第4話
※次回は2日以内に更新します。
その日の放課後。
わたしは部室に向かう前に、五組の教室を訪れた。
こっそり教室を覗いてみると、数人の男子と楽しそうにおしゃべりをしている寺島を発見した。今のわたしには、その光景がやたらと輝いて見える。
誰かに呼んでもらおうか迷っていたそのとき、教室にいる寺島たちと目が合った。
「あ、栗沢さん」
彼がそう口にした途端、他の男子たちが寺島のことをからかい始めた。
「女の子を待たせんなよ、てらじー!」
一人の男子に背中を押され、寺島がこちらに向かってきた。てらじーというあだ名、なにげにいいかも。
「な、なに、栗沢さん。わざわざ五組にまで来て」
「どうしてもてらじーに聞きたいことがあるんだ。今すぐに」
「それはいいけど……栗沢さんにそう呼ばれるのは照れるな」
わたしと寺島は話しながら部室へと向かう。
男女を問わず、廊下にはたくさんの生徒たちがはびこっている。
「聞きたいことってなに?」
「緒方のこと」わたしはさっそく本題に入った。「入学当初、緒方が軽音部で起こした事件のことなんだけど、寺島くんはなにか知ってる?」
「知ってるよ」
「え、本当に!?」
「うん。知ってるもなにも、そのとき僕も部室にいたしね。オガチンが入部希望者を追い出す場面なら、実際に目撃したよ」
「そう、聞きたいのはそれなんだ。なんで緒方がそんなことしたのか、気になるんだ」
「それなら安心して。オガチンは決して悪気があったわけじゃないから」
その言葉を聞いて、わたしはとりあえず安堵した。寺島がそう言うのなら、悪いのは相手のほうなのだろう。
「オガチンのこと、疑ってたりしてた?」
「いや、別にそういうわけじゃ、ないんだけどね……」
あいつが理由もなく人を傷つけるようなやつじゃないことは、とっくにわかっている。
それでも、まだ100%緒方のことを信用しているわけでもない。
それもこれも全部、あのつんつんした態度が悪いのだ。もっと愛想が良くなれば、今よりもずっととっつきやすくなるのに。
「と、とにかく。そのときなにがあったのか、わたしにも教えてよ」
「わかったよ。話すね」寺島が歩行速度をゆるめる。「あの日、僕は一人で軽音部の部室を見学しに行ったんだ。部室の鍵は開いてたけど、中に誰もいなかったから帰ろうとした。そしたら、すぐに四人の男がやってきた。全員新入生だったよ。オガチンもその中にいたんだ」
「あいつ、そんなに友達いたんだ」
「たまたま一緒にいただけだと思うよ。それでね、オガチン以外の三人が、好き勝手に部室の楽器を触り始めたんだ。誰もいないからいいだろ、って態度でさ。あまりに楽器の扱いが手荒だったから、ついオガチンが止めに入ったんだ。あのときのオガチンの顔は怖かったなー」
「それで緒方は乱暴なやつだって勘違いされたってこと?」
「だいたいそんな感じ。オガチンの取った行動が暴力的だと誇張されて、乱暴なイメージだけが一年の間に流布したんだ。そして、誰も軽音部に寄りつかなくなった。逆に僕はそれがきっかけで、オガチンと仲良くなれたんだけどね」
「ふーん。寺島くんは、誤解を解こうとはしなかったわけ?」
「無茶言わないでよ。オガチンに追い出された三人のほうが社交的だったから、誤解はどんどん広まっていったんだ。とてもじゃないけど、火消しすることなんてできなかった」
頭の中に、相神さんとの会話が思い浮かんだ。
誤解を解くのって、本当に難しい。
「そうだったんだ。……心配しないで、寺島くん。少なくともわたしは、緒方や寺島くんのことを信じるから」
「ありがとう、栗沢さん」
「お礼を言われることじゃないよ。わたしたち、同じバンドのメンバーなんだし。相神さんだって、二人のことを信じたんでしょ?」
「そうだね。相神さんと会ったのは五月のころだけど、証拠もないのに僕らの証言を信じてくれたっけ。そういうところも魅力的だよなあ」
もしかすると相神さんは、疑いのかかっている後輩を信じたかったのかもしれない。自分自身もずっと同じような扱いを受けてきたから。
「そういうことがあったから、オガチンは相神さんに頭が上がらないんだよね」
