第6話
※次回は2日以内に更新します。
「邪魔してごめんね、栗沢さん」
寺島がわたしの機嫌をうかがうような口調で謝った。
わたしと寺島は並んで廊下を歩いていた。向かう場所はいつもの部室だ。
「さっきの話、聞いてたの?」
「たまたま聞こえたんだよ。栗沢さんの叫び声、大きかったから」
「そんなに大きかったかな……」
「いやー、栗沢さんの言葉は胸に響いたなあ。軽音部のことをバカにしないで――うん、いいこと言うね」
「う、うっさいな、もう」
あれを聞かれたのは死ぬほど恥ずかしい。急に顔が熱くなってきた。
「これでも僕は本気で感動してるんだけどね」
「緒方と相神さんには絶対に言いふらさないでよ。特に緒方に話したりしたら、寺島くんのこと許さないから」
「言わないから! 言わないから、その恐ろしい形相を早く戻して!」
「……そんな言い方しないでよ」
冷静に考えてみると、寺島は不穏な空気を察知して助けに入ってくれたんだ。
あのとき、わたしは自分から呼び出して仲直りしようとした柚月に怒鳴ってしまった。あのまま寺島がやってこなかったら、さらに険悪な空気になっていたかもしれない。
わたしってつくづくダメなやつだ。
「ねえ、栗沢さん。ちょっと二人で話さない?」
唐突に寺島が誘ってきた。女の子をナンパするような軽いノリだった。
「別にいいけど」
わたしが了承すると、寺島は近くにある手洗い場の上に腰かけた。わたしはその反対側、教室側の壁にもたれかかる。
外は曇り空が広がっていた。運動部のかけ声や吹奏楽部の人たちが鳴らす金管楽器の音色が小さく聞こえてくる。
「今の軽音部はバカにされてもしかたないと思うよ」
寺島は単刀直入にそう言った。
思いがけない寺島の言葉に、わたしは面食らってしまった。
「あ、勘違いしないでね。僕だって軽音部がバカにされるのはむかつくし、嫌な気持ちにもなるよ。だからこそ、僕は栗沢さんの友達のような人を見返してやりたいとも思ってる。そうそう、栗沢さんが仲違いしてる友達って、あの子のことでしょ?」
「なんで知ってるの、そのこと」
「オガチンから聞いたんだ。栗沢さんが友達とケンカして、クラスで孤立してることをね」
あいつに口止めしておいたほうがよかったかな。変に気を遣われても困るし。
「だったらもう隠す必要もないね。わたし、ぼっちになっちゃった。ほんとダメダメだよね、こういう世渡りが下手なやつって」
「いや、そんなことはないよ」
「気を遣わなくていいよ。逆に惨めになるから」
「そういう意図で否定したわけじゃないよ。なにせ、僕も中学のころは友達もろくにいないやつだったしね」
「え、寺島くんが?」
「うん。親とか教師の言いつけをきちんと守る、絵に描いたような受け身人間だった」
今の寺島からは想像しにくい。
「部活とかは入ってたりした?」
「全然。授業が終わったらまっすぐ家に帰るようなつまんない人間だったよ。勉強もスポーツもそこそこ、なんの取り柄もなかった。そんなやつだったから、仲の良い友達もほとんどいなかった。今思うと、ずいぶん退屈な生活を送っていたけど――そんなときに出会ったのがロックだった。たくさんのロックバンドが、僕を変えてくれたんだ」
楽しそうに話す寺島に、緒方の姿が重なる。
思春期のわたしたちにとって、音楽の影響力というものは絶大だ。人生そのものを変えてもおかしくないほどに。
「それまでは、大人の言いなりになって生きることに疑問を感じることもなかった。それが正しいことなんだって思ってた。でも、そんな生き方じゃダメだって、ロックが教えてくれた。そう思ったから、僕はギターを始めた。高校生になったら軽音部に入ろうって決心した。僕にとってギターは、人生で初めて自らの意思で挑戦したことだと言っても過言じゃないね」
寺島は笑っていた。
彼の境遇はわたしと似ている。
わたしも軽音部に入るまでは、ただ毎日をなんとなく過ごしていただけだった。趣味や特技を聞かれるのが苦痛でさえあった。
そんなわたしだからこそ、寺島の気持ちがよくわかる。
「今の寺島くんは、毎日楽しそうに見えるよ」
「そう言ってくれて嬉しいな。まあ、ギターを始めたせいで、学校の成績はますます酷いものになったんだけどねー」
