23話 ケーキと言伝
ウエスド将軍の部屋を後にしたナターシャとリーナは同じような困り顔で廊下を歩いていた。
すれ違った事情を知らない将兵が、同じ表情で歩く二人を見て姉妹だと錯覚するほどだった。
「ねぇ、リーナ。あなたは、ウエスド将軍の話をどう思うかしら?」
ナターシャの問いに、リーナは答えを窮した。
その様子を見てナターシャは決意した。
「二人で悩んでいても仕方ありませんね。あの方の元へ行きましょう」
今度のリーナは、ナターシャが言い終える前に反応していた。
それも食い気味に、焦った様子で。
「ダメです!ナターシャ様!あのような変態の元へナターシャ様がわざわざ出向く必要はありません。
私が代わりに意見を聞いてきますので、ナターシャ様はフィーメルンの宿舎で待っていてください」
「そうですか?私は誠実で信頼の置けるお方だと思うのですが」
リーナがあまりに必死に止めるので、ナターシャもそれ以上食い下がることはなかった。
「ではその代わりに、私が今朝焼いたケーキをあの方の所へ持って言ってくださいな。
それと、言伝を一つ頼みます」
※ ※ ※
ナターシャのケーキと手紙が入ったバケットを片手にリーナがやってきたのは、例の闇街にある一軒の鎧屋であった。
この二年の間にここを訪れることは何度かあったが、一人で来るのは初めてここに来た時以来であった。
軍の将兵となったリーナにちょっかいを出す度胸のある輩はこの街には居ないようで、奴隷同然で訪れた前回とは比べ物にならないくらい身の危険を感じない。
元々、政府の目から逃れるためにこの街に流れ着いたものが大半なわけで、権力の象徴とも言える上級武官がやってきたともなればわざわざ街に出て来るバカもいない。
下手に目をつけられれば一生牢屋暮らしという連中も少なくないので、リーナが来るときの闇街は自ずと静かになる。
だから、急いで家に入る必要はないのだが、それにしても長い時間をリーナは玄関の前で費やしていた。
(なんで足が動かないのよ。アランに会うだけなのになんでこんなだ緊張しちゃってるのよ私)
そうやって自分を叱りつけるが、足は言うことを聞いてくれない。
そうこうしているうちに、扉の方が先に開いてしまった。
「おい、俺も一応客商売やってるんだ。そんな、いかつい格好したやつが店の前に棒立ちってのは営業妨害なんだよ。
さっさとうちに入るか帰るかしてくれないかな」
気だるそうな声とともに顔を出したのは赤毛の青年。
二年で少し大人びた感はあるが、それでも少し幼さの残る顔。
国王、旧臣の息子達と共に雪山の魔女の呪いを受けた人物。
大陸最高の鎧師の息子でありながら、最後に目に焼き付いた布面積の少ない女性用の鎧しか作ることができなくなったいびつな天才鎧師アランである。
二年前の狂気の劇場で、最終的にリーナの命を救うことになる鎧を作った人物であり、フィーメルンの前身である国王親衛女部隊の頃から鎧を作っている特殊部隊御用達の鎧師である。
「家に入るわよ。そのために来たんだから」
「そうかい。なら早く入ってくれ、俺も暇じゃないんでね」
アランに促されてリーナはシールズ・アーマーへ足を踏み入れた。
一階は殆どが工房になっていて落ち着いて話せないので、二人は二階へ上がった。
まず、ナターシャから預かっていたケーキと手紙を渡し、リーナがお茶を入れた。
「手紙、読まなくていいの?」
手紙を受け取った後、封を開けずに設計図の山に放り投げたアランを見て、リーナが尋ねた。
主人の手紙をぞんざいに扱われたことで少し怒っているのがわかる。
けれど、アランは意に介さず手掴みでケーキを掴むと大きな口でそれを貪った。
「ケーキはうまかったってお姫様に伝えといてくれ」
「もう、空ならもう少し味わって食べなさいよね」
そうツッコミを入れながら、リーナは入れ立てのお茶をアランの前に差し出す。
一週間だけとはいえ、共同生活を送ったことがあるふたり。そこには、他人ではない間合いがあった。
「で、まさか俺の家でお茶するためだけにわざわざ訓練をサボって出て来たわけじゃないよな?」
リーナがケーキを食べ終えたのを見計らってアランが尋ねた。
その頃には、リーナの謎の緊張も解けて平常心に戻っていた。
「実は、ついさっきウエスド将軍に呼び出されて、アステルトとの戦争が始まれば国王様の出陣が近づくって話を聞いて来たの」
「そうだろうな。十二年越しの大陸統一を目指す戦争なんだから、国王様の姿を見せることで国民にやる気を起こさせる必要があるってことは猿でもわかる」
「うん。でも、今のフィーメルンじゃ到底雪山の魔女討伐を考えられないの。
それで、ウエスド将軍が求道者の翡翠の話を教えてくれたの」
刹那、アランの表情が険しくなった。
しかし、ほんの一瞬の出来事だったのと、話すことに必死だったことでリーナがそれに気づくことはなかった。
「求道者の翡翠って言うのは、数百年前の偉人カルカラが発見したとされる緑色の宝玉で、それを身につけたものは己の力の解放を成し遂げることが出来るらしいの。
存在自体があやふやな噂なんだけど、歴史の中に何度も登場していて、それを手に戦場に赴いた戦士は必ず勝利すると言われているの」
ついさっきウエスドに聞いたばかりの話をなんとか思い出しながらリーナはたどたどしくアランに伝える。
「もし、求道者の翡翠が手に入れば今のフィーメルンでも雪山の魔女に対抗しうる力を得られるかもしれないの」
「それで、それと俺がなんの関係があるんだ?」
「アランは鎧師として珍しい素材に出会うことも多いでしょ?求道者の翡翠も、鎧の装飾に使われてきた歴史があるから、もしかしたら知っているかと思って」
「知らないな。もしそんな物が実在するとしたらお目にかかって見たいけどね」
アランはひどくあっさりとそう答えた。
持っているとは言わなくても、情報くらいは知っているのではと期待していたリーナにとってはあまりにもあっけない回答だった。
「ウエスド将軍が言い出したことだろ?本人は、何か知らないのな?」
「心当たりを探っている最中でまだなんともいえないらしくて……、その間に私たちの方でも捜索を頼みたいって話だったの。
私たちとしても、この状況じゃ求道者の翡翠に頼る他なくて」
リーナとしても、こんな不確かなものに頼るのは気が乗らなかった。でも、今リーナとナターシャがこの地位に居られるのは雪山の魔女討伐において利用価値があると思われているからだ。
もし、国王出陣までにその任務を全うできなければ、その先の未来に保証などない。
だから、藁にもすがる思いでここまだきたのだが、やはり噂は噂だったのか。
「俺が言えるのは一つだけだ。俺は最高の鎧を用意してやるから、お前らは油売ってないで少しでもフィーメルンを強くすることを考えろ。それが、結局一番の近道なんだがら」
アランに発破をかけられ、手ぶらになったリーナは少し肩を落として家路に着いた。




