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第3話

※次回は明日中に更新します。

 さすがにこのまま学校に直行するわけにはいかないので、いったんわたしの家に戻ることになった。


 まずは自室でジャージから制服に着替える。次に、パートに出かけている母に向けて、LINEでメッセージを送った。


『体調が良くなってきたので午後から学校に出席する』


 本当なのか嘘なのか、自分でもよくわからない内容になってしまった。


 朝から母を騙してばかりだ。罪悪感で胸が押しつぶされそうになる。


 でも、ドラムをたたきたいという気持ちが芽生えていたのも事実だ。自分に嘘をつくことだけはできなかった。


 スクールバッグとドラムスティックケースを持って、わたしは再び家を出た。


 わたしと緒方は二人で同じ自転車に乗って学校を目指す。


「そういえば、緒方くん……緒方」


「なんだよ」


「なんかさ、わたし変な噂を聞いちゃったんだよね。緒方が軽音部の入部希望者に暴力をふるって、部室から追い出したって――うわっ!?」


 急ブレーキがかかり、あやうく地面に放り出されるところだった。


「……俺はそんなことしてねーよ。無礼なやつがいたから、ちょっと脅しただけだ」


 緒方は正面を向いたまま答えた。


「それは相手のほうが悪かったの?」


 緒方の肩に手をかけながら、わたしはたずねた。彼の後頭部から、整髪料の匂いがほのかに漂う。


「ああ、そうだよ。おまえは俺の言うことを信じるか?」


「うん。信じるよ。わたしは緒方を信じる。緒方がそう言うなら、きっと相手のほうが悪かったんだよ」


 今ならそう断言できる。


 緒方は理由もなく人に暴力をふるうようなやつではない。


 思えば、初めて会ったときだって、わたしのことをそれとなく気遣ってくれた。一見わかりづらいだけで、根は良いやつだ。


 なんだ、寺島の言っていたとおりじゃん。


「そうかよ」緒方が自転車を漕ぎ出す。「そりゃ嬉しい返事だな」


「あ、照れてるでしょ」


「ひっぱたくぞ」


「本当に?」


「うるせーな、ボケ」


 今日は緒方のいろいろな反応を見ることができて楽しい。


 自転車はどんどん加速し、街の風景が目まぐるしく切り替わっていく。


 二人の身体から汗が滲み出る。汗ばんだ身体に風が当たって気持ちいい。空気が美味しい。


 さわやかな気分に浸っていたのもつかの間、二人は広大な霊園の敷地内に入った。


 ここはわたしたちの通う市立東松原高校から目と鼻の先にある霊園だ。冬の季節になると、体育の授業でこの霊園内を走らされると相神さんが言っていた。つまり、ここを通り抜ければすぐに学校に到着できるというわけだ。


 無数の墓石と深緑の木々が立ち並ぶ道を通り抜けた先に、見慣れた校舎が見えてきた。


 途中で警察に補導されることもなく、あっという間に学校の正門前まで到着した。


「今日はいろいろとありがとね」


 わたしは緒方に礼を言い、それから自転車を降りた。


「礼なんていらねーよ。俺はただ、借りを返しに来ただけだ」


「借り?」


「なんでもねーよ」


 なんのことを言っているのか気になるけど、ここで長話をしているわけにはいかない。まだ下校時刻まで時間があるとはいえ、正門の近くにいれば知り合いに見つかる確率が高くなるからだ。


 緒方が駐輪所に自転車を停めたあと、わたしたちは校舎に足を踏み入れた。


 今の時間は授業中だ。廊下を歩いている場面を先生に目撃されたら厄介だけど、裏を返せば今は授業中なわけだから、その可能性はそれほど高くないはずだ。目的地の部室まで黙って速やかに向かえば――


「おまえら、仲が良いんだな」


 特別教室棟の階段を上っている最中、鈴原先生と出くわしてしまった。


 うわ、これはまずいぞ!


「あ、あのですね」わたしはどもりながら答える。「これは、その、決してサボりというわけではなくてですね……」


「悪い、先生。サボっちまった。今日は見逃してほしいっす」


 緒方あああああ!


 変なところで正直にならないでよ!


 しかし、わたしの懸念に反して、鈴原先生は顔色一つ変えていなかった。


「サボるのもほどほどにしておけよ。留年しても知らねえからな」


 平坦な声でそう言うと、鈴原先生はそれ以上わたしたちを咎めることもなく、そのまま階段を下りていった。


「……見つかったのが鈴原先生でよかったね」


「栗沢、おまえびびりすぎ」緒方がバカにするような口調で言った。「バレバレの嘘なんかつくなよ。余計に印象が悪くなるぞ」


「はいはい。すいませんでしたね」


 少し恥ずかしい気分になった。


 このあとは誰にも見つかることもなく、無事に軽音部の部室までたどり着くことができた。


「あれ、ちょっと待って」


「どうした」


「授業中にドラムをたたいたりなんてしたら、それこそ誰かに見つかっちゃうんじゃないのかな? ほら、この部屋ってそこまで防音対策ができてるわけでもないし……」


 部屋の窓を全部閉めきっていても、外にいる誰かにドラムの音が聞こえてしまうおそれがある。


「そんなに心配なら、授業が終わるまで裏でゲームでもしてりゃいいだろ」


 みんなが授業を受けている最中に部室でゲームをして過ごすのは、健全な高校生として本格的にダメな行為だと思う。


 まあ、ここでうだうだ考えていてもしょうがないし、ひとまず部室の中に入るとしよう。


 わたしは部室の扉に手をかけた。


 そして、振り返って緒方に一言。


「鍵がかかってる」

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