第1話
※次回は約1時間後に更新します。
軽音部のみんなと遊びに出かけてから一週間あまりがたった。
六月下旬にもなると、日を追うごとに夏の匂いが濃くなってくる。
そして予定どおり、全学年平等に試験期間へと突入した。
「あーもう、こんな数式覚えてなんの役に立つんだよー!」
わたしの横で柚月が頭を抱えた。
本来なら試験勉強は一人でしたほうがはかどるけど、この日は柚月たちと一緒にカフェで勉強会を開いていた。わたしも高校生のはしくれ、人付き合いを避けては通れない。
「数学は解答が決まってるから、私は好きだな」伊織がシャーペンを指先で回す。「それより現代文のほうが嫌いだな。作者の気持ちとか死ぬほどどーでもいいわ」
「いいよね、伊織ちゃんは。数学が得意で」
花音がうらやましそうな目で伊織のノートを覗きこむ。
この四人の中で理系よりなのは伊織だけだ。残りの三人はもれなく文系より。わたしも数学は特に苦手だ。
「ほしのー、あんたは勉強進んでる?」
柚月がわたしの腕をシャーペンでつつく。
「ま、まあ、ぼちぼちってとこかな」
わたしは試験勉強とともに、家でドラムの基礎練習も行っていた。最初は勉強の時間のほうが長かったけど、徐々にドラムの練習にさく時間のほうが長くなってきている。このままだとテストの答案用紙が悲惨なことになると思いつつも、なかなか勉強に集中する気にはなれないでいた。
「あーあ、テストとかマジで死ねばいいのに」
「怖いよ伊織ちゃん! おっかないなあ、もう」
手より口を動かす伊織と花音。なんだかんだ余裕があるのか、とっくに勉強を諦めているのかはわからない。
「期末試験が終わったら、またみんなで遊ぼーよ」
テーブルに突っ伏していた柚月が顔を上げた。
「私、海行きたーい」
「いいね、海水浴! 私もさんせーい!」
「お、二人はノリノリだね!」柚月は急に明るくなり、わたしの肩に手を置いた。「ほしのはどうなの? 海・水・浴!」
「いいと思うよ、わたしも。夏休みに行こうよ」
「よし決まりだね!」
「テスト終わったら休みに入るよね」メニュー表を眺めながら、伊織がしゃべる。「そのときに水着でも買いに行こーよ」
「なんか急にやる気出てきた!」花音が身を乗り出す。「ほしのちゃんとはこの前遊べなかったから、そのぶん海で思いっきりはしゃごうね!」
「うん。今度はわたしも必ず行くから!」
みんなと夏休みの予定について話していたら、勉強のほうもやる気がわいてきた。たまには友達と一緒に勉強をするのもいいものだ。
その日の夜、スマホに電話がかかった。
自宅の居間でくつろいでいたわたしは、着信画面を見て目を丸くした。
緒方恭平――なんであいつから?
軽音部に入部したあの日、みんなとお互いに携帯番号やアドレスを交換した。でも、よりにもよって(こんな言い方は失礼だけど)緒方から直接電話がかかってくるだなんて思ってもいなかった。
たっぷり三十秒ほどスマホをにらんでから、わたしはおっかなびっくり通話ボタンをタッチした。親に会話を聞かれたくはなかったので、居間を出て自室へと向かう。
『――もしもし。栗沢だよな?』
「うん、そうだよ。どうしたの、緒方くん」
わたしは自室に入ってドアを閉め、ベッドに腰かけた。
『…………おまえに頼みたいことがある』
「頼みたいこと?」
彼の声は真剣だった。
いったいどんなことを要求されるんだ?
『明日の放課後、部室に来てくれないか』
「部室に?」
今は試験期間中だ。必ずしも部室に入れる保証なんてない。
『部室の鍵は俺が開ける。とにかく頼んだ』
「あ、ちょっと待って――」
そこで通話が切れてしまった。
まだ承諾したわけではないのに。
どうしよう。よくよく考えてみれば、頼みごとの内容も聞いていない。
相変わらず緒方がなにを考えているのか、ちっともわからない。
それでもたぶん、明日になったらわたしは部室に向かうのだろう。
結局、緒方に明日の用件を聞き直すことはできなかった。