3話 提案
「ザビヌの第一王女ナターシャが、第二位の王位継承権を持ちながら独自の部隊を編成し、国防の一角を担っていたことは分かっている。
そして、そのナターシャが組織した部隊で部隊長を務めていたのが被告人であることが先日の裁判で明らかになった」
裁判長は淡々とそう話した。
黙って裁判長の話を聞いていたリーナは、その内容を聞いてナターシャ王女が捕らえられたということを信じざるを得なくなった。
裁判長が述べたことは全て事実であった。
だが、リーナの部隊は表向きは王族の護衛をする特殊部隊。軍の指令系統に連なる一つの部隊に過ぎず、親衛隊や私設部隊のような個人が管理する部隊ではないというのが建前であった。
内情を知るのは、リーナの部隊に所属していた兵か王族の一部、それと軍の上層部である。
さらに、部隊内の序列はナターシャ以外には知り得ない情報である。
この裁判長がリーナをナターシャ部隊の隊長であると知っていたことが、ナターシャがナルビアに捕らえられた事を裏付ける確かな証拠となった。
「確かに、私はナターシャ様私設の特殊部隊として、大本営とは別の命令系統下で行動していた。だが、それがナターシャ様の処遇とどう関係するというのだ」
「ナターシャの部隊は今回の戦争において一度も前線に立つ事なく、我が軍と初めて衝突したのはザビヌの王都侵攻の際である。すなわち、ナターシャは今回の戦争において積極的な戦闘には参加せず、むしろ開戦反対派のリーダーであった。この内容に間違いはあるか?」
裁判長の言葉に訂正する箇所はなかった。
最終的に、ナターシャは父である現国王の決定に従いはしたが一度もリーナ達を戦場に送ることはなかった。
リーナは小さく頷く。
「そして、王都での抵抗も軍上層部がナターシャ部隊の大半を強制的に徴収した結果である。これに間違いは」
しかし、皮肉なことに戦争の最終局面ザビヌ王都進行の折、王都に残された最後のまとまった兵力がナターシャ部隊だけとなり、圧倒的な劣勢の中の戦いを余儀なくされた。
最後までナターシャの護衛を任されたリーナを除いた他の兵がどんな最後を遂げたのか、はたまた奇跡的にまだどこかで生きているのか、それはリーナにも分からなかった。
ただ一つだけ、リーナの耳に届いている事があった。
それは、劣勢の中でありながら、ナターシャ部隊の挙げた圧倒的な戦果であった。
「ザビヌ王都侵攻の際、ナルビアの兵に甚大な被害を出したナターシャ部隊。我らが国王様は、その活躍に敵であるが惜しまない賛辞を贈られた。
そして、その苛烈なまでに強力な部隊を作り上げたナターシャに貴族の称号を与え、我が軍でその腕を振るわないかと提案をされたのだ」
それは、前代未聞の提案であった。
いくら強い軍隊を作り上げる腕を持っているとはいえ、つい先日まで戦争をしていた敵国の王女を自分の国の貴族に取り立て、さらには軍に入れるなど常識では考えられない処置である。
「信じられない……」
「だろうな。だが事実だ。
我らが国王は、そういうお方なのだ」
リーナは力の入らない足をなんとか奮い立たせ、ゆっくりと立ち上がった。
そして、しっかりと裁判長を見て口を開く。
「それで、私はどうすればいい」
リーナの言葉に、裁判長は右の口角を上げ少し笑った。
「話が早くて助かるよ」
そう、もしさっきの話が成立していたのならわざわざリーナにこの話をする必要がない。
裁判長はリーナが鍵を握っていると言った。
もし提案がそのまま通っていたのなら、こんな言い方はしないはずだ。
「その通り、ナターシャはこの提案に承諾した。しなし、国王様の提案に難色を示した者がいる。
ナルビア軍の将軍だ。
無理もない、つい先日まで互いの命のやり取りをしていた敵国の人間を軍に入れるのは、どうしても生理的な嫌悪感が邪魔して上手くいかない。
それに、ザビヌでのナターシャ部隊の活躍は、地の利を生かせる山岳地帯での戦闘であったからで、ナターシャが特別な練兵能力を有しているのか疑問視する声も上がっている。
心優しき国王様は、軍幹部のこの声に理解を示された」
裁判長はそこで言葉を区切った。
そして、一呼吸置いた後、本題を口にする。
それは、リーナが想像していた通りの内容であった。
「そこで、ナターシャ部隊で唯一捕虜となった被告に白羽の矢が立ったのだ。
ナターシャ部隊の部隊長を務めた被告の戦闘能力を、軍幹部、ナルビア国民の目で確かめ、ナルビアにとって有益な力となりうるのかを吟味する。
能力が証明されれば、国王様の提案通りナターシャの身分は保障される。しかし、もしその戦闘力が期待外れであったなら、その時は他の王族と同じ末路をたどることになるだろう。
さて、長くなってしまったがここで一つ被告に提案する。
今、被告の前には二つの道が用意されている。
人権剥奪の上、家畜同然の奴隷として第二の人生を歩む道。幸せは保証できないが命の保証はされるだろう。
もう一つが、命をかけ主人の有能さを証明するる道。命の保証はないが、軍人としたの誇りは保たれるであろう。
もし返事に迷うようなら1日の猶予を与えることも可能だが……」
「猶予なんていらない、答えは決まりきっている」
裁判長の言葉を遮ってリーナが声を上げた。
裁判長は、言葉を切りまた右の口角を上げ、リーナの言葉を待った。
「私はナターシャ部隊の部隊長だ。ナターシャ様の作り上げた部隊がどれほど有能であるか、この身で証明してみせる!」
リーナの宣言を受け、若い裁判官が木槌をついた。
「判決を言い渡す。
被告、リーナ・アルニアは主人の名誉をかけ、その能力を示す闘技へ参加するものとする」
最後に裁判長が口角を上げた不気味な笑顔のまま口を開いた。
「決行は一週間後、それまで被告を自由の身とする。監獄生活で腕が鈍ったと言われたのでは意味がないからな。
だが、もし一週間後姿を現さなければその時は、分かっているな」
リーナは背筋に冷や汗を感じながら、しっかりと頷いた。