第十七話
「やりました! デュースです!」
「なんとか、ここまできたが……ここからだ」
すぐ負けることはなくなった。ここから更に二点差まで、ずっと試合が続く。
「デュースか。やえがデュースになったところなんて、いつぶりだっただろうな」
「あら? そんなにやえちゃんは、ストレート勝ちをしていたのかしら?」
正利さんの呟きに、母さんは首を傾げる。確かに、俺が入手した映像全てを思い出してみると、デュースになった展開は一度もなかった。
一点は取られていたことがあったが、追い込まれたことや同点になったことはない。つまり、やえにとってこれが久しぶりのデュース。
それを、初めて一週間の初心者がやってみせたか。
「やったじゃないか、みやな」
「よし! このまま、勝っちゃうよ!!」
「させません。いくら公式の試合でないとはいえ……いや。公式の試合じゃないからこそ、負けられません!」
デュースになったことで、やえの闘志に火が点いたのか。目つきより鋭く、そして魔力が跳ね上がった。審判近くにある魔力の数値を確認する。
「最大値が増えた?」
確かに、試合の最中に最長して最大値が増えることはあるが。この短期間で……やはりやえもまた才能に溢れたプレイヤーだってことなのか。
みやな。油断するなよ。
「せーの!!」
さっきと同じぐらいの伸びのあるサーブだ。
「ふっ!!」
「あわっ!?」
やはり、三度も効かないか。みやなのフラットサーブに負けないぐらいの力で、完璧リターンを決める。みやなもそれに驚きつつも、再度リターン。
どちらも、デュースというところから様子を見るかのようにラリーを続けている。
俺達も、いったいいつ動くのかとボールを目を追いながらも二人の様子を観察していた。
「な、中々動きませんね」
「それだけ、緊迫しているってことね」
だが、このまま動かないというわけではない。絶対どちらかが先に仕掛けなくてはならない。時刻も、あれから十分は過ぎている。
やえもこのまま長引かせて、後にある練習に支障が出てしまうだろうから。早めに終わらせたいと思っているはずだ。
「……」
「え? や、やえちゃん?」
動いたのは、やはりやえだった。しのもそうだが俺も驚いている。ラケットは、片手で持つのが基本だ。
しかし、両手持ちで打つこともある。やえは、その両手持ちをしているのだが。構えが独特だ。上段に構えている。
「魔技」
「くる!」
魔力がラケットに集束する。
「《魔月》!」
振り下ろす。居合い術ではないので、俺達でもギリギリ目で追える。それでも、また独特な魔技を。今度はいったいどんな……。
「どんな魔技でも!」
みやなは、また両目に魔力を集束させ、更に電気を纏う。
(みやな。なんとか魔力を抑えているようだが、それでも減り方が尋常じゃない。平均的な魔力量だったらとっくに尽きる手前だ。対して、やえは最小限の魔力で且つ強烈な魔技を発動している。試合が長引けば、みやなが不利になる)
だからこそ、早めに決めたいところだ。みやなは、確実に成長している。だが、やえも同時に成長しているから、中々攻めきれない。
「え?」
「外れた!?」
やえが放ったボールが、コートから大きく外れていく。
失敗球か? 誰もがそう思った刹那。
「ち、違う!」
いち早く異変に気づいたみやなは前に出る。
すると、ボールは空中で強烈なスピンがかかり、急激に曲がる。弧を描くように。しかも、とても取りに行きづらいところに。
ネットの端。つまり、審判が座っている付近に。
「み、みやなちゃん! ぶつかっちゃうよ!!」
そうこのまま突っ込めば、最悪ぶつかってしまう。やえは、それをわかっていてこの魔技を放ったのか? さすがのみやなでも怪我を負うような無茶振りはしないだろうと。
……まあでも、それは当てが外れたな。
「突撃ー!!」
「みやなさん!?」
今のみやなは、どこまでも楽しく。どこまでも、やえとの試合で勝つことを考えている。一点でも、取られたくない。
絶対勝ちたい。そんな想いが、彼女の体を動かしている。
「大丈夫!!」
しのの心配な声にすぐ答え、飛び込んでいく。
「返した! だけど」
ボールを返した。しかし、そのまま……ぶつかることはなかった。みやなを止めるように、電気の壁が発動していた。
「アドバンテージサーバー!」
「やりー!」
「……あなたという人は。恐れというものがないのですか?」
みやなの無鉄砲な行動に、安堵しつつも呆れた様子で問いかけるやえ。
「怖いことはあるよ? でも、今はすっごく楽しいし。すっごく!! やえちゃんに勝ちたいって思ってるんだ! だから、多少の無茶もやっちゃうんだよ」
「だが、あんまり無茶過ぎると審判として試合停止させるぞ?」
「ええ!? そ、それはだめだよ!」
「それが嫌なら、さっきのような無茶はするなよ」
「……はーい」
正利さんの言うように、さっきのは一歩間違えれば大怪我を負っていたはずだ。俺も、みやなが怪我をするはずがないと信じていたが。
肝が冷えたぞ……この試合が終わったら、また色々と教えないとな。
「でも、次で終わりだよ」
「終わらせません。初心者に負けたとあっては、私も今後色々と引き摺りそうですから」
そういうやえだが、とても楽しそうだ。
この試合を心から楽しんでいる。
「楽しそうね。二人とも」
ラリーが続く中で、母さんが微笑ましそうに呟く。
「だろうな。みやなは、やえのマジックテニスを見てやろうと思った。試合をしようと考えた。対して、やえは初めて一週間の初心者に追い込まれている」
「普通なら、楽しめないですよね」
「でも、二人は普通とは違う。この緊迫した試合を、心から楽しんでいる」
それは、一打一打の表情でわかる。いや、インパクト音でわかってしまう。高揚している。ラリーが続く毎にそれは増していく。
「やえちゃん!」
「なんですか!」
「マジックテニスって、楽しいね!」
「そう……ですね!」
ラリーをする中、二人は会話を始める。まさか、そんな余裕ができるとはな。俺なんて、試合に勝つことをに集中し過ぎて、会話をする余裕なんてなかった。
そもそも、試合中に会話なんて友達同士の試合じゃないとそうはできないだろう。
「でも」
「はい」
二人の雰囲気が変わった。
勝負に出るつもりだ。
みやなは、これを決めれば勝ち。だが、やえはポイントを取られれば負け。やえのあの様子を見る限り、相当な負けず嫌い。
絶対にみやなの攻撃を全力で防ぎにいくつもりだ。
「終わりがないなんてないから!!」
火花が散る。また体中に電気を纏わせ、俊敏に動く。ここまで、みやなは相当魔力を消費している。普通の公式試合だと、二ゲームほどの魔力消費速度だ。
これが、1セットマッチでなければ完全にみやなの負けだっただろう。
(違うか。1セットマッチだったからこそ、みやなは全力で魔力を消費しているんだ)
「決めにいくよ!!」
もうみやなの十八番となった電気を纏わせる魔技。
「させません! このままストレートなんて……!」
いよいよ。これで決まるか? 初心者対トッププレイヤーの試合が!
そんなこんなで、次回最終話! いやぁ、やっぱり文字で表現するとスポーツの試合って長くなりますねぇ……。