「それってギターだけのせいじゃないでしょ」
「どういうこと?」
「だから、アニメの影響とかもあるんでしょ」
「うっ……否定はできない……! だが勘違いしてもらっては困る! 僕がアニメにハマったのは、たまたま気に入った曲が深夜アニメの主題歌に使われていたからだ! つまり、ロックを好きになったのが先であって、アニメのほうが本命なわけではない! ていうか栗沢さん、アニメに偏見を持ってるよね!? 最近はネットや動画サイトの普及で、以前よりもアニメという娯楽を誰でも気軽に楽しんでいるんだよ!」
冗談のつもりで言っただけなのに……。そこまで熱く語られると、寺島がただのオタクにしか見えなくなってしまう。
「まあまあ、寺島くん。落ち着いて」
日本のアニメがいかに外国人に人気があるか長々と語る寺島をなだめつつ、わたしはスマホに目を落とした。
もう少しで午後四時になる。部室には誰か来ているのかな。
「話を元に戻すよ」寺島が真剣な表情になった。「僕は栗沢さんの友達のことはよく知らないけど……あんまり話のわかる子には見えないな」
「柚月のことだよね?」わたしは顔を上げる。「そっか、寺島くんは知らないよね。さっき柚月をあの場所に呼んだの、わたしなんだ」
「栗沢さんが?」
「うん。本当にわたしと関わりたくなかったら、呼び出しなんて無視すると思う。柚月とはきっとまだ仲直りできるチャンスがある」
「そうかもしれないね。でも、あの子は栗沢さんの所属している軽音部をバカにしていた。あの子が抱いている軽音部の印象を変えなければ、仲直りなんてできないんじゃないの」
「印象を変えるって……」
いったい、どうやって?
柚月はわたしよりも強情というか、頑固なところがある。口で諭すだけでは手厳しい。
「僕らには楽器があるだろ?」
寺島の言葉に、わたしははっとした。
「そうか。わたしたちの演奏を観てもらって、軽音部が本気であることを示せば……!」
「そうそう、それだよそれ。僕らがライブでかっこいい演奏をすれば、あの子も軽音部のことを見直してくれるよ。仲直りだってできるさ」
「わたしたちの、ライブ……」
「まあ、あの子をライブに誘えなかったら意味ないけどね」
「それは……そうだね」
たしかに、ライブを観てもらえなければ話にならない。
だけど――柚月は完全にわたしを拒絶したわけではない。
彼女と仲直りできる可能性は、まだ残っている。
「相神さん。わたしたちでライブをやりましょう」
部室に着いたわたしは開口一番、話を切り出した。
室内には四人の軽音部員がそろっていた。
「気合入ってるね、ほしのちゃん」相神さんがベースの音を止める。「なにか良いことでもあったの、二人とも」
「ここに来る途中、栗沢さんと話したんです」寺島が部室の入り口で立ち止まる。「軽音部の廃部を阻止したい、そのためには僕たちでライブを成功させるしかない、って」
「なるほどね」相神さんはにかっと笑い、緒方に身体を向けた。「私と緒方くんも、ちょうどその話をしていたところなんだ。先生たちを納得させるには、とにかくライブをやるのが一番だってね」
相神さんがそう言うと、ギターを構えていた緒方もこくりと頷いた。
「期限は今年いっぱいだ。それまでに俺らの活動が教師たちに認められなければ、軽音部は廃部になっちまう。それまでに、なんとしてでもライブをやってやる」
わたしを含め、全員がやる気に満ち溢れていた。
この四人でライブをやって成功させるんだ。
軽音部を存続させるために。
そして、これは個人的なことだけど――柚月に軽音部の存在を認めてもらい、仲直りするために。
「栗沢」
「なに?」
緒方はわたしをじっと見つめる。
「ドラムはバンドの心臓だ。おまえがみんなをコントロールするんだぞ」
「わかってるよ。任せて」
「ならいい。頼りにしてるからな、おまえのドラム」
「うん!」
わたしは大きく返事をした。
今よりもさらにドラムを上手くたたけるようになるんだ。
わたしたちの大切な居場所を守りたい。
なにがなんでも、軽音部を廃部になんてさせない。
このとき、わたしの心に火がついた。




