第4話
※次回の更新日は未定です。
音漏れの心配をする前に、想定しておくべきことがあった。そもそも部室の中に入れないのではどうしようもない。
ということで、二人は屋上の手前にある階段の踊り場で時間をつぶすことにした。
埃の被った机やイスが四方八方に山積みになっている。わたしは空いているスペースにしゃがみこみ、両耳にイヤホンをつけてロックバンドの曲を再生した。
ちなみに、屋上に続く扉にも鍵がかかっていた。生徒たちの安全面を考慮してのことだろうけど、屋上が閉鎖されているのはなんとも残念だ。
「もうそろそろいいだろ」
わたしと同じく耳にイヤホンをつけている緒方が立ち上がった。
現在時刻は三時半。ちょうど帰りのホームルームが終わったころだ。
「そうだね」イヤホンを耳から外し、わたしも立ち上がる。「鍵は緒方が取ってきてよね。わたしは担任の先生に見つかるわけにはいかないから、ここで待ってる」
「ちっ、めんどくせーな」
文句を言いつつも、緒方は職員室まで向かって部室の鍵を取ってきてくれた。
緒方が扉を開け、二人はようやく部室の中に入ることができた。
約一週間ぶりに訪れた部室は、なんだかすごく懐かしい匂いがした。ステージの後方にあるドラムセットが、わたしのことをずっと待っていてくれたかのように見えた。
「もう思いっきりドラムをたたいても大丈夫だよね」
自分に言い聞かせるようにつぶやき、わたしはドラムをたたく準備に入った。
丸いイスに座り、たたきやすい位置にドラムセットを動かす。
適当なところで調整を終わらせ、まずは肩慣らしのためゆっくりとしたテンポで8ビートをたたき始めた。
数日間のブランクは気にならなかった。それどころか、体感的には夏休みのころよりもずっと調子よくたたけているようにさえ感じられた。
二本の腕が、ドラムの上を縦横無尽に行き交う。
右足の踏みこみにより、バスドラムが大きく振動する。
左足を使い、ハイハットの上下を開閉させる。
ツッタンツツタン、
ツッタンタタタタ、
徐々にテンポを上げつつ、合間にフィルイン――リズムの節目にある派手なドラムフレーズを絡めていく。
だんだんテンションが上がってきた。
たしかに、楽器の演奏はストレス解消にはもってこいだ。
でも――まだなにかが足りない。
ギターやベースのような弦楽器とは違い、ドラムはそれ単体で直接メロディーを奏でることはできない。一人で練習していると、どうしても単調になってしまうのだ。
わたしはドラムの演奏を中断し、ギターを爪弾いている緒方に話しかけた。
「今日はあの二人、部室に来るのかな」
「さあな。おまえが呼べば来るんじゃねえの」
「わかった。じゃあ呼んでみるね」
さっそくわたしはLINEで寺島と相神さんの二人にメッセージを送った。
その内容は二つ。一つはわたしが部室にいること、もう一つは黙って部活を休んでいたことに対する簡単な謝罪文だ。
二人に会ったら、あらためて部活を無断欠席したことを謝ろう。
一分もたたないうちに、二人から返事がきた。
『掃除が終わったら僕もすぐに行く!』
『ほしのちゃんキタ――――!』
二人の率直な反応が嬉しかった。
それから約五分後、寺島が大急ぎで部室にやってきた。
「おお、栗沢さんがいる!」
「や、どうも。緒方に連れてこられちゃった」
「え、オガチンがなにかしたの?」
「なにもしてねーよ」
緒方はわたしに目で合図を送ってきた。
今日の出来事は二人だけの秘密にしておけってことか。
「いや、なんでもないよ」わたしは寺島の目を見て言った。「それより、勝手に部活を休んでごめんね。今日は最後までいるから」
「なら今日はみんなで合わせられるね」
寺島が笑いながらギターケースをアンプの横に立てかけた。
さらに約十分後、相神さんが部室にやってきた。
「あ、ほしのちゃんだ!」
「こんにちは、相神さん」わたしは立ち上がり、相神さんに向けて頭を下げた。「連絡も入れずに部活を休んでしまい、本当にすみませんでした」
「あはは、そんなにかしこまんなくてもいいって。私もそろそろほしのちゃんに連絡入れたほうがいいかな、って思ってたくらいだから。その必要はなくなったみたいでなによりだ」
先輩にまで気を遣わせてしまって申し訳なかった。
そう思ったから、わたしはみんなに向けて口を開いた。
「あの、みんな。わたしが言うのもおかしな話だけど……今すぐ『終わらない歌』を合わせたいんだ。わたし、一生懸命ドラムをたたくから!」
余計なことは考えたくない。
今はただ、この四人で一つの曲を演奏したい。
「よし。じゃあ早く合わせよっか!」
相神さんがにっこりと頷き、
「僕もちょうど四人で演奏したいと思ってたんだ」
寺島もわたしの言葉に賛同してくれた。
緒方はなにも言わずにギターのチューニングを始めていた。
三人の優しさが、ひたすらありがたかった。
わたしは頭を下げて「ありがとう」と小さくささやき、それからドラムのイスに座り直した。
演奏準備が終わり、四人は各々の楽器を構える。
「もういいかな」わたしは三人の顔を見回す。「いくよ」
四人による『終わらない歌』の演奏が始まった。
わたしの8ビートに合わせて、緒方と寺島のギターが流れこむ。二人とも文化祭のころに比べるとかなり演奏が安定してきている。彼らの後ろにいるわたしも安心してドラムをたたくことができる。
冒頭のサビに入り、ギターボーカルを担当する緒方が大声で歌い始めた。ギターを弾きながら歌うのは明らかに難しいはずだ。けれど、今の緒方はギターにボーカルという二つのパートをなんとか両立させている。ドラムだけでせいいっぱいのわたしからしてみれば、それは魔法のように見えた。
寺島のギターは技術面から見れば、緒方のギターよりも上手い。正確なピッチでギターをかき鳴らしている。
相神さんのベースはいつもどおり抜群に優れている。まだどこか不安定な一年生たちの演奏を、太くなめらかな低音によって下から支えている。
瞬く間に約三分の演奏が終了した。
「ちょっとちょっと!」相神さんが一年生たちを見回す。「今の演奏、かなりよかったよ!」
「僕も同感です! なんかこう、胸にガツーンときました!」
寺島が興奮した口調で言った。
はしゃぐ二人の横で、緒方がわたしに話しかけてきた。
「……今のどうだった、栗沢」
「今まで合わせた中で一番よかったよ」
わたしは即答した。
大きなミスもなく最初から最後まで通して演奏できたことも嬉しかったけど、それ以上にみんなと一緒に演奏することが楽しくて楽しくてたまらなかった。
「そうか」緒方が頷く。「俺もだ。今の演奏、前よりも気に入ったぜ」
「だったらもう一回合わせてみようよ」
それから、わたしたち四人は『終わらない歌』を何度も合わせた。
みんなと音を合わせるのが楽しくて、夢中になってドラムをたたいているうちに、どんどん元気がわいてきた。胸の中に潜んでいた憂鬱な感情は薄れていた。
そうだよ。
今のわたしには軽音部がある。
ここはもう、わたしにとって大切な居場所だ。
その大切な居場所が今、廃部の危機に瀕している。
軽音部の存続に協力したい。
学校を休んでいる暇なんてない。
柚月たちと仲直りすることも大事だけど、それはあくまでわたし個人の問題だ。
緒方、寺島、相神さん。
三人のために、そしてわたし自身のためにも――もっともっとドラムを上手くたたけるようになりたい。




