第2話
※次回は24時間以内に更新します。
男の子の背中って大きいな。
緒方の肩を強くつかみながら、そんなことを思った。
周りの景色をじっくり楽しむ余裕なんてない。誰かと一緒に自転車の二人乗りをするのは、これが初めてだったからだ。
「腹減った。昼飯でも買おうぜ」
緒方の一言により、わたしたちはコンビニに立ち寄ることにした。
「わたし、なんにも持ってきてないけど」
「俺の金で買うからいい」
そのように言われたので、わたしは緒方が手に持っているカゴに菓子パンとカフェオレを一つずつ放り投げた。ほかの商品をカゴに入れることは憚られた。
店員になにも聞かれることなく買い物を済ませ、二人はさっさと店の外に出た。
緒方とわたしを乗せた一台の自転車が、街中を疾走する。
今日も空は晴れている。身体が汗ばむほど暑いけど、平日の午前中から人の少ない街をぶらつくのは、とても気持ちがいい。なるほど、これならたしかに気分転換にはなる。
「どこに向かってるの?」
わたしが後ろからたずねると、
「河原」
緒方が短く答えた。
昼過ぎ、わたしたちは近所の河川敷にやってきた。
角度が急な堤防の下には、緑の芝生が生い茂っている。そこから少し遠くの場所に背の高い雑草が伸びており、その向こう側に幅の広い川が流れている。川面は陽光の反射によって眩しくきらめいていた。
二人は土手の下に着いたところで自転車を停めた。
学校をサボって男の子と二人きりで河原に訪れるなんて、まるで青春ドラマのワンシーンみたいだ。まあ、実際にこうして来てみると、思ってたよりも恥ずかしいけど。わたしたちのほかに人がいなくてなによりだ。
「みんなが授業を受けてる最中に、こんなところでのんびりしてていいのかな」
「バーカ、それがいいんだろ」緒方は楽しそうに笑みを浮かべていた。「ここまでやってきて、なにをいまさら言ってんだよ」
それもそうか。開き直ったほうがよさそうだ。
朝からなにも食べていなかったから、お腹が空いてきた。わたしはコンビニで買った菓子パンを食べることにした。
わたしと緒方はお互いに距離を空けて石段の上に腰を下ろし、昼ご飯を食べ始めた。日差しが強かったので、わたしは途中で橋の下まで移動した。
昨日よりはだいぶ気持ちが落ち着いてきたけど、まだ柚月たちのことに踏ん切りがついたわけではない。
学校に行く気にもなれないでいた。
菓子パンを食べ終えてからカフェオレを飲んでいると、緒方がこちらに近づいてきた。
「気分はどうだ」
「マシにはなってきたよ」わたしは即答した。「たまにはこういうのも悪くないね」
「ならとっととバンド練習に戻ってこいよ」
「ごめん、それはまだ無理。ドラムをたたく気にはなれない」
今ドラムをたたいたところで、でたらめなリズムになるのがオチだ。
緒方はわたしのすぐ近くで足を止め、川が流れている方向に顔を向けた。
「俺もおまえと同じだよ」
「なにが?」
「中二のとき、仲の良かったやつらにハブられた」
「え、緒方くんが!?」
どう見てもそんなキャラには見えない。
「ああ。ちっとばかし長くなるが、話を聞いてくれないか」
「あ、うん」
それから緒方は、自らの中学時代についてぽつりぽつりと語り始めた。
かつて、仲の良い友達が不良たちにいじめられていたこと。その友達を助けるため、数人の不良相手に一人でケンカを売ったこと。不良たちを根こそぎ病院送りにしたこと。その光景を目にしていた友達が、酷く怯えていたこと。それがきっかけで、その友達から距離を置かれたこと。
「――気がつけば、俺は友達からハブられて孤立していた。噂が一人歩きして、いつしか俺は危ないやつだと認識されるようになった。友達を救いたくて不良どもに手を出したのに、これじゃあ助け損じゃねえかって思った」
緒方の表情は悲痛で、直視することができなかった。
どこがわたしと同じだ。
わたしなんかより、ずっとずっと辛い思いをしているじゃないか。
「中三のころには、誰も俺と関わろうとはしなくなった」緒方は淡々と話を続ける。「毎日が空虚だった。そんなとき、俺を救ってくれたのが――ロックだった。テレビ番組かなんかでたまたまブルハのライブ映像を目にしたのが始まりだ。ロックに出会ってから、俺は生きる気力がわいてきた」
「それで、ギターもやるようになったってこと?」
「そうだ。まあ、ギターを始めたのは中学を卒業したあとからだけどな。ギターを弾いていると、嫌なことなんてどこかに吹き飛んじまう。最高のストレス解消法ってわけだ」
緒方は身体の向きを変え、わたしの目の前で屈みこんだ。そして、勢いよくわたしの胸倉につかみかかった。
「な、なに……!? 苦しい、放して」
「部室に来いよ!」
河川敷に、緒方のけたたましい声が響いた。
目を逸らしたくても逸らせない。
彼の目つきが、あまりに真剣だったから。
「思いっきりドラムをたたいて、憂鬱な気分なんて吹き飛ばしちまえばいい! 栗沢、おまえは中学のころの俺とは違うんだ。おまえには軽音部っていう居場所があるだろ! つーかよ、おまえが抜けたりしたら、軽音部はマジで廃部になっちまうんだよ! わかったなら、早く練習に戻ってこい!」
こんなに感情をあらわにする緒方を見るのは初めてだ。
そんなにわたしのことを心配してくれていたのか。
よくよく考えてみれば、住所まで調べてわたしの家にやってきたんだ。わたしのことを直接励ますために。
それはきっと――クラスで仲間外れにされている今のわたしが、過去の自分と重なって見えたからなのかもしれない。
言いたいことをすべて言い切ったのか、緒方はわたしの身体からそっと腕を放した。
「悪い。手荒なマネをした」
緒方はいつもの落ち着いた態度に戻っていた。
「ううん。……ありがとう、緒方くん。わたし、たたくよ。ドラムを」
わたしは彼に目を合わせたまま礼を言った。
「よし、じゃあこれから部室に行くぞ」
「は?」
「なにきょとんとしてんだよ。今言ったじゃねーか、ドラムをたたくって。今から出発すれば、放課後までには学校に到着できる」
「……えええええっ!? いやいや、ちょっと待ってよ緒方くん! 今から部室に行くのはありえないでしょ! わたし今日、学校を休んでるんだよっ!? 担任の先生とかクラスメイトに見つかったらまずいって! バンド練習は明日からにしよ、ね?」
「今年いっぱいで軽音部が廃部になっちまうかもしれねーんだ。二学期だってもう始まった。これ以上おまえのことを待ってられっか」
そりゃまあ、今回はわたしに非があるとはいえ――この展開は完全に予想外だ!
「それからよお、栗沢。俺のことをいまだにくんづけで呼んでんじゃねーよ。よそよそしいんだよ。呼び捨てにしろ」
今このタイミングで言うことだろうか?
「相神さんだってくんづけで呼んでるじゃん」
「部長はいいんだよ、部長は。先輩だしな。おら、早く学校に向かうぞ」
言うが早いか、緒方は近くに停めてある自転車に飛び乗った。
「わかったから! せめて制服に着替えさせて!」
こうしてわたしは緒方の手により、強引に軽音部の部室へと連行されるハメになった。




