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第5話

※次回は2日以内に更新します。

 翌日、わたしは三日ぶりに登校した。


 柚月たちは相変わらず無視を決めこんでいるけど、わたしに直接手を出すようなことはしなかった。クラス内で独りぼっちになる苦痛にさえ慣れれば、問題なく学校生活を送ることができるだろう。


 ただ、最初から孤立していたのならともかく、仲良しだった友達と疎遠になるのはやはり悲しいものだ。同じ教室にいる限り授業中は嫌でも柚月たちの存在を意識してしまう。完全に割り切ることはできそうにもない。


 柚月、伊織、花音の三人に未練が残っていないと言えば、当然嘘になる。


 だから、休み時間はなるべく教室の外に出ることにした。遠くから陰口をたたかれるのが怖かったし、クラスに味方なんて誰もいなかったから。


 昼休みは部室で過ごすことにした。部室の扉に鍵がかかっていることは昨日で学習済みなので、先に職員室に立ち寄った。


 先生たちに一言挨拶をしてから鍵置き場に向かい、第二音楽室の鍵を探す。


 『軽音楽部』と表記されたプレートの下に、鍵はなかった。


 わたしの他に誰かが先に鍵を持っていったんだ。


 思い当たる人物は一人しかいない。


 わたしは職員室をあとにし、急いで軽音部の部室に向かった。


 手をかけて確認するまでもなく、部室の扉は開け放たれていた。


「よお」


「やっぱりいたんだね」


 予想どおり、部室にはすでに緒方がいた。


「緒方って、昼休みは毎日ここにいるの?」


「ちげーよ。普段はいろんな場所にいる。今日はおまえが来ると予測してたから、先回りしてきたんだよ。飯食ったあとに音合わせできるとも思ったしな」


「そういうことか。てっきり、クラスに友達がいないからここにいるのかと思ったよ」


 緒方はクラスにも友達がいるのか――その事実を知りたかったから、わたしはカマをかけてみた。


「バカ言え。飯なんて一人でも食えるだろ」


「その言い方だとやっぱり、クラスには友達いないんだね」


「そうだよ」緒方はあっさりと認めた。「つーかよ、今のおまえには言われたくねえな。おまえのほうこそ独りぼっちが耐えられないから、部室まで来たんだろ?」


「う……」


 そのとおりだ。完全に墓穴を掘ってしまった。


 自分自身の愚かさにあきれてしまう。


 まあ、緒方の交友関係がわかっただけでもよしとしよう。


 わたしは母が作ってくれた弁当を、緒方は購買のおにぎりを食べた。


 空になった弁当箱を片づけていると、緒方が独り言をつぶやいた。


「いまならまだ間に合うぞ」


「え?」


 数秒かかって、それはわたしに向けられた言葉だと察した。


「おまえの友達のことだ。もたもたしてたら手遅れになる。ずっとすれ違ったままだ。仲直りしたいなら、さっさと行動に移したほうがいい」


 あの三人とこじれたままなのは嫌だ。


 その中でも特に――柚月は一番大切な友達だ。


 入学当初、緊張して誰にも話しかけられないでいたわたしに笑顔で声をかけてくれた。


 人見知りのわたしに手を差し伸べてくれた。


 困っているとき、さりげなくわたしのことを気にかけてくれた。


 思い返してみると、柚月にはいつも助けられていた。それなのに、わたしは柚月のことをなにも知らなくて、彼女を傷つけるようなことを口にしてしまった。あのときだって、柚月はわたしのことを気にかけてくれていたのに。


