第四話
あれから、みやなと一度別れて、各々制服から私服に着替え、最初に出会った古びたテニスコートに集合した。
全開もそうだったが、みやなは動きやすい格好だ。スカートよりも短パンを穿いている。確かに、スカートだと動いた時に下着が見えてしまうことがあるから、俺としても短パンのほうがいいと言えばいい。
「遅いぞー! あたしなんて、もう五分前からここに居るんだから!!」
「これでも急いで来たつもりだったんだけどな……」
みやなの家は、本当にここから近いようだ。具体的にどの辺りにあるのかは、聞いていなかったけど。俺よりも早く到着しているということは、相当近いのだろう。
昨日教えたグリップの持ち方を忘れてはいないようで、俺は安堵する。
「まあ、あたしは心が広いから許しちゃう!」
「はいはい。ありがとうございます。それじゃあ、さっそくだけど。今日はちょっと打ち合いをしてみるか」
「おお! ラリーってやつだね!」
昨日の壁打ちを見る限り、彼女はコントロールがかなりいい。動きも俊敏でボールを追うのも早かった。教えたこともすぐに覚えているところから、吸収力もすごい。
みやなの場合は、口で教えるよりも実践で教えたほうがいい。なので、俺は打ち合いをすることにしたんだ。
「そうだ。っと、その前に。軽く走りこみと素振りだ」
「えー!?」
「準備運動は大事だぞ? しっかりと体を解してからじゃないと、怪我をするかもだからな。ほら? コートの周りを軽く五週するぞ」
「……はーい」
みやなは、少し不満げにだが俺と平行してコートの周りを五週ほど走る。それを終えてからは、素振りをしてようやくコート内に入る。
さっきまで、ちょっと不機嫌だったみやなだが、コート内に入った瞬間から笑顔になっている。まったく……わかりやすい奴だな。
「集! 早く早く!!」
「わかってるって。だが、その前にこれは本当にただの打ち合いだ。魔技は、禁止だからな?」
「わかってるよー! あたしも、そこまで馬鹿じゃないから!」
それを聞いて安心した。俺は、地面にボールを数回弾ませ、いくぞ! と声をかけてからボールを軽くみやなへと打った。
ボールは、前で弾み。
「せい!」
それをみやなは元気よく打ち返す。
「いいインパクト音だ! 次行くぞ!」
「どこからでもこい!!」
次は逆サイドだ。確かにいいインパクト音だったが、まだまだ軽い。
「えいや!」
フォアハンドに次はバックハンドでしっかりと打ち返してくる。フォームも昨日よりは綺麗だ。コントロールもやっぱりいい。
「次だ!」
「まだまだぁ!」
俺も久しぶりのラリーに、楽しくなってきた。
パコン! パコン! とラケットでボールを打つ音が響く度に、ラケットにボールが当たった時の重みを感じる度に、テンションが上がってくる。
「よっと」
数十回ものラリーを終えた俺はボールを打ち上げ、キャッチする。
「あれ? もう終わり?」
物足りない感じのみやなに対して俺は、次のステップだと伝える。
「次のステップ?」
「そうだ。やっぱりマジックスポーツと言っても、スポーツという根本は変わらない。だから、魔法だけに頼るのはよくないんだ」
「ふむふむ?」
「テニスは、ただこうして打ち合っているだけじゃだめなのはみやなも知ってるだろ?」
「うん! もちろん!」
野球だって、サッカーだってそうだ。ただ投げたり、打ったり、蹴ったりしているだけじゃ遊んでいるのと同じ。
スポーツとは、競い合うもの。確かに、運動のためにやっている人達も多いが。やはり競い合わないとな。そのための技を今から俺はみやなに教える。
「テニスには、何種類かの技がある。例えばスライスボール。ちょっと打ってみるから、ちゃんと見ておくんだぞ?」
「はーい!」
とはいえ、久しぶりだからなぁ。うまく打てるかどうか……少し緊張しながらも、俺はみやなへとスライスボールを打ち込む。
ボールの上からラケットを直線的に、狙った方向に押し流す!