「なるほど。あいつってけっこう、義理がたいやつだね」
「あの人の頼みだからこそ、僕とオガチンは文化祭のステージでライブをやったんだ。軽音部の評判が悪くなった罪滅ぼしのためにもね」
「緒方と寺島くんが相神さんとバンドを組んだのが、文化祭の直前だったわけだね」
どおりで文化祭での演奏がいまいちだったのか。
「あ、それより一ついいかな」
「なに?」
「なんでオガチンのことは呼び捨てにして、僕のことはくんづけで呼ぶのかな?」
……そんなに気になることですか、それ。
「寺島くんは寺島くんでよくない?」
「やだ!」
「しょうがないなあ。じゃあ……てらじーで」
「あちゃー、よりにもよってそれかあ」
「いいじゃん、てらじー。いいあだ名だと思うよ」
「じゃあそれでいいよ、ほしのちゃん」
「うーん、今の呼び方は不自然だったかな」
「え、嘘!?」
「さ、もうすぐ部室に着くよ」
今日のわたしはいつもよりやる気に満ちていた。
軽音部の三人のことを、より深く知ることができたから。
四人の演奏もだいぶ息が合うようになってきた。
何年も楽器を続けている人たちに比べたらまだまだ拙い部分があるけど、一年生の三人は楽器を始めてからまだ一年もたっていない。そのことを考慮すれば、こうして四人でしっかり音を合わせられるだけでも上出来だろう。
四人はキリのいいところで休憩時間に入った。
ドラムをたたき続けていると非常に疲れる。それは単に、わたしがドラムをたたくコツをつかみきっていないだけだろう。ライブの最中にバテて演奏できなくなるようなことにだけはなりたくないものだ。
窓際で紙パックのジュースを飲んでいると、ステージの段差に座っている寺島がぽつりとつぶやいた。
「どこか僕らにとって都合のいい会場ってないかなー」
その声音は曇り空のようにどんよりとしていた。
公民館は使えない。高校生だけで出演できるライブハウスのあてもない。文化祭はもうとっくに終わっている。
となると、わたしたちはどこでライブをやればいいんだ?
「当日までに機材の搬入も済ましておかなくちゃならないんだよねえ」
寺島の近くに座っている相神さんが小さなため息をつく。
「野外で演奏できる場所でも探しますか」窓に寄りかかっている緒方が相神さんに向けてしゃべる。「あとは……地道にライブハウスをあたってみるとかっすかね」
野外よりはライブハウスのほうを選びたい。緒方の言うとおり、今からでもライブハウスでの出演を目指すべきなのか。
「どこでライブをやるにしても、わたしたちが普段部室で使ってる機材を運ばなくちゃならないのかな」
「必ずしもそうだとは言い切れないけど……」寺島が答える。「できることなら、本番でも使い慣れてるアンプで演奏したいかな」
「そっか……ここが会場なら、機材を持ち出す手間もはぶけるのにね」
なにげないわたしの一言に、相神さんが顔を上げて反応した。
「……それだ。それだよ、ほしのちゃん!!」
「え?」
首を傾げるわたしに、三人の視線が集まる。
「そうか――ライブならここでやればいいんだ!」寺島が目を輝かせる。「それなら、この学校の生徒たちの動員も期待できる!」
「機材を外に運ぶ必要もなくなるな」緒方の表情が明るくなった。「でかしたぜ、栗沢。問題は教師の許可が取れるかどうかだ」
わたしもだんだん理解してきた。
今までずっと部室が練習場所だったから、そこでライブをやるという発想が浮かんでこなかったんだ。
元々今回のライブの目的は、先生たちに軽音部の活動を認めさせることだ。校内でライブをやれば、先生たちにはこれ以上ないアピールになる。そのうえ、ライブ会場がこの部屋なら、使い慣れた機材だってそのまま使える。
「ほしのちゃんにとっても、あのドラムセットが一番たたきやすいでしょ?」
相神さんがステージ後方のドラムセットを指差した。
「はい」わたしは小さく返事をした。「部室でライブ……いいと思います。やりましょう、ライブを! この部屋で!」
「満場一致だね。じゃあさっそく、鈴原先生に話してみようよ!」
元気よくそう叫ぶと、相神さんはその場から立ち上がった。




