26話 六年前
結局、マンダラの眠る部屋に入ることはできず、アランはマンドレの屋敷からの帰り道を一人で歩いていた。
そんなに話し込んだつもりはなかったが、空はすっかり暗くなり、街明かりの奥にうっすらと星が輝いていた。
家に帰る気が無くなったアランは、すでに顔を赤くした労働者が集う飲屋街で酒を一瓶と鳥のもも肉を焼いたものを買い、王都の外れにある小高い丘へと歩みを進めた。
ここは、軍の演習場となっている場所なのだが夜間演出が行われていない日は警備が手薄で簡単に入り込める。
ちょうど街の明かりが遮られ、普段は隠れている小さな星々が闇夜に恐る恐る顔を出してくる。
ここは、アランのお気に入りの場所だった。
六年前、アランは軍にいた。
正確には、正規軍人になる前の養成機関で訓練を受けていた。
今から十二年前に、ナルビア国王マルクをガマガエルに変え、多数の家臣たちの息子を娘に変えた呪いで、アランは鎧が作れなくなってしまった。
厳密に言えば、その時最後に見ていた雪山の魔女の娘が身に纏った見世物にされるために極端に露出が多い特殊な鎧しか作れなくなってしまったのだ。
威厳を失った王、家を継げなくなった家臣、独創性を奪われた職人。
王は民から身を隠すことを選び、家臣はそれでも王への忠義のために生きる事を選択した。
そして職人は職人である事をやめたのだった。
***
うだるような暑い日の午後、アランは遠のく意識を懸命に引き止めながら気をつけの姿勢を維持していた。
今日は初日であるというのに、アランの脳内は公開で埋め尽くされていた。
「諸君らは軍に入り、国王様のため自らの命をもってこのナルビアを守ると誓った。
私は諸君のその意気込みを誇りに思う。
しかし、悲しい事に我がナルビアは今危機的状況にある。
四年前、マルク様が即位されたが体調に不安があり戦場に立たれることが難しい状況である。さらに、諸君らの中にもいると思うが、憎き雪山の魔女の呪いによりこれからナルビアを背負って行くはずだった若武者達が女の姿へと変えられてしまった。
そのため、今期の士官学校には女性の姿をしているものが多い。
だが、姿は女性であれこころはナルビア男児である事に変わりはない。
身体的ハンデがあろうと、それをはねのけ立派なナルビア兵に成長してくれる事を私は心の底から願っている」
整列する四十名あまりの若い訓練兵の前に立った、壮年の教官が鼓膜が破れそうなほどの大声でそう告げた。
国王マルクがガマガエルの姿に変えられてしまった事実はごく一部の人間だけに明かされたトップシークレットだったのだが、被害者が大量に発生した家臣の息子達の性転換に関しては情報が解禁されていた。
それは。彼ら(彼女らといったほうが正確か)が士官学校で学び行く行くは軍人として差別なくナルビア軍に向かい入れられるための措置であった。
そのため、それまで男子しか入学が許されなかったこの士官学校特例で長年ナルビア王家に仕えてきた家臣の子供に限り女子の入学が許可されていた。
アランが入隊した年は、もっとも女子の入学者が多く、全体の半分にまで達していた。
訓練兵は入学後十人前後の班に分けられ、訓練と日常生活を共に送る決まりになっていた。
アランが割り振られた班は全員で十一人、アランを除く十人全員が女子であった。
それは、同じ時に呪いを受けたもの同士の方が結束が強まるだろうという教官側の配慮と、アランの運動神経があまりにも悪く女子と同じ班にしなければレベルが合わないという事情からであった。
女子が多い班は、訓練のレベルが他の班よりも軽くその点ではアランに優しがったのだが、問題があったのは日常生活であった。
「おい、ションベン行こうぜ」
長い髪を後ろでくくった快活な女の子がそう言って一緒に立ちションを始めたり、
「汗がたまってうざってぇ。でも、これが無いと揺れが邪魔で走れないしな」
ランニングを終えた巨乳の女子がそう言いながら上半身裸になり、脱いだ服で躊躇いなく谷間の汗を拭ったり、
「おい、訓練だからって手を抜くな、本気でぶつかってこい」
姿を変えられてもなお筋肉を維持しているスレンダーな女子が、訓練の組手で絞め技を繰り出す際大事な部分に何度も顔を埋める事になったり……。
彼女(彼)らの心は一貫して男であり、胸に脂肪の塊がぶら下がり股間にぶら下がっていたものがなくなろうとも、その行動と言動に変化が生じることはなかったのだ。
だが、彼女(彼)らがいくら気にしていないとはいえ、アランにとってそれらの光景が目に毒である事に変わりはなかった。
アランとしても、いくら女の体だとはいえ中身が男では反応する訳にもいかず、生殺しのような状態が続いていた。
その日常の中で、アランにとって一番大変だったのが入浴である。
士官学校は女子の入学を受け入れたとはいえ、設備は女子禁制であった当時のまま。そのため、トイレや浴場、更衣室と言った施設は男子ようなものしか存在していない。
彼女(彼)らは心が男なので、男湯しかない士官学校にも難なく適応したが、アランはそうはいかなかった。
入浴は班ごとに時間が割り振られていたのだが、アランには他の十人と裸の付き合いができるとは到底思えなかった。
苦肉の策として、アランは班員と入浴せず演習場の隅にある手洗い場で手ぬぐいを濡らし汗を拭ってしのいでいた。
しかし、それでは疲れが取れるはずもなく、入学から一週間後には我慢ができなくなっていた。ある日、アランは就寝時間が過ぎた後に部屋を抜け出し、一人で浴場へ向かった。
この時間なら、班員や他の訓練生のいない湯船にゆっくり浸かることができると考えたからであった。
ここで一度時系列のおさらい!
【十二年前】
雪山の魔女が国王と家臣の息子達、アランに呪いをかける。
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【六年前】
アランがナルビア軍の士官学校には訓練生として入学
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【二年前】
ザビヌがナルビアに敗れ、リーナとナターシャが捕虜に
狂気の劇場が開かれ、国王がリーナ達に呪いについて告白する。
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【現在】
ナターシャがフィーメルンを任される。
ウエスドがリーナを使い求道者の翡翠を探し始める。
こんな感じです!
分かりにくかったり、本編で飛ばしている部分で何があったのか知りたかったりする人がいれば教えて下さい!
更新が滞っていてごめんなさい!
次話はできるだけ急いで出すのでゆっくり待っていて下さい!
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