第2話
※次回は明日の夜に更新します。
翌日の放課後。
昨日自分で予想していたとおり、わたしは部室へとやってきた。
入り口は開いていた。中に入ると、緒方がドラムのイスに座っていた。
「よう」
緒方は顔をこちらに向け、イスから立ち上がった。
「なんで部室に呼んだの」わたしは後ろに一歩下がった。「……頼みごとってなに?」
そう問いかけると、彼はわたしから目を逸らして答えた。
「教えてほしいとこがある」
「うん?」
「勉強だ。テスト範囲の部分、おまえに教わりたい」
ああ、そういうことか。
……頼みごとって試験勉強のこと!?
そのためにわざわざ電話で連絡までしたのか。
「それはいいけど……なんでわたしに頼んだのか知りたいな」
「ほかに頼れるやつがいねーからだ」緒方はステージの前に移動した。「部長は先輩だから頼みづらい。だからといって、寺島の野郎に教わるのだけはごめんだ。だから、栗沢に頼むしかなかった。部室を選んだのは、ここが一番都合がよかったからだ。試験期間中なら、寺島や部長が来ることもなさそうだしな」
その口ぶりから察するに、彼の交友関係は極端に狭いらしい。わたしに嘘をついているようにも見えない。
「数学以外なら教えてもいいよ」
わたしがそう言うと、緒方は頭を軽く下げた。
「ありがとう」
礼を言い、彼は楽屋裏の中に入っていった。
そっちで教えてほしいというわけなのかな。
そう解釈し、楽屋裏の扉に足を向けたところで、いかがわしい想像が頭の中をよぎった。
放課後の部室に、若い男女が二人きり。
なにかのはずみで、二人は――
いやいやいやいや、さすがにそれはないだろう。過激な少女漫画の展開じゃあるまいし。
気持ちを切り替え、わたしも楽屋裏に足を踏み入れた。
ちょうど緒方が机とイスを並べ終わったところだった。
お互いに向かい合うような形でイスに座り、机の脇にスクールバッグをかける。
「教わりたいのはどの科目?」
「まずは英語からだ」
その言い方だと、どうやら複数の科目を教える必要がありそうだ。
二人は英語の教科書とノートを机に広げた。
この高校は進学校というわけでもないから、特別テストの問題が難しいとは感じない。真面目に授業を聞いて予習と復習を怠らなければ、少なくとも赤点は回避できるだろう。
逆に、油断しているとあっさり追試をくらう可能性だってある。
わたしの中間試験の結果は、数学以外まずまずのものだった(数学は唯一平均点を下回ったものの、赤点にはならなかった)。数学にさえ気をつけていれば、今回の試験だって乗り切れるはずだ。
わたしは最近の授業で習った文法の使い方を教え始めた。柚月たちと勉強するときはよく雑談へと脱線してしまうけど、緒方は余計な話を挟むこともなく、わたしの話す内容を真剣に聞いていた。自ら勉強を教わりたいと懇願したのだから、ある意味当然のことだけど。
二時間近くかけて、二人だけの勉強会は終わった。
部室を出るとき、わたしはふと気になっていたことを口にした。
「試験期間中なのに、よく部室の鍵を持ってこれたね」
「黙って職員室に入って取ってきただけだ」
「先生たちになにも言われなかったの?」
「別になにも」
この学校の管理はけっこういいかげんみたいだ。それとも、軽音部はほかの部活と違って顧問の先生がいないから、誰も気づかないだけなのかもしれない。
部室の鍵を返却し、わたしと緒方は学校の正門で別れた。
「明日は国語を見てくれ。じゃあな」
別れ際、緒方から再び依頼された。
予想どおり、他の科目も教えることになった。
一日で全部やらないのは、いっぺんに覚え切れないからだろうか――そんなことを考えながら、わたしは帰路についた。