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第6話

※次回の更新日は未定です。

 ライブの前日。


 早朝からバンドメンバー全員が、学校の正門前に集まっていた。


 凍てつくような寒さに耐えながら、正門を通る生徒たちに小さな紙切れを差し出す。


 これは明日のライブを告知したチラシだ。一人でも集客数を増やすために、わたしがみんなにチラシ配りを提案したのだ。むろん、先生たちにはしっかり許可を取ってある。


「軽音部のライブを観に来てください! よろしくお願いします!」


 言いだしっぺのわたしは声を枯らしながら宣伝していく。ほかの三人はライブ本番でボーカルやコーラスをするから、なおさらわたしが率先して声を出さなければならない。


 チラシを受け取る人も多いけど、わたしたちと目も合わせずに無視して通り過ぎる人も少なくない。チラシ配りの大変さが身に染みてわかった。


 寺島や相神さんも、途中から大きな声を出してチラシを手渡すようになった。


 メインボーカルの緒方だけは喉を気遣う必要があるため、一人無言のままだ。まあ、本人の性格の問題も大きいとは思うけど。


 朝のホームルームの予鈴が鳴ったところで、教育指導の先生にチラシ配りを止められてしまった。


 荷物を持って昇降口に向かう途中、相神さんが口を開いた。


「ナイスアイディアだったね。これで明日の動員が増えること間違いナッシングだよ!」


「なんですか、それ……」


「ほしのちゃん。今、私のことバカなやつだなって思ったでしょ」


「思ってませんよ!」


 そんなどうでもいいことを話しながら、四人は自分たちの教室に向かうため別れた。


 この学校では夏と冬の二回、二日ずつにわたって球技大会が開催される。


 今日はその二日目。わたしは参加したくもないバレーに参加し、クラスメイトの邪魔にならないように身体を動かした。


 夏の球技大会は楽しかった。あのころは柚月や伊織、花音とよく笑い合っていたっけ。そんな日々が幻のように感じてしまう。


 試合終了後、わたしはスマホに着信が入っていることに気づいた。


 相手は緒方だった。


 あいつは用事もなく電話をかけるようなやつではない。今回はなにが目的だ?