「おお?」
「よし!」
うまくスライスを打てた。あまり弾まないボールを見て、みやなは目を丸くしていた。
「これがスライスだ。まあ、簡単に言えば、あまり弾まないボールって覚えておけばいい。次は、ロブだ」
ロブは、スライスよりは簡単だ。ラケットを上向きにして、上に打ち上げるように。
「高いねー」
「ロブは、意外と有効的な球種なんだ。まあ、あまりやりすぎるとスマッシュとかで逆に相手からポイントを取られることがあるから注意だ」
「わかった!」
「次は、ボレーだ。ちょっと、軽めに打ってみてくれ」
俺は、ボールをみやなに投げ、ネット近くにラケットを構えて立つ。
「そんなに近くて大丈夫?」
「大丈夫だ。ただし、軽くな? あんまり強く打たないでくれ」
「じゃあ、これぐらい!」
ちょっと強めだけど、大丈夫だ。みやなが打ったボールを俺はラケットを縦に構え、相手コートに打ち込む。
「これがボレーだ。勇気とラケットをしっかり持つことが重要だ」
他の球種と違い、ボレーはかなり勇気が必要となる。俺が覚える時は、識と一緒にバトミントンをやっている要領でボールを打っていたっけなぁ。
「他にもドロップがあるんだけど……まあ、それは後にしよう」
「なんで?」
「ドロップは他の球種と違って難しいんだ。だから、覚えるのが大変だぞ?」
「大丈夫だよ! あたし、あの子と戦うためにもっと強くなりたいの! だから、教えて!!」
うーん、みやなの目は本気だ。ドロップは俺もかなり苦戦した記憶がある。だが、覚えれば試合がかなり有利に進められる。
「……わかった。みやながそこまで言うなら、俺も全力で教える。ただ、聞いていいか?」
ずっと気になっていたことがある。
「なに?」
「みやなが、戦いたいって思っている子って……誰なんだ?」
そう、みやながマジックテニスをやろうと思ったきっかけになった小学生プレイヤー。もし、俺が調べてたあの子だったとしたら……生半可な練習では足りないだろう。
「やえって子だよ!! いつも、物静かな子なんだけど。テニスをする時はすっごいんだ! まあ、学校でのあの子は知らないんだけどねぇ」
「やっぱりか……」
はっきり言って、予想が外れてくれればよかった。だけど、やっぱり影響を与えるほどだから、それほどのプレイヤーじゃないと。
みやなも才能はある。魔力だってやえには負けてはいないだろう。それでも、圧倒的に足りないものがある。それは経験だ。
やえは、調べたところ小学一年からマジックテニスをやっている。更に、実家の居合い術などは小学生に入る前から基礎は習っていて、今でも続けているそうだ。
「みやなは、やえとどうしたいんだ?」
「戦いたい! そして、勝ちたい!!」
「……はっきり言うけど。今のままじゃ、確実にボロ負けする」
「……」
さすがに、それはみやなもわかっているのか静かに俺の言葉に耳を傾けていた。それならばと、俺は言葉を続ける。
「それでも、みやなはやえと戦いたいのか?」
「もちろんだよ! だって、そのためにマジックテニスを始めたんだから! だから……あたしを強くして! 集!!」
決意は変わらないようだな。そんな真っ直ぐな目でお願いされたら……俺も断れない。
「……わかったよ。そこまで言うなら、俺も乗りかかった船だ。できる限り、マジックテニスの技術を教える」
「やった!!」
「ただもう一つ」
これもかなり重要なことだ。いや、もっとも重要と言ってもいいかもしれない。
「やえとはどうやって試合をするつもりだ? 彼女は、今小学生の中で一番の注目プレイヤーなんだぞ? みやなとも学校が違うし」
強くなっても、やえと試合できるかどうか。今のところはできないという可能性のほうが高いだろう。
「……大丈夫!! あたしに任せて!!」
「任せてって……どうするつもりなんだ?」
「むふふ」
なんだろうか。この自信に溢れた笑みは。
なんだか逆に不安になってくるんだけど……。




