第3話
※次回の更新日は未定です。
「私は中学二年の時、V系――ヴィジュアル系バンドを好きになったんだ」
話はそこから始まった。
ヴィジュアル系バンドにハマったのに、特に深い理由はなかったそうだ。当時の相神さんにとって、あの奇抜なファッションと音楽性は新鮮に見えたのだろう(今のわたしならその魅力がよくわかる)。
「当時好きだったバンドの推しメンがベーシストでさ。その影響で親に無理言って、中古のベースを買ってもらったんだ。ふふ、われながらろくでもない行動力だよ。まあ、そんなこんなでベースを練習してるうちに、バンドを組みたくなってさ。この高校に入学したら、すぐに軽音部に入ったんだ」
どこか昔を懐かしむような口調だった。
「それからすぐにバンドを組んだんですか?」
「そ。同級生は私を含めて四人だったから、まあなんとかバンドは組めたってわけ。二年の先輩はいなかったけど、三年の先輩たちが面白くてさ。すぐに先輩たちと意気投合して仲良くなったよ。同級生の中で、私が一番先輩と仲良かったかな」
今よりはここも賑やかだったみたいだ。
わたしは黙って相神さんの話に耳を傾ける。
「バンド活動は順調だった。あのころは毎日が楽しかったなあ。といっても、たかだか数ヶ月程度だけどね。それでさ……夏休みのある日、バンドメンバーの一人に告白されたんだ。俺と付き合ってくれないか、とかなんとか言われてさ。男の子に面と向かって告白されたのなんて初めてだったから、死ぬほど嬉しかった。ほしのちゃんってそういう経験ある? 教えてくれないかな」
「わたしは、その……ないです……」
今まで恋愛とは無縁の人生を送ってきたから、そう答えるしかなかった。
「そっか。いきなり聞いてごめんね。話を戻そっか。私はそいつ――春彦はるひこと付き合い始めた。ほしのちゃんも以前、春彦のことを見かけてると思うよ」
「自販機の前で話してた、あの人のことですか」
「そうそう。あいつ、あれでもドラムやってたんだ。普段はどんくさいやつだけど、ドラムをたたいてるときはまあまあかっこいいんだよ。だから、私はあいつと付き合った。恋人らしいことなんてなにもしなかったけど、それでも付き合ってるときはドキドキして楽しかった。そのときはかなり浮かれてたから、周りに目を配る余裕なんてなかった。まさか、同じバンドメンバーが春彦に片想いしていたなんてね」
話の雲行きが怪しくなってきた。
心なしか、相神さんの表情まで曇ってきたように見える。
「ほかのメンバーには内緒にしてたけど、隠し通せるはずもなかった。二学期に入ったらすぐに片想いしてた子にバレて――そこから修羅場になった。私、その女に詰め寄られてさ。部室で大ゲンカしちゃった。そいつは暴れるだけ暴れて、あっさり軽音部を辞めた。春彦のほうも、取らなくてもいい責任を取るために軽音部を辞めて――残りの一人も来なくなって、同級生は私だけになった」
それはつらい経験だっただろう。
短期間で自分以外の同級生が全員退部したら、誰だって寂しい思いをするに違いない。
「そしてここから、私の高校生活は本格的に狂っていった」
「え、ここから……?」
「私はどうしても軽音部を辞めたくなかったから、先輩たちに無理言って、三年生のバンドに入れさせてもらったの。どうせすぐに先輩たちは引退するってわかってたのに。今思えば、それが私にとって高校生活で最大の失敗になるのかも」
「……今度は先輩たちと揉めたんですか」
「いや、三年の先輩は優しかったよ。後輩たちの粗相も許してくれた。私と揉めたのは、同級生のほう。なんでおまえはまだ軽音部にいるんだ、早く責任取って辞めろ、って非難された。いつの間にか、私一人だけが悪者扱いされてた。そして、春彦は私とケンカした女と付き合い始めた。向こうから言い寄ってきたくせに、勝手に離れていったよ。私の悪評は同級生の間に広がった。次第に孤立していく自分が情けなく思えた」
「酷い――それって誤解じゃないですか!」
「誤解?」
「そうですよ! 相神さんはなにも間違ったことしてませんよ!」
「ほしのちゃんがそう言ってくれるのは嬉しいな。でもね、みんなが認めたものは、もうその時点で誤解じゃなくなるんだよ。誤解は真実になる。それに、私は意地でも軽音部を辞めなかった。同級生の言いなりになんてなりたくなかったから。集団の中にいる限り、協調性のないやつは集団の輪からはじかれてしまうんだ」
