第一話
「すっごい綺麗だね! どうして、目の色が違うの? あ! もしかして、カラーコンタクト?」
「違う違う。これは、生まれつきなんだ。ほら? あるだろ。生まれつきなんか特殊な力があって生まれることって。……もう何の意味のない目だけだどな」
「意味がない? どうして?」
そう、何の意味のない目。
ただの色違い。
中二病じゃないけど、そう思われてしまう。今の地球では、本物が多いから中二病なんて言葉は、マジなものになるんだけど。
「それよりも、さっきから君のこと見ていたけど。すごい気になっていたんだ」
「え? ……ナンパ?」
「ち、違う!! あれだ。君のフォーム。打ち方だよ!!」
ちょっと言葉足らずだったようだ。それにしても、やっぱり五年生ともなるとナンパの意味は知っているか。
まあ、昔から小学生は割りと大人びていることが多いからなぁ……ともかく。
「打ち方? なんか、変だったかな」
と、その場でもう一度ラケットを振ってみせる。
うん、マジで初心者だ。
「そもそも、打ち方以前にラケットの持ち方も違うぞ」
「え? ラケットに持ち方なんてあったの!?」
「あるんだよ。ほら、箸に持ち方があるように、ラケットにもあるんだ。野球でのバットにだってあるだろ?」
「んー……バットにも持ち方なんてあったんだぁ」
色々と知らないみたいだな。そのはずか。バットの持ち方なんて、野球をやっているか興味があるかじゃないと、バットなんてただ両手で握って振っていればいいだろ程度だろうし。
俺は、みやなの手にそっと触れて、指を動かす。
小さな手だな。
「まずは、両手でぎゅっと握り締めて、人差し指をこうやって伸ばす。これがラケットの正しい持ち方だ」
「おー! これが。やっ! ほい!! せい!! すごい! なんだか手がラケットに吸い付いてるみたい!!」
「これが基礎的な持ち方でコンチネンタルグリップというやつだ」
「こ、こんち……メタル?」
あー、やっぱりちょっと難しかったか。首を傾げるみやなに俺は、もう少しわかりやすいように伝える。
「簡単に言えば、包丁を持つような感じだ」
「包丁を持つ感じかー。それなら、わかる!! お母さんの料理を作っているところ結構見てるから!」
「それはよかった。この持ち方だとフォアでもバックでもどちらでもいけるから、よく覚えておくんだぞ」
「うん! 包丁を握るやつって覚えておく!」
素直でいい子だ。やっぱり、グリップの握り方一つで、色々と変わってくるからな。テニス界では、薄いグリップだと言われているが、まあそれはまた後だな。
次は、フォームだ。
グリップだけじゃない、フォームも加わると色々と変わってくる。
「次にフォームだけど、まあぶっちゃけどんな打ち方をしてもいいんだ」
「じゃあ、別に注意しなくてもよかったじゃん!」
「あははは。でもまあ、基礎を覚えておけば、それだけでも変わってくるんだ。いいか? まずは、こうやってラケットを持ったまま腰を下ろす」
俺は持ってきていた自分のラケットを握り、みやなの隣に立って腰を下ろす。みやなはそれを見て、真似る。
俺は、そこから更に左足を出して、ラケットを構える。
「いいか? こうやって、一回、二回、三回」
「一! 二! 三!! お? おお!! なんだかちょっと打ちやすくなったかも! でもさ、こんな打ち方いつまでもできないよね?」
「だから、これは基礎的な打ち方だ。とりあえず、これで素振りをして感覚を覚えるんだ」
「基礎かぁ。そういえば、基礎なんて全然だったなぁ」
やっぱりかー。まあ、誰が見てもそう思う打ち方だったし。俺は、苦笑しながらもしばらくみやなと一緒に素振りをしていた。
そして、数十回の素振りを終えたところで、ボールを持って、俺は壁打ち用の壁に立つ。
「じゃあ、さっそくだけど。実際に壁打ちをしてみるぞ。よく見てろよ」
「はーい!」
ベンチに座り、わくわくした様子で俺のことを見ている。なんだか、テニス教室を開いているみたいだな。まだ中学三年生。しかも、テニスを止めてもう半年が経とうとしている。
本当に久しぶりだな。
こうやってラケットを握って、壁打ちをするのは。一回、二回と普通の硬式テニスボールを地面に跳ねらせる。そこからラケットで、数回ボールを跳ねらせる。
うん、久しぶりの感触だ。
「いくか。はっ!」
ぽーんっとボールを上げて、打つ。
少し中心から逸れた。
壁打ち用の壁には、射撃の的のような丸が描かれている。その中央に打ち込んだはずだが。
「やっぱり、なまってるな」
跳ね返ってきたボールを追いかけ、再度ボールを中央目掛けて打つ。
「よし、さっきよりはいい」
少し中央に近づいた。だが、ボールの跳ね方がさっきよりも上に。後ろに下がって、ラケットを構える。もっと強く、正確に打つ。
それから何度か打ったが、昔に戻ってきた。
「よし。じゃあ、次はみやなだ」
「ほーい! やったるぞー!!」
ボールを渡し、みやなと交代する。俺は、ベンチに座りしばらく見詰めていたが。うん……やっぱりまだデタラメなところはあるけど、いい感じだ。
それに、彼女にとっては自由にやったほうがいいのかもしれないな。なんだか、俺の真似をしようとしてフォームがぎこちなくなっているように見える。
「……それにしても」
デタラメなようで、コントロールはいい。本当に初心者か? みやなが打ち込んでいるボールはほぼ真ん中に当たっている。
あんなデタラメなフォームで。しかも、体勢で。
「それ! それそれ!! ほい!!」
楽しくなってきたのか、アクロバティックに返球する。それなのに、また真ん中だ。打つごとに、笑顔に。跳ね返ってくる毎にそれを追いかけて、激しく打ち込んでいく。
「なんだか、俺も打ちたくなってくるな。なんでだろう。あの笑顔を見ていると……ん?」
みやなの笑顔に見惚れていると、近くにあった古びた時計に目がいく。
十七時近く……って、やば!?
「あれ? どうしたの?」
いきなり立ち上がったことで、みやなはボールをラケットで上へと跳ね上げ、俺の方へと振り返った。
「あ、いやもうこんな時間だからな。帰らなくちゃ。ほら! みやなも早く帰ったほうがいいぞ。遅くまで外に居たら、親御さんが心配するだろ?」
俺は慌てている。なぜかって、そりゃあ夕飯の買い物帰りだからだ。今頃、母さんは俺のことを待っているはずだ。
と、携帯を……って、忘れてきてるー!? やばい。家に帰ったら、いったいなんて言われるか。
「おー、そういえばもう十七時なんだねー」
「そうだ。えっと、一人で帰れるか? なんなら、近くまで送っていくぞ」
「別にいいよー。ここから、すっごい近いからさ」
「そうなのか。じゃあ、ごめん!! 俺はこれで帰る! あ、基礎のフォームでの素振りは欠かさないようにな!!」
「はーい!」
やばい! やばい! と買い物袋とラケットを持ってみやなと別れた。




