24話 調査依頼
ウエスド将軍から、求道者の翡翠について知っているかもしれない人物が見つかったと教えられたのは、数日後のことだった。
「やぁ、灯台下暗しとはこのことだね」
頭を書きながらそう言ったウエスド将軍は、呼びつけたリーナに一枚の紙を見せた。
それは、ナルビア軍で使用されている軍人の経歴をまとめた資料だった。
個人情報と軍機密が詰め込まれた資料のため、一部の人間にしか閲覧権限が与えられて居ない資料だ。
ナターシャですら、フィーメルン全員分の資料を閲覧する権利を有して居ない。
そのため、リーナはそれを見た瞬間反射的に目を逸らした。
「心配いらない。私の権限で今は君にも閲覧資格が与えられている。
それに、これを見ないことには始まらない」
ウエスドに促され資料に目を通したリーナは、驚きで小さく悲鳴をあげた。
「そういえば、君はこの男のことを知って居たね」
リーナは小さく頷いて、もう一度資料に目を落とす。
マンドレ・バーメネウス
階級 准将
現役職 ナルビア軍法裁判所裁判官
勲章 ナルビア国民勲章勲準二等、年間優秀裁判官二回……
マンドレ准将。
二年前の軍法裁判でリーナを捌いた人物である。
マンドレに対して恨みや怒りなどの感情はなかったが、奴隷同然の時にあっているのでリーナには若干の苦手意識があった。
「私が昔から知っている男でね、才能のある男の割に出世が遅くてね。
元々、武勇に優れた方ではないから戦場での功績はあまりなかったのだけど、それだけでは説明がつかない不可解な降級を一度受けている。
どうやらその理由が、求道者の翡翠に関わることのようなんだ」
たしか、ウエスドの階級は大将だったはず。
外見だけ見ればウエスドの方が若いのに、マンドレの方が三階級も低い。
裁判所では切れ者の印象があっただけに、リーナにとっては意外だった。
もちろん、将官に上り詰める軍人は一握りだから准将止まりだとしても十分な出世と言えるのだが。
「しかし、私から探りを入れようにも明日からしばらく西部遠征でここを留守にするんだ。
魔女の住む雪山への補給路の確保が主な目的なわけだが、この意味が分かるかな?」
「ウエスド将軍が補給路の確保を終えれば、いつフィーメルンに魔女討伐の命令が下ってもおかしくないと言うことですね?」
「ご明察。だから、私が遠征から帰ってきてからマンドレへの聴取を始めていたのでは間に合わないんだ。
そこで、私が留守にしている間、マンドレの周辺調査を依頼したい。
名目上は、先日集結した東部の小国サルボンの戦後処理の手伝いということにしておく。
本来は佐官昇格時に内地勤務の職種を経験しておかなきゃいけないだが、君は特例で少佐に昇格したからそれを経験していない。
その分を今補うといえば誰にも怪しまれないだろう」
ウエスドはリーナの返事を書く前から外堀を埋め終えていた。
あまりの手際の良さに、逆に不安を覚えたリーナだったが現状ではその案に乗るしか道はなかった。
しかし、どうしても一つだけ確かめておかなければならないことがあった。
「質問があります。
将軍は、マンドレ准将が求道者の翡翠に関わったために降格したと仰いました。
求道者の翡翠は使用者の力を解放する特別な力を持った道具なのですよね?それに関わることで降格する理由が分からないのですが」
むしろ、軍にとって求道者の翡翠ほど魅力的な道具は存在しないだろう。
それを見つけ出し、使いこなせるようになったなら降格どころか二階級特進も夢ではない。
それなのに、マンドレは降格した。
その謎が、どうしても気になったのだ。
しかし、ウエスドの答えはリーナの望むものではなかった。
「それは私にも分からない。
求道者の翡翠自体は、伝説だというものもあるくらい存在があやふやなものだ。
だから、その本来の力について知るものはごく僅か。私自身も知識は全て文献から得た。
だから、確かなことは言えない。
だが、求道者の翡翠に関わるだけでは降格を受けることはないということだけは確かだ。だから、マンドレは他にも何かを起こした。
その何かが原因で不可解な降格を受けたの分かっている。その何かがどういったとこであったのかも、君に調べてきてほしい」
疑問を解決するはずが、新たな疑問が生まれさらには調べるべきことも増えてしまった。
どうやらこれ以上ウエスドから得られる情報は無いらしいと感じたリーナは一礼して部屋を後にした。
総司令部の廊下を歩きながら、リーナは考えていた。
どうやら、求道者の翡翠は始めに考えていたような単純に力を増幅できるものでは無いようだ。
今日のウエスドの煮え切らない答えもそうだ。
ウエスドは本当に知らないのか?それとも、リーナたちに何かを隠しているのか?
それを知る術はリーナにはなかった。
怪しい匂いがするところには関わらないのが一番なのだが、フィーメルンで雪山に魔女に対抗できる手段がない以上ウエスドの提案にならないわけにはいかない。
リーナは自分がウエスドの手の上で転がされているのを感じながらも、あえてそれに逆らわないことを決めた。