その言葉は、わたしの胸の奥深くに突き刺さった。
相神さんも、わたしと似たような経験をしたんだ。しかも恋人に裏切られたぶん、わたしよりもよっぽどつらいはずだ。
「先輩たちと仲良くしてるうちに、同級生にまで先輩呼ばわりされるようになったよ。先輩たちの玩具になった、みたいな噂が流れたりもした。なんか笑えるよね、そこまでいくと」
そうか、だから相神さんは「先輩」って呼ばれたくないのか。
「間もなく二年に進級して、軽音部は私一人だけになった。新入生の勧誘もまったくしなかったから、部員が増えることもなかった。私は開き直って、一人でベースを弾いて弾いて弾きまくった。そして、今年の四月になって――あの二人がやってきた」
「緒方と寺島くんのことですよね」
二人の名前を挙げると、相神さんは小さく頷いた。
わたしが軽音部に入部したのが六月だから――その二ヶ月前ということになる。
「最初は後輩の男の子と打ち解けられる自信がなくて、あの二人と距離を取っていた。特に、緒方くんのことは問題児だと誤解してたし。それまでは毎日のように訪れていた部室も、いつしか寄りつかなくなった」
「でも、相神さんはまたここに来るようになった」
「そう。今年の五月、先生たちに職員室まで呼び出されたからね。そこで廃部の話を聞かされたんだ。だから、私は緒方くんと寺島くんに頼んだ。文化祭のライブに出てくれって。あれはハナから新入生の勧誘が目的だったんだよ」
「そのあと、わたしが軽音部に入部して……今にいたるというわけですね」
「そのとおり。私の知ってる軽音部の歴史は、これでおしまい」
相神さんから話を聞き終わったわたしは、どんな感想を言えばいいのか悩んだ。
気の利いた言葉がなにも出てこない。
部室はしんと静まっている。
室内には二人の他に誰もいない。
空気が冷たく感じる。
時間が止まったような感覚だ。
「ごめんね、ほしのちゃん」
「はい?」
「私って先輩面してるけど……結局、自分のことしか考えてなかった。昔の話をしているうちに、そのことに気づいちゃった。私はかつての先輩たちが過ごしてきた軽音部を廃部にさせないために、ただ後輩たちをいいように利用してただけだったんだなあって。強引に勧誘したりしてごめんね、ほしのちゃん。ほしのちゃんが初めてここに来たとき、嬉しくてつい――」
「違います!」
「え……?」
わたしの大声に、相神さんは目を丸くした。
「わたしがこの部室を訪れたのは……文化祭のときに軽音部の演奏を観て、バンドに興味を持ったからです! 今だってバンド活動を続けているのは、自分の意思によるものです! だから、そんなふうに言わないでくださいよ……!」
「あ――」相神さんは静かに俯いた。「ごめん。嫌な言い方した」
居た堪れない気分になって、時計に目をやった。
昼休みの終了まで、残りわずかだ。
「そろそろ五限目が始まるね。私は教室に戻るよ。あ、鍵はそのままでも大丈夫だから」
「はい。わかりました」
わたしはまったく手をつけていない弁当箱を持ってから立ち上がった。
あ、そうだ。
教室に戻る前に、一つ確認しておきたいことがある。
「相神さんは今でも、あの人――春彦さんと付き合い直す気はないんですか?」
「ないってば。もうすぐ卒業だし、関わる気もないよ。大学生になったら、あんなやつよりずっとかっこいいイケメンを捕まえてみせる! だから、それまでは彼氏なんていらないんだ」
「そうですか……」
この調子だと、寺島は間違いなく恋愛対象として見られていないだろう。
「ねえ、ほしのちゃん。今さ、友達とケンカしてるんだよね?」
「え? あ、はい。そうですけど」
「早めに仲直りしておきなよ。さもないと、私みたいな高校生活を送るハメになるよ。これは先輩からの忠告。ほのかちゃんには寂しい青春を送ってほしくないからね」
「……わかりました。肝に銘じておきます」
「よろしい。あと……今日はありがとね、ほしのちゃん」
いきなり先輩からお礼を言われてしまった。
「わたし、なにか感謝されるようなことしましたっけ」
「ほしのちゃんに昔の話をしたら、ちょーすっきりした! そんだけ!」
どきっとするような笑顔を浮かべながら、相神さんは部室の入り口に向かって歩き出した。
相神さんから貴重な話を聞けたのがなによりの収穫だ。
また一つ、軽音部を廃部にさせたくない理由が増えた。




