21話 狂気の終わりと始まり
ナターシャとリーナは、今後所属することになる西方討伐軍の司令部との顔合わせと今後の打ち合わせのため玉座の間を後にした。
残されたアランは、ふぅとため息をついた。
「まさか本当にあの二人を頼りにされていたとは。ザビヌの姫を生け捕りにし、部下の女兵士を使って狂気の劇場を開くと聞いた時でさえ、俺は半信半疑だったんですよ」
一応敬語を使ってはいるが、一市民が国王へ使う言葉としてはあまりに砕けた話し方でアランはマルクに問いかけた。
「本気であの二人が俺たちを救うと思っているんですか?」
言葉だけ切り取れば疑問を投げかけているようにも聞こえるが、それは明確な否定だった。
アランはナターシャとリーナが雪山の魔女に勝てるとは微塵も感じていなかったのだ。
それなのに、大掛かりな芝居までうってナターシャを味方に引き込んだマルクの見立てに違和感を覚えていたのだ。
立場上苛立ちは表に見せていないが、アランに不満があることは明確であった。
それに対して、マルクは落ち着いてこう返した。
「確かに、雪山の魔女には勝てないだろうな。
ナターシャに練兵のスキルがあると言っても、それは所詮人間の器での話。人外の器を持つあの魔女には勝てないだろうな」
「ではなぜ、このようなことを」
「勝てないが、使えるとは考えている。お前はあのリーナという女兵と数日共に暮らしたそうだな。そこで何を感じた?」
マルクの質問の意図が読めなかったが、アランは正直に答えた。
「単純に強いです。良質な筋肉と理想的な骨格、少々警戒心が薄く、俺の仕掛けた媚薬風呂に気がつかないという抜けたところはありますが、戦士としてなら一級品だと思います。
でも、ただ、それだけです。それ以上の何かがあるとは思えません」
「なるほど、お前のことだから体の隅々まで調べてこのことに気がついているのかと思っていたんだが……」
「このこと?」
マルクがもったいぶった言い方をするのでアランは怪訝な表情を浮かべて尋ねた。
確かに、リーナの体は隅々まで採寸し、そのサイズはもちろん、どんな物質に耐性があるのかまだ調べている。
マルクが言っているのがなんであれ、アランが調べ漏らした項目などないはずだ。
「彼女の髪色にはなんの違和感も感じなかったのか?」
「髪?あのシルバーの毛髪のことですか?俺の髪が赤いのと同じように、ああいう白っぽい髪の色をした人間はこの国にごまんといますよ」
「ん、ああそうか、お前は軍歴はあったが戦場に出た事は無いんだったな」
アランの返答に、マルクが納得したように手を打った。
その仕草が子供扱いに感じ、アランはとうとう声を荒げてしまった。
「だから、それがなんだというのですか」
「あの髪は、その辺にいる白髪とは違う。陽の光を浴びて輝く白銀の毛髪だ。
そして、白銀の毛髪と聞けば、北東の前線から帰ってきた兵達は夜も眠れなくなるほど怯える。その訳がわかるか?」
分かっていたらこの話はとっくに終わっている、と苛立ちげにアランが首を横に振る。
「白銀の毛髪はある一族の証。悪魔と人間が交わって産まれた禁忌の一族の印なのだ。その意味がわかるか?
悪魔と人間の血を引き継ぐ者は、ある状況下で覚醒し人を超越した力を発揮する。
今回の彼女の実力は、通常状態でのもの。先の戦争で覚醒状態の彼女を捕らえるのに、我々は数千の犠牲を払うことになったのだ。
ま、当の本人は覚えていないようだがね」
マルクの話は、アランにとって寝耳に水であった。
リーナがナターシャを逃がすために一人残りナルビアの兵に捕まったという話は知っていたが、まさかそれほどまでの犠牲を生んでいたとは想像もしていなかった。
「この話を聞けば、私が魔女討伐の試金石として選んだわけをわかってくれるかな」
再びマルクに問われたアランは、今度は首を縦に振った。
パレードから今日まで、リーナの鎧作りを請け負い、狂気の劇場を乗り切ってきたが常に半信半疑であった。
しかし、マルクの言葉が本当なら、期待できるかもしれないという思いがアランの心に小さく浮かんできたのだった。
「当面は、軍の編成と育成に時間を割くことになるだろう。新設される女性だけの部隊の鎧はお前に任せる。
決行の日は二年後になるだろうが、それまでのんびりと機会を伺えばいいさ」
「意外です。てっきり一刻も早く本来の姿を取り戻したがっているものかと思ってましたが」
「ふん、熟れていない果実を食べても腹を壊すだけ。それなら多少の空腹は我慢できるというものさ。
それに、彼女らは試金石だ。本命はここにいる二十人を含めた女に変えられたもの達。彼女……彼らの力で魔女を倒して初めて私の悲願は達せられる。
その為に、お前も力を尽くしてくれ」
マルクが差し出した吸盤と水掻きのある右手を、アランは両手で握った。
この日行われたナターシャの任官式は、後にナルビアの歴史において大きな意味を持つ北西部の完全攻略の第一歩として語られる事が多い。
ここから始まるナターシャによる女性だけの特殊部隊は、難航したいな魔女の住む霊峰攻略において大いなる戦果を上げることになる。
そこには、常に露出の多い鎧を作る専属の鎧師が同行していたのだが、この事実はあまり知られていない。
まぁなんにせよ、次に物語が動き出すのはこの任官式の日から約二年後の春のことである。
今回をもって狂気の劇場編が完結となります。
次は雪山の魔女編(仮)となります。
大まかな構想、ストックなどの準備と、狂気の劇場編の手直しのため、次の投稿は二週間後を予定しています。
ブックマークして待っていただければ、とても嬉しいです。
今後とも宜しくお願いします。




