7話 今後について
「まだ拗ねてるのか?お前が勝手に早とちりしてただけだろ」
夕食のスープを机に運びながらアランが呆れたようにそう言った。
リーナは採寸を終えた後、服を着てからは拗ねたように一言も話さず椅子に座ってそっぽを向いていた。
「だいだい、今回の依頼でだけくらいの費用がかかるのか分かってる?まさか本気で俺に奉仕してどうにかしようとしてた?
ザビヌの売春婦はそんなに儲かってるのか?」
「もういいわよ。どうせ私は破廉恥な女よ!
それに、怒ってるのはそれだけじゃないわよ。さっきの採寸はなに?
ザビヌにいる時も鎧の採寸はしてたけど、あんなところまで測る必要がどこにあるの!」
「あんなところって?」
「あんなところはあんなところよ!私に言わせないで!
貞操が守られたところであんなところのシワの数まで数えられたんじゃお嫁にいけないわよ!」
スープを運ぶ前に書斎へ移動させたリーナの体を事細かにメモした羊皮紙。全てを測り終えた頃には、かなりの分厚さになっていた。
ザビヌでの採寸が羊皮紙一枚で終わっていたことを考えると圧倒的な量だ。
そこには、身長や体重、胸囲など常識的なものから指一本一本の長さや瞳の大きさと言った細かなもの、そしてへそのシワの数というなにに使うのか分からものに至るまで多種多様な項目があり、リーナがこれまで長さを気にしたことのない自分の体の隅々まで計られてしまったのだ。
今や、リーナや体を最もよく知るのは本人を差し置いてアランかもしれない。
それほどまでに徹底的に調べられたのだ。
その中には当然、羞恥心を煽るような箇所も採寸項目に含まれていた。
風呂上がりの敏感になったリーナの体はたまに触れる手に反応し、その度に赤面してしまうのだったがアランはあくまでも事務的に一つ一つ丁寧に長さを測り項目を潰して言った。
アランの事務的な態度が、リーナの羞恥をさらに駆り立てた。
結果、精魂尽き果てたリーナは不貞腐れ机に突っ伏していたのであった。
「嫁に行くって夢を持ってるのはいいことだけど、まずは奴隷に堕ちないことが大事だぞ。
俺は鎧作りに手を抜くつもりはないが、それで勝てるほど狂気の劇場は甘くはないぞ」
「分かっているわよ。私の人生だけじゃない。ナターシャ様の今後もかかってるんだから真剣にならないわけがないじゃない」
「まぁ、頑張れ。さ、これ食べたら出たってくれ」
できたてのスープを口に運びながらアランが口にした何気ない言葉にリーナが目を見開いて驚いた。
「え!泊めてくれるんじゃないの?」
「こら、机を叩くな。スープが溢れるだろ」
リーナが机を叩いたことで飛び散ったスープの水滴を慌てて拭きながらアランが叱ったが、当のリーナはそれどころではなかった。
「あんたが手付金って言って奪った10万ルビアが私の全財産なのよ。それがなきゃ今晩の宿だって借りれないのに。
それに、こんな危ない夜の街に若い女性を一人で放り出すつもり?」
「うちは鎧屋だ。この家も俺が一人で住めるだけの広さしかないんだよ。こうやって飯を出してやってるだけありがたいと思え」
「あなたは私を助けてくれるんじゃないの?」
「勘違いするな、俺は自分の趣味とビジネスのためにやっているだけだ。
俺がパレードの時にお前に声をかけ、今日こうして家に上げているのは、道徳心でも親切心でもない。そこのところ、履き違えるな」
スープを口に運ぶ手を止めることなく、静かにしかし覆らないと思わせる強い意志が込められた言葉でアランはそう言った。
その強い言葉を聞いて、リーナは自分が警戒心を緩めていたことにふと気が付いた。
アランに出会い、家の中に案内される時は周囲に気を配り全身に緊張感を巡らせていたというのに。
風呂に入り、体中を隅々まで見られたことで、警戒心を持つことをやめてしまっていたのだ。
そうでなければ、自分から元敵国の男の家に泊めてほしいなどと提案するわけがない。
もし、アランにリーナを悪戯するつもりがあったのならこれまでのどこかのタイミングですでにやられている。
その事実が、アランに対する信頼に変わっていたと気がつきリーナは動揺した。
「そうね、私がどうかしていたみたい。
あなたにとって私はついこの間まで戦争していた敵国の兵士。そんな人間を無防備に泊まるバカはいないわよね」
リーナはゆっくりと席に座りなおすと、冷めかけたスープを口に運んだ。
肉と野菜がたっぷりと入ったそのスープはとても優しい味がして、リーナはふと目頭が熱くなるのを感じた。
捕らえられてからこれまで、他人から向けられる感情は敵意や好奇心や侮蔑。ビジネスだとドライに割り切っているとはいえ、アランのように普通に話せる人間はとても久しぶりだった。
あの屈辱的なパレードですら流れなかった涙が、堪えられなくなり、リーナは目元をアランに見えないように隠した。
それを見て、アランが溜息をついてめんどくさそうに頭をかいた。
「お前のことだ。このまま出て行ったらまたすぐに勘違いで股開きかないからな。
さっき、カラダで払うって行ってたよな?この家で住み込みの家政婦になるっていうなら寝るところくらい貸してやってもいいぞ」
アランの提案を聞いて、リーナは信じられないというように目を瞬いた。
「どうするんだ、5秒で決めろ。ご……」
「やるわ!家政婦でもなんでもする。だから、ここに泊めて」
アランがカウントを始めると同時にリーナが返答した。
こうしてザビヌの女兵士リーナと、ナルビアの鎧屋アランの共同生活が幕を開けたのである。
ストーリーの進展重視で、細かい描写は端折ってます。
今後もそういう方針でいく予定です。
採寸のシーンやアランの料理シーン、裁判前の牢獄でのリーナのシーンなどは気が向いたら書くかもしれませんが、基本的に本筋に大きく影響しない部分は端折っていきます。