「心配してくれてありがとね、緒方。わたし、今日の放課後は少し遅れるから。あの二人に聞かれたらそう言っておいて」


 大丈夫だ。柚月と二人きりで話し合えば、きっとまだ間に合う。仲直りだってできる。




 放課後、わたしは四階の女子トイレの前で待機していた。


 LINEを使って柚月をここに呼び出していたからだ。


 わたしと仲直りする意思がまったくないのなら、柚月がここにやってくることはないだろう。そのときはそのときで考えればいい。


 でも、柚月は必ず一人で会いにきてくれる。わたしはそう信じている。


 ここのトイレは一年二組の教室から離れているし、わたしと柚月の話がクラスメイトに聞かれることはほぼないはずだ。


 スマホを確認してみる。既読はついているものの、柚月からの連絡はいっさいない。


 柚月を待っている間にも、何人かの生徒がトイレに入った。ここのトイレは四組や五組の教室と近いから、そのあたりの生徒が活用するのだろう。


「ほしの」


 わたしはとっさに顔を上げた。


数メートル先に、深刻な表情を浮かべた柚月が立っていた。


「柚月……!」


 来てくれたんだね、柚月。


 すぐにでも彼女のもとまで駆け出したいのに、両足が震えて前に進むことができない。


「……話ってなに? こっそり呼び出したりなんかして」


 柚月と口を利けるのがこんなに嬉しいだなんて。


 謝るなら、今しかない。


「この前のこと、謝ろうと思って。酷いこと言って、本当にごめん」


「……わかったよ。ていうか、そのことはもうどうでもいいし」


「じゃ、じゃあ、わたしと仲直りして――」


「それは無理」


「ど、どうして!?」


「あんたをハブにしようって最初に言ったの、あたしなんだよ? そのあたしが、いまさらほしのと一緒にいられるわけないじゃん。そんなとこクラスの誰かに見られたりしたら、今度はあたしのほうがハブられちゃうよ。そんなこともわからないわけ?」


 その言葉はどこまでも冷たく聞こえた。


 失望するわたしに、柚月は追い討ちをかけるように話を続ける。


「もうあたしとあんただけの問題じゃないんだよ。今このときだって、ほしのと一緒にいるところを伊織や花音に見られたらやばいし。まあ、そのうちほとぼりが冷めたら、また元に戻るとは思うから……そのときまで待ってて」


 そのとき?


 そのときって、それはいつ?


「それまで、わたしはクラスで独りぼっちでいなきゃいけないの?」


「あんたには軽音部があるでしょ。あのくだらなそうな部活が」


「え……?」


「だってそうでしょ。文化祭のライブ、下手くそだったじゃん。もし吹奏楽部であんな演奏なんかしたら、顧問や先輩たちがぶちギレるよ。どうせ普段だって、ふざけながら気楽にやってるんでしょ? あんたにはお似合いの部活だね」


「…………じゃない」


「え?」


「そんなんじゃない!」


「なに、いきなり――」


「わたしのことはどう思ってもいい。でも――軽音部のことをバカにしないで!」


 軽音部はわたしにとって大切な居場所だ。


 たとえ相手が仲直りしたいと思っている柚月であっても、バカにされたまま黙ってなんていられない。


 ここでなにも反論しなかったら、軽音部のみんなに合わせる顔がなくなるから。


「栗沢さんがそこまで僕らのことを大事に思ってくれているとはね」


「はい?」


 廊下から見覚えのある男子がひょっこりと顔を出した。


 寺島だった。


「な、なんで寺島くんがいるの!?」


「なんでもなにも、トイレに行こうとしてただけだよ」


 そういえば、寺島は五組の生徒だったっけ。


「それに、栗沢さんの声が聞こえたからつい気になったんだ」寺島がわたしと柚月の間に割りこむ。「取り込み中にごめんね、二人とも。邪魔なら帰るけど」


「いいよ、別に」柚月がわたしに背を向ける。「じゃあね、ほしの。間違ってもクラスにいるときはあたしに話しかけたりしないでよ」


「待って、柚月! 話はまだ終わってない!」


 わたしが手を伸ばしかけたそのとき、寺島が柚月の前に立ちはだかった。


「なに、あんた」


 柚月が寺島の顔を見上げながら問いかける。


「はじめまして。僕は五組の寺島。栗沢さんと同じ軽音部に所属してるんだ」


「……それで?」柚月が不機嫌そうに答える。「あたしに用でもあるの?」


「年内に軽音部のバンドでライブを行うから、ぜひきみにも観に来てもらいたんだ。あ、もちろん栗沢さんもステージで演奏するよ。楽器はドラムね。栗沢さんのドラム、すごくかっこいいんだよ」


「は? そんなの知らないし。どいて、あたしもう帰るから」


「ライブが近くなったら、また誘うから。よろしくね」


 返事をすることもなく、柚月はわたしたちの前から消えた。

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