第6話
※次回は今日の夜に更新します。
七月上旬。
週をまたいで行われた期末試験も、ようやく終わりを迎えた。
手ごたえは悪くない。赤点を取るような科目はないだろう。
明日から二日間は休日だ。この間に先生たちがテストの採点と一学期の成績判定をするらしい。連休が明けたら答案用紙の返却期間に入り、続いて計二日間の球技大会。その翌日には終業式。そのあとは夏休みだ。
試験の終了と同時に、柚月がわたしの席までやってきた。
「終わったー! 早く水着買いに行こうぜ!」
「うん、そうだね」
「やっと試験終わったっていうのに、ほしのはテンション低いねえ!」
柚月はテンション高すぎだよ。
わたしと柚月のもとに、伊織と花音も笑顔で駆け寄ってきた。試験から解放されたせいか、みんなの表情は別人のように活き活きしている。
「腹減ったー。どこでもいいから飯食いに行こう!」
「あー、明日から実質夏休み! めんどくさい勉強ともおさらばだ!」
伊織と花音も嬉しそうだ。
荷物をまとめ、わたしは自分の席から立ち上がった。
「あの、栗沢さん。向こうできみのことを呼んでる人がいるけど」
クラスの男子がわたしに話しかけてきた。
「向こう?」
廊下のほうに目をやると、教室の入り口付近に緒方が立っていた。
なにか用事でもあるのだろうか。
「ごめん、みんな。ちょっとだけ待ってて」
わたしは肩にスクールバッグをかけながら、教室の入り口まで足早に歩いた。
「おまえ今日、部室に行くのか」
「え? えっと……」
少し迷ったものの、ここまできて柚月たちと遊ぶのを断りたくはなかった。試験前にも一度誘いを断っていたからなおさらだ。
「ごめんね。今日は行けそうにない」
「そうか」
緒方は短く返事をし、わたしになにかの本を差し出した。
それはブルーハーツのバンドスコアだった。
「近いうちに『終わらない歌』を合わせたい。ドラムをたたけるようにしておけよ」
「あ、うん。わかったよ」
「明日は部室に来れるのか?」
「明日なら大丈夫だよ。朝から行くつもり」
「わかった。じゃあまた明日な」
緒方と別れた後、柚月たちが教室から飛び出してきた。
「ねえねえ、今の人って誰? 軽音部の人?」
「ほしのとはどういう関係なの?」
「まさか、ほしのちゃんの彼氏!?」
三人から怒涛の質問攻めをされ、わたしはたじろいでしまった。
水着を買うため、四人は梅ヶ丘にやってきた。
駅前のカフェで昼ご飯を食べている間、わたしは柚月たちの質問に一つ一つ答えるハメになった。むろん、軽音部に関する質問だ。三人は周りを気にすることもなく、大声を出して盛り上がっていた。
「なるほどねー。順調に軽音部の男子といちゃついてるというわけか」
柚月がしみじみとした口調で言った。
「だから、そうじゃないってば」
無駄だと思いつつも、わたしは声に出して否定した。
「私、あいつのこと一組で見かけたことあるよ」
そう言ったのは伊織だった。
「え、そうなの」わたしは向かい側の伊織を見る。「どんな感じだった?」
「一人で自分の席に座ってたよ。あいつの近くには誰もいなかったと思う。なんていうか、近づきづらいオーラが出てたね」
案の定、緒方はクラスで孤立しているようだ。
「あんな不良っぽい男の子と話せるなんて、ほしのちゃんはすごいなー」花音が尊敬するような眼差しでわ
たしを見つめる。「私だったら、怖くてまともに話せないよ」
「実際はそんなに怖い人じゃないよ。……たぶん」
まだ断言することはできない。
「ほしのー、あんた気をつけなよー」柚月がわたしに注意する。「ほしのって悪い男にひっかかりそうだもん。なにかあったら、あたしに言いなよ。泣き寝入りなんてさせないから」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。おおげさに考えすぎだって」
緒方は女子に手を出すようなタイプではない。それは彼と接すればすぐにでもわかることだ。
わたしに対する質問攻め(というより尋問)が終わると、話題は夏休みの予定へと移った。
わたしはあらかじめ、夏休みの間は部活のほうを優先させることを伝えておいた。三人は一瞬だけがっか
りしたけど、すぐに了承してくれた。
そのあと、わたしたちは近場の洋服店に片っ端から入り、それぞれ自分の気に入る水着を探し回った。
いろいろな水着を手に取ってはしゃぐ柚月たちの姿は、心の底から楽しそうに見えた。
その中で、わたしだけが一人浮いているような錯覚に陥った。
それはきっと、あの三人と早く音を合わせられるようになりたいと思っていたからだろう。
本当は、今すぐにでも家に帰って、ドラムの練習をしたかった。