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第2話

※次回は明日中に更新します。

「あの教師、信用できるのか」


 緒方が不満を口にした。


 鈴原先生は「余計なトラブルを起こすなよ」と言い残し、さっさと部室から出ていった。


 緒方の気持ちはよくわかる。


 化学の授業のとき、鈴原先生はうるさい生徒や居眠りしている生徒を叱りつけるようなことはまずない。全体的に頼りなく見えるのだ。


「大丈夫だって。ああ見えて、鈴原先生は話のわかる良い人なんだから」


「部長がそこまで言うなら、信じてやってもいいっすけど」


 露骨な手のひら返しだ。ていうか、相神さんに対する信頼がすごいな。


「僕らにとっては都合がいいんじゃない」寺島が横から口を挟む。「三年生の相神さんがわざわざあの人を選んだんだ。信じてみようよ」


 さりげなく好きな人を持ち上げてるようにも見える。気のせいか?


「軽音部の存続に必要な条件って、ほかにもありましたよね」わたしは残りの条件を口にしてみた。「部員を五人以上にすること、それから一定の活動成果を収めること――ですよね」


「そうそう。ほしのちゃんも覚えてたんだね」相神さんが頷く。「部員かー。新入生募集のポスターを貼っても効果なし。文化祭で無理にライブをやったのが逆効果だったのかもね」


「どうしてですか?」


「うちの軽音部はたいしたことないな、って思われちゃったんだよ。きっとね」


 相神さんの口調は明るかったけど、その声にはどこか悲愴感も漂っているように聞こえた。


「まあ、あのライブのおかげでほしのちゃんと出会えたんだけどね!」


「はあ、ありがとうございます……」


「あーあ、オガチンがもうちょい社交的なら、新入生も増えてたかもしれないのに。あんな目に遭ったら、そりゃあ僕だって逃げるよ」


「ふざけんな。あんな連中がいたら、今よりもっとダメになる」


 男子たちはなんの話をしているんだろう。


「まあまあ、前向きに考えようよ」男子二人をなだめる相神さん。「部員は今の時点で四人。あと一人増えればオッケーなんだし。それより、なにか活動成果を上げなくちゃ。私たちは軽音部員。それならやっぱり、ライブをやるのが一番だね」


 たしかにそのとおりだ。


 軽音部にとって、ライブがもっとも評価されるのは当たり前のことだろう。


 しかし――


「どこでライブをやるんですか?」


 今年の文化祭はもう終わってしまった。最有力の舞台が候補から消えた以上、どこでライブをやればいいのか、わたしにはさっぱり思いつかない。


「やっぱ、ライブハウスとかになるのかな」


 アンプに寄りかかっている寺島が言った。


「今の俺たちで出れんのかよ」


 暑さのせいもあってか、緒方はイライラしていた。


 心なしか弱気になっている一年生を見て、相神さんが元気よく声を上げた。


「そのあたりも考えておかなくちゃね。とりあえず、今は少しでも演奏が上達するようにがんばろう! 私も塾のない時間はできる限り部室にいるからさ!」


 この四人の中で一番軽音部の存続を願っているのは相神さんだろう。


 今年入部したばかりのわたしたち一年生とは思い入れが違う。そんな人が、自分の後輩を元気づけているんだ。わたしだってその気持ちに応えたい。


 今より演奏技術を磨いて、きたるべきライブに備えておこう。




 夏休みは長い。わたしには時間があり余っているので、ドラムの練習をたくさんすることができる。


 部員のみんなで合わせる曲について話し合い、午前中から部室で練習。昼過ぎには学校の近くにあるスーパーやコンビニでご飯を調達し、日陰で涼みながらお腹を満たす。休憩後は再び部室でバンド練習。たまに楽屋裏でゲームをして息抜き。


 完全下校時刻になるまで、毎日こんな調子だ。


 小中学生のころは部活とは無縁の生活を送っていたから、ここ最近は毎日が楽しい。


 そもそも、夏休みにも関わらず毎日のように学校に通うこと自体、不思議な感覚だった。そして、そんな生活を満喫している自分にも驚いている。


 基本的にわたしを含む一年生たちはよく部室に集まる。誰かに強制されているわけではないのに部室に行くということは、それだけバンド練習をしたいということなのだろう。


 寺島にいたってはバイトを辞めてまで部室に入り浸っていた。少しでも相神さんと顔を合わせておきたいとのことだ。


 部長の相神さんは、午後になると先に一人で帰宅してしまうことが多い。塾に通うためだ。彼女は今年受験生なのだからしかたがない。


 軽音部の顧問になった鈴原先生は、あれから部室を再訪することはなかった。どこでなにをしているのか、わたしはなにも知らない。


 部室に行くたびに、部員たちの新たな一面が見えてくる。


 相神さんからお気に入りの曲を半ば強引に勧められたり。


 寺島から相神さんの話を聞かされ、こっそり恋愛相談に乗られたり。


 緒方からゲームの対戦を誘われ、二人で楽屋裏にこもって楽しんだり。


 そんな日々が、わたしにとってなによりも大切なものになっていた。


 バンド練習のほうも順調だった。


 八月上旬には『終わらない歌』を最後まで通して演奏することができていたし、ほかにもいくつかの曲を合わせるようになっていた。


 少しずつ着実に演奏が上達していくのが嬉しかった。


 そして――わたしはいつしか、柚月たちの誘いを断るようになっていた。




 八月中旬。


 世間はお盆の時期に突入した。


 わたしは例年どおり、両親とともに田舎に帰省していた。


 山と川に囲まれた平地。のどかな田園風景が広がり、古い建物が多い土地だ。


 母方の祖母の家でのんびりくつろいでいると、スマホにLINEのメッセージが届いた。


 相手は柚月だった。


『久しぶりー! 元気してる?』


『ほしのはどこか予定空いてるの? 早くみんなと海に行きたいよ~!』


 LINEの画面には二件のメッセージが表示されている。


 柚月たちとはまだ、海に行く約束を果たしてはいなかった。


『月末なら空いてるよ』


 すぐに返答した。


 でもそれは、嘘っぱちの返事だった。


 明後日にはここを出発する。行こうと思えば、向こうに戻った次の日には海に行ける。


 わたしはそれを拒否したのだ。


 柚月たちと海に行くより、あの三人と一緒にバンド練習をしたい――そう思っていたから、今まで柚月たちの誘いを後回しにしてきたのだ。


『じゃあいっそのこと、夏休みの最終日に海に行こうよ!』


 柚月から送られてきたメッセージを見て、わたしは了解の旨を伝えた。


 軽音部のほうを優先させたいとはいえ、さすがに柚月たちと海に行かないまま夏休みを終わらせたくもない。約束を放棄したら、二学期から柚月たちと顔を合わせづらくなってしまう。それどころか、下手したらクラスの居場所さえなくなってしまうかも――


 いやいや、わたしはなに打算的なことを考えているんだ。


 柚月たちと海に行くのは、わたしだって純粋に楽しみにしていたはずだ。


 なるべく余計なことは考えないでおこう。

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