19話 雪山の魔女の呪い
「私の娘を辱しめた馬鹿どもめ。一介の人間がこの大地を平らげ、さらに不老不死を求めるとは、自分の器に納まりきらぬ野望は、結局は我が身を焼くことになると言うのに、それすら気がつかぬとは救いがない」
老婆は名を名乗らなかった。
だが、見ている者はそれが誰なのか聞かずとも分かっていた。
「奴こそが雪山の魔女だ。どんな手段を使っても構わん!生け捕りにせよ」
観戦室にいた前国王は、闘技場内の兵にそう指示を出した。
だが、闘技場にいた者は誰一人としてその指示に従うことができなかった。
「体が……凍っている?!」
誰かがそう呟いた。それにつられてみんなが自分の体を見る。そして、みんなそれぞれに小さな悲鳴をあげた。
そこには、首から下が氷像のようになった自分の体があったのだ。
「案ずるな、動きを封じただけのこと。魔女の掟がなければ、すぐにでも貴様らを皆殺しにしていたところだがな」
数万の観衆の動きを止めた事実から、皆殺しという言葉が脅しでないとみんなが悟った。
特に前国王は、これまで数多の戦に参加してきていたが自身の命が危うい状況に追い込まれた経験がなかったせいで、雪山の魔女の魔法にことさら強い恐怖を感じていた。
「雪山の魔女よ。あなたの娘を捕らえたこと、この闘技を開催したこと謝罪する。
お詫びの印として、財宝でも土地でも望むものを進呈しよう。だから、この魔法を解いてはくれないか」
苦しさの中から出た前国王の言葉は、雪山の魔女には届かなかった。
「魔法使いには財宝も土地も価値を持たない。人智を超越した力を持つからこそ我々が欲するのは、人の希望。貴様らは私の希望を奪い辱しめた、ならば相当の報復は貴様らの希望を奪うことであろう」
「希望を奪う?どういうことだ」
「覇道を突き進むものからは威厳ある姿を、代々の忠臣からは血を残す術を、比類なき職人からは独創性を、それぞれ奪い去る。
なに、案ずるな。貴様らに直接呪いをかけることはない。貴様らが私にしたように、私も貴様らの子供にこの呪いをかけよう」
雪山の魔女はその言葉を最後に消えた。
しばらくして、固められていた人々の体も元に戻った。
前国王はいつも通り動く自分の体を見て、大きな安堵を感じていた。
「散々脅すようなことを言いよって、結局なにもせずに消えたではないか。
これでは、雪山の魔女が不老不死の技を持つというのも怪しくなってきたな