20話 醜い王と女兵士達、あと才能を奪われた青年が一人
「いきなりこんな話を聞いても信じられないだろうが、全て事実だ」
マルクはふうと息をつくとまた霧吹きで自分の肌を濡らした。
「いえ、国王様の姿を見て疑おうなんて気持ちは起きません」
ナターシャは毅然とした態度でそう答えたが、内心は信じられないという気持ちで満ちていた。
人智を超えた技を持つ、魔法使いと呼ばれる存在が大陸の各地に潜んでいるという話は、ザビヌを訪れる商人達の噂話として幼い頃から聞いていた。
しかしそれはあくまで噂話。
その正体のほとんどは、手品師やペテン師で人を騙して商売をする輩であるというのが常識だ。
本物の魔法使い。それも、人の体をカエルに変えたり、性別を変えたり、才能というあやふやなものまで奪い去るほどの技を持つ魔法使いが実在するというのはにわかには信じられなかった。
だが、どれだけ疑ってかかったところで、目の前に座るナルビア国王マルクの姿が人間に戻るわけではない。
それなら、今の話を信じる他にナターシャのとるべき選択肢はなかった。
「しかし、国王様のそのお姿についてナルビアの国民は何も知らないようですが、何故それをあたし達にお教えくださるのですか」
「確かに、私が人の姿を失ってしまった事はナルビアの民達には伏せてある。もし自分たちの王がガマガエルの姿をしていると知れば民衆の心は必ずや離れるだろう。
前国王、私の父もそれを懸念し息子の私がこの姿になった事はごく近しい家臣、同じく呪いで息子達を女に変えられた家臣達だけに打ち明けた。そのせいで、私が王家の後を継ぐ際小さくない衝突が起こり、ナルビアの領土を憎っくきアステルトに奪われる羽目になり……これは今は関係ないな。
まぁ、つまり軍の中でも私の姿を知るものは一部だけだ。
それを、他国出身であるそなたらに見せたのは、一つそなたらに成し遂げて欲しい事があるからだ」
そう言ってマルクは一度言葉を切り、また霧吹きで身体を濡らした。
「すまぬな、このような身体ゆえ常に乾燥に気をつけなければならないんだ」
全身くまなく霧吹きを終え、マルクはようやく話を再開した。
「私は、この姿のまま一生を終えるつもりはない。
国王の姿を平民が直接見れるのは不敬であるとの法をだし、国民が私の姿を見る機会を制限してはいるがそれもいつまでも隠し通せるとは思っておらぬ。
だから、そなたらに成し遂げて欲しい事というのは、雪山の魔女を倒し、私たちにかけられた呪いを解いて欲しいという事なのじゃ」
マルクが告げた願い。それは、ナターシャとリーナにとって信じられないくらいの大役であった。
ナターシャはこの願いに即答する事ができず、マルクに言葉を返した。
「恐れながら、それは荷が重すぎます。国王様が私の何をそこまで評価して下さっているのか分かりませんが、これは過大評価というものです。
ナルビアには、歴戦の将軍や軍略に明るい軍師が多数いるではありませんか。
その方々を差し置いて、何故私にそのような大役を命じられるのか、そのわけを聞いてもよろしいでしょうか」
もし、ザビヌ出身であるナターシャなら使い捨てても惜しくないという考えで雪山の魔女討伐の命を下しているのだとすれば、理由として分かりやすい。
だが、マルクの答えはそうではなかった。
「ナターシャ、そなたは女性だけの部隊の編成をしていたそうだな。
この広い大陸のを見回して見ても、女性の指揮官はいても女性だけの部隊を組織し、さらに正規の軍にも引けを取らない練度まで鍛え上げれる指導者はそういない。
私は、そなたの稀有な才能を生かして欲しいのだ」
「なぜ、女性だけの部隊が必要なのですか?女性は男性より体力面で大きなハンデを背負っています。
わざわざ女性を選ぶ理由がわかりません」
「いや、女性でないといけないのだ。
雪山の魔女が住む霊峰には、特殊な結界が貼られていてな、ある限られた人間しか足を踏み入れる事ができないのだ。
その条件というのが、雪山の魔女の呪いを背負ったものか、生まれつきの女性のどちらかなのだ」
呪いを受けたものか女性しか入らない山。そこに雪山の魔女がいるのなら、歴戦の将軍や軍師には手を出す事ができない。
だから、ナターシャに白羽の矢が立ったのだ。
リーナとナターシャは、この段階になって、ようやく戦後自分達が試されてきた理由を理解した。
なぜ敵国の、それも王家の血を継ぐナターシャを助けらチャンスをリーナに与えたのか。
それは全て、ザビヌで女性だけの組織を作り上げたナターシャの力を図るため。そして、その力を持って雪山の魔女を倒すため。
きっと、リーナがアランを訪ねたのも偶然ではなく必然だったのだろう。
普通の鎧屋には作れない、だけどアランにとってはそれしか作ることのできない露出の多い女性用の鎧を指定したのもマルクだ。
アランも、マルクの意思を汲み取りリーナに最高の鎧を作り実力を最大限出せるように力を尽くした。
それらの意思が今ようやく繋がった。
「そなたらにしかできないことだ。やってくれるな?」
マルクの問いに、ナターシャは一瞬ためらったが大きく頷いた。
どの道、この先生き残っていくにはマルクの元で誠意を示していく他ない。
ザビヌで捕らえられた瞬間から、この筋書きは出来上がっていたのだろう。
なら、今更抵抗したところで無意味だとナターシャは考えていた。
リーナは決意を固めたナターシャの背中をじっと見て、これから進む道がけっして穏やかでないことを感じとっていた。




