2話 軍法裁判
パレードから三日がたった。
王都マナトナの軍法裁判所では、ザビヌの戦争犯罪者たちの裁判が行われていた。
「軍法裁判所裁判長のマンドレ大佐である。
本日は2級戦争犯罪者の処遇について吟味する」
狐のような顔の裁判長の宣言で裁判が始まった。
裁判といっても、被告原告の代理人たちが舌戦を交えるということはなく、証言台に立たされたザビヌの兵たちが名前と階級、所属部隊と経歴について証言し、裁判官たちがその内容を確認するというだけのものだった。
陪審員や傍聴席はなく、裁判長一人と判決を補助する四人の裁判官たちがいて、他には捕虜を護送する兵士が何人かいるだけだ。
人が少ないのはこの裁判が形式的な意味以外を持たないからだろう。
ナルビアでは敵国の王族に課せられる1級戦争犯罪者以外で死刑判決はくだらない。
2級戦争犯罪者の処遇は、男なら肉体労働数十年、もしくは人権剥奪の上奴隷として売られる。女なら職業選択を制限された上で釈放されるか、奴隷となるか。
その二択が相場である。
リーナな前に並んでいた男たちが次々と首に枷を嵌められて行く。奴隷となった証だ。
その中には、軍で見知った顔もあった。
女性のリーナは捕虜の一番最後に並ばされていた。
リーナの他に女性の捕虜はいない。
目の前の男たちが全ていなくなり、リーナの番になった。
リーナは一般兵よりくらいの高い王族専属の兵士。王族に助言できる立場でありながら、拡大する戦火を防ぐ努力を怠ったとして重い処罰が下されようとしていた。
「次の被告、前に出なさい」
すでに数十人の審議を終えた裁判長は、少し疲れた声でリーナを呼んだ。
「女、と言うことはこれで最後ですか。
それでは、名前と階級、それから所属と経歴を述べよ」
「リーナ・アルニア。階級は大尉。王室付き特務部隊第二部隊部隊長で、主にザビヌ第一王女ナターシャ様をお守りする任務についていた」
「ふむ、前線での活動実績はなしと。しかし、王族に近い立場であったのなら、より重い人権剥奪が妥当か」
裁判官の一人が資料を読みながらそう意見した。
その意見に他の三人の裁判官も同意する。
「今はみすぼらしいなりをしているが、垢を落とせばそれなりに整った顔立ちをしている、スタイルもいい。買い手はいくらでもつくだろう」
小太りのいかにも裕福そうな裁判官がリーナを笑いながらそう言う。
今すぐに目の前の五人の男の首をナイフで掻っ切ってやりたい衝動に襲われた。しかし、両手両足に枷をされた状態では何もできない。
「では、満場一致で判決を下してよろしいですか?」
一番若そうな裁判官がそう言って木の小槌を振り上げた。
これが叩かれた瞬間、リーナ人間としての人生が終わる。
物、家畜と同等に扱われ、売買の対象となるのだ。
良心的な主人に買われれば、家政婦のような扱いを受けられるかもしれない。だが、悪い主人に買われれば……。想像しただけで全身の毛が逆立った。
もしそうなれば、自ら命を絶とう。そう心に決め、リーナは木槌が振り下ろされるのを待った。
「待て」
その声は裁判長のものだった。
若い裁判官の木槌は、叩きつけられる寸前で止まる。
「マンドレ裁判長、どうなさいましたか」
「その女兵士には、国王様直々に別の沙汰がすでに下っている」
裁判長の言葉に四人の裁判官が息を飲む。
2級戦争犯罪者如きに、国王が自ら沙汰を下すことなど滅多にない。それだけに、今回の対応に驚きを隠せないでいた。
それは、リーナも同じであった。
終始下を向いていた頭を上げ裁判長を見る。
その目には、不安とほんの少しの希望が見えた。
しかし、次の裁判長の言葉を聞いて、リーナの表情は絶望一色へと変わった。
「先日、2級戦争犯罪者の裁判の前に、1級戦争犯罪者、つまりザビヌの王族や軍の最高司令官レベルの裁判が執り行われた。
ザビヌ国王と戦争の実務質的な指導者であったザビヌ軍総帥は死刑が確定し、その他の王族には財産没収のうえ十年間の肉体労働が課せられた。
その中に、被告が仕えていた第一王女ナターシャも含まれている」
「そんな!ナターシャ様は私が身代わりとなりお逃げいただいたはず!なぜ、ナルビアの軍法裁判にかけられているのだ」
「第一王女ナターシャは被告が我が軍の捕虜となってすぐ、別の場所で逃亡者の捜索を行っていた我が軍に捕らえられている」
リーナは、裁判長の言葉を聞き膝から崩れ落ちた。
ナターシャは、リーナが身を呈して守った主人である。そのナターシャが捕らえられ、さらには戦争犯罪者として裁かれた。
にわかには、信じられない情報に目の前が真っ暗になるのを感じた。
もしこの話が本当ならば、リーナが捕らえられたのは全くの無駄になってしまったということだ。
主人の為だと思えば、捕虜としての扱いも奴隷としての未来にも耐えることができた。だが、その主人が捕らえられたと分かった今、リーナには生きる希望が見出せなくなってしまった。
そんな悲しみに打ちひしがれるリーナへ、裁判長が意外な一言を投げかける。
「だが、実はナターシャに関しては情状酌量の余地があると国王様はお考えなのだ」
「それは、なぜ……」
リーナの目にひとかけらの希望が蘇った。
それを見て裁判長は少し笑みを浮かべこう付け加えた、
「その鍵を握るのが被告、君なのだ」