリスマスを控えているからなのか、街の光はいつもよりも眩しく見える。


 四人は駅に向かってだらだらと歩き始めた。


「あー、いよいよ明日が本番かー!」


 寺島が雲のない夜空を見上げながら言った。


「たとえ観客が一人も来なくても、俺は本気で演奏するからな」


 緒方の強気な態度が頼もしい。


 ふと、後ろで相神さんが立ち止まっていることに気がついた。


「どうしたんですか、相神さん」


 わたしがたずねると、相神さんはとってつけたように微笑んだ。


「ううん。なんでもないよ。さ、行こっか」


 そう言って、彼女は右足を前に出した。




 この日の夜、わたしは興奮してなかなか寝つくことができなかった。あまりに目が冴えていたので、目をつぶってドラムのシミュレーションを行ったりもした。


 明日はライブ当日。


 泣いても笑っても、チャンスは一度きり。


 みんなが笑顔になれたらいいな。


 そんなことを考えているうちに、いつしか意識が遠ざかっていた。

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