 体育館の隅に移動し、周りに誰も人がいないことを確認してから、緒方に電話をかけた。


「もしもし、緒方。どうしたの」


『明日のライブに友達を誘えたのか?』


 緒方はなんの前置きもなくたずねてきた。


「……誘えるわけないでしょ。もう何ヶ月も口を利いてないんだよ?」


 今朝だって、正門を通る柚月たちに声をかけることはできなかった。向こうもわたしのほうに近づいてくる様子はなかった。


『ならさっさと誘えよ。明日が本番なんだぞ』


「…………といてよ」


『あん?』


「もうほっといてよ! なんでそんなにしつこく仲直りさせようとするんだよ!!」


 自分の声が震えているのがわかった。


 いいかげんにしてほしい。


 きっともう、柚月はわたしのことなんか見ていない。


『決まってんだろ』


「なにっ!?」


『俺と同じ目に遭わせたくないからに決まってんだろ!!』


「お、緒方……?」


『あとになってから後悔してもおせーんだよ! 今ならまだ間に合う!』


「間に合う……ほんとに、ほんとに間に合うのかな……?」


『それはおまえ次第だ。とにかく今日の放課後、二組の教室前で待ってろ』


 以前と同じように、緒方のほうから一方的に通話を切られた。


 本当にまだ間に合うのなら。


 柚月と仲直りしたい。


 それが今でも変わらない、わたしの本心なのだと気づいた。




 球技大会は午前中に終わり、帰りのホームルームを挟んですぐに下校時刻となった。


 教室を出たところでわたしは緒方に捕まり、これから起こることを予期した。


「そんなににらまなくても逃げないから。そこで待ってて」


「ああ。見ててやるから安心しておけ」


 緒方に軽く背中を押され、わたしは今出てきたばかりの教室に戻った。


 教室前にある教壇近くの席へと一歩ずつ近づいていく。心臓がバクバクしている。両足が鉛のように重たい。後ろに緒方がいなければ、とっくに引き返しているところだ。


「柚月」


 わたしは足を止め、席に座っている柚月に声をかけた。


 柚月は一瞬だけ目をこちらに向け、それから伊織と花音のほうに視線を戻した。ほかの二人はなにも反応を見せない。


 ここで引き下がったりしたら、もう二度と柚月に声をかけられない気がする。


 そう思っていても、怖くて次の言葉が出てこない。


「おまえさ、無視してんじゃねーよ」


 なぜか緒方の声が聞こえた。


 首を後ろに回して、わたしは絶句した。


 緒方が柚月に声をかけたのだ。


 わたしでも驚いたのだから、柚月が反応しないわけがなかった。柚月は教室に入ってきた緒方に目を向け、ただ呆気に取られていた。伊織と花音も同様の反応を示している。


「栗沢が話しかけてんだろ。ちょっと廊下まで来いよ。自分から来ないようなら、力づくでも連れていってやる」


 柚月は顔をひきつらせていた。しかし、瞬時のうちに愛嬌のある笑顔に切り替わり、伊織と花音に向けてしゃべりかけた。


「なんかヤンキーに絡まれたみたい。二人とも、そこで待っててね」


 伊織と花音は曖昧に返事をして、教室から出ていくわたしたち三人を黙って見送った。


 三人は廊下を早足で歩き、階段の前で足を止めた。


 その直後、柚月は周りの目も気にせずに声を上げた。


「あんたらはなんなの。ハブられた腹いせに、あたしに復讐でもするつもり?」


「んなわけねーだろ」すかさず緒方が反論する。「こいつがおまえに、どうしても言いたいことがあるんだとよ。ほら、言ってやれ」


 緒方は目でわたしに合図を送る。


 今なら柚月に話しかけることができる。


「今日は柚月を誘いに来たんだ」わたしは柚月の顔を正面から見据える。「明日の午後、軽音部の部室でライブをやるんだ。わたしがドラムをたたくんだよ」


「……あっそ。それで?」


 怪訝な顔つきになる柚月に構わず、わたしは話を続ける。


「柚月に観てもらいたいんだ、わたしたちのライブを。そして、軽音部のことを――わたしたちのことを認めてほしい!」


「なんでよ。なんであんたはそこまであたしに執着するの?」


「そ、それは……柚月と仲直りがしたいから、だよ」


「ほしの、あんたまだそんなこと思ってるの……!?」


「うん。本気で思ってる。お願い、柚月! 明日のライブ、観に来てよ! 絶対文化祭のころよりかっこいいライブになるから!」


「そんなこと言われても、明日は伊織たちと遊ぶ予定が――」


「俺からも頼む。観に来てくれ」


 突如、緒方が頭を下げた。


「な、なに?」


「緒方!?」


 わたしと柚月の驚く声が被った。


 緒方が他人に――それも同級生に向けて頭を下げるだなんて!


 びっくりしてる間に、緒方は元の位置に頭を戻した。


「……気が向いたら、観に行くかもね」


 そう言い残して、柚月は教室のほうに戻っていった。


「待ってるよ、柚月!」


 廊下の向こうに遠ざかる柚月に向けて、わたしは大声で叫んだ。


 わたしと緒方だけが、階段の前に立っていた。


「柚月、ライブ観に来てくれるかな」


「来るだろ」


「どうしてそう言い切れるの?」


「来る気がなかったら、あんな言い方はしないはずだ」


「そうかな」


 足元の床を見つめながら、柚月と交わした会話の内容を反芻する。


 数ヶ月ぶりに柚月と話せただけでも嬉しかった。


 あとは、柚月が明日のライブを観に来てくれますように――


 わたしは心の中で、そっと神様に祈った。

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