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第3話

※次回は今日の夜に更新します。

 八月三十一日がやってきた。


 今日は夏休み最後の日だ。


「うっひょー! 海だー!」


 両手を横に広げながら、柚月が大声で叫んだ。


「あんたはしゃぎすぎ!」


 横から伊織がつっこみ、


「伊織ちゃんもテンション高いって!」


 花音がたたみかけるように声を上げた。


 柚月、伊織、花音、そしてわたしの四人は、隣県にある海水浴場に来ていた。


 ここは日本でも有数の人口浜だそうだ。近隣にはプールや記念館といったさまざまな施設が併設されている。


 夏休みの最終日、しかも日曜日ということもあってか、周囲には家族連れや学生グループの姿が目立つ。


 昼前の空には真っ白な入道雲が広がり、その隙間から強い日差しが降り注ぐ。青い海とのコントラストが鮮やかだ。


 わたしたちは夏休み前に買った水着に着替え、焼けるような砂浜に足を踏みこんだ。


 そして、わたしは海に向けてそっと足先を伸ばしてみた。


 海の向こうから小波が押し寄せてくる。


 冷たくて気持ちいい。


「みんな、あそこのブイまで泳いでみようよ!」


 花音の提案に応じ、わたしは海の中に入った。


 今日ばかりは軽音部のことを忘れて、思うぞんぶん海水浴を楽しもう。


 そう思いながら、みんなのはしゃぐ姿を眺めた。


 ひとしきり泳いだあと、四人は海の家で休憩することにした。焼きそばやエビピラフ、カキ氷などを注文し、お互いに分け合いながら食べた。みんなと一緒に食べるご飯は本当に美味しかった。


 午後はビーチバレーや砂遊びをして盛り上がった。日差しがきつかったから、レンタルしたパラソルの下で休憩を挟んだりもした。


 あっという間に夕方になってしまった。いつだって楽しい時間が過ぎ去るのは早い。


 わたしは防波堤に腰かけ、夕焼けに染まる海を一人で眺めていた。わたし以外の三人は海水浴場の周辺を散歩している。


 明日から学校が始まると思うと、多少は憂鬱になってしまう。


 だけど、また毎日柚月たちに会うことができる。そのことは素直に喜ぶべきだ。


「隣、座ってもいい?」


 顔を上げると、柚月の笑顔が視界に飛びこんできた。


「どうぞどうぞ」


「ありがたき幸せー」


 柚月はわたしの横にどっかりと腰を下ろした。


「伊織ちゃんと花音ちゃんは?」


「まだそのへんを歩いてるよ。あたしはちょい休憩しようと思って」


 今日一番はしゃいでいたのは柚月だ。き四人の中で誰よりも疲れていそうだ。


「そっか」わたしは海に視線を向ける。「今日はみんなと遊べて楽しかったね」


 月並みな感想だけど、その言葉に偽りはなかった。


「そうだね……あたしも楽しかったよ」言葉とは裏腹に、柚月の声は落ち着いていた。「あのさ、ほしの。……あんたはあの男について、なんにも知らないわけ?」


「あの男?」


「緒方のことだよ。あいつ、四月に軽音楽部で問題を起こしたんだって。ほしのは同じ軽音部員なのに、その話を聞いてないの?」


「し、知らないよ、そんな話」


「あたしさ、夏休みに入る直前に、一組の友達から教えてもらったんだ。緒方が軽音部の入部希望者に暴力をふるって、部室から追い出した話をね。あんなやつとはこれ以上関わらないほうがいいよ。ね、二学期に入ったら、またクラスのみんなと一緒に遊ぼうよ。そっちのほうが絶対いいって」


 柚月の話を信じることができなかった。


 なんで急にそんなことを言い出すの?


 冗談ならタチが悪すぎる。


「…………」


 なにも言い出せずに呆然としているわたしをいいことに、柚月は話を続ける。


「このまま軽音楽部にいたら、いつかあの男に酷い目に遭わされるよ。なにかあってからじゃ遅いんだって。だからさ――」


「緒方くんのこと悪く言わないで!」


 やっと出てきた言葉がそれだった。


 自分でも驚くほど大きな声だった。


「ほしの。あたしはあんたの身を案じて言ってるんだよ? だから、こうして直接忠告してるんだよ? そんなに疑うなら、今度一組の人たちに聞いてみればいい。緒方のこと、ちゃんと教えてくれると思うから」


「違う。違うよ。緒方くんは悪い人じゃない」


「だいたいあんたさ、軽音楽部に入ってから、あたしたちとの付き合い悪くなってるよね。伊織や花音だってあんたの愚痴をこぼしてるよ。あたしたちのこと友達だと思ってるなら、早くこっちに戻ってきてよ」


「……それは無理だよ。わたしは、軽音部を辞める気は、ないから」


「なんで? たかが部活でしょ?」


「たった二ヶ月で部活を辞めるような人にはわからないだろうね」


 言ってから後悔した。


 それは、彼女の前で口にしてはいけない言葉だった。


「……どういう意味だよ、それ」


「だって、そうでしょ。そんな人に、部活のことをどうこう言われる筋合いなんてないよ」


 自分の口から勝手に言葉が出てくる。


 柚月は悲しそうな目でわたしの顔をにらみつけた。


「あたしがなんで吹奏楽部を辞めたのか、教えてあげようか?」


「え……?」


「先輩たちに脅されたからだよ」


「……なにそれ」


「あたしは中学三年間サックスをやってたから、高校でもすぐに顧問の先生に気に入られた。ていうか、露骨に贔屓された。コンクールでも、先輩を押しのけて正規メンバーになることがほぼ決まりかけてた。そんなあたしの活躍を見て妬むのは、いったい誰だと思う?」


「えっと……同じサックスの先輩?」


「そう。サックスの先輩――いや、そいつらに脅された。早く退部しろ、さもなくばこれからあんたをハブにするって。それどころか、もっと酷い目に遭わせるって。反吐が出るほど陰湿な連中だった。結局、あたしはそいつらに逆らえなくて退部した」


「誰かに相談しなかったの?」


「そいつらは部内でも中心的な存在だったから、ほかの子たちもただ黙って従うしかなかった。クソ、今でも思い出すとイライラしてくる。辞めたときなんて死ぬほど悔しかった。なのに、ほしの――あんたなんかが知ったようなこと言うなよ! むかつくんだよ!」


「…………!」


「……そんなに軽音楽部が好きなら、ずっとそっちにいれば?」


 吐き捨てるように言うと、柚月は静かに立ち上がった。


 ここでなにか言わないと、取り返しのつかないことになってしまう。


「あ…………」


 ショックでなにも言葉が出てこない。


 待ってよ、柚月。わたしをおいていかないで。


 柚月はこちらに向かって歩いてくる伊織と花音のもとに駆け寄った。


「遅いよ二人とも!」


「柚月、ほしの。そろそろ帰ろうぜー」


「私も帰りたいなあ。疲れちゃったよ」


 三人の話し声が、遠くから聞こえてきた。


 燃えるような夕焼け空が、やけに印象的だった。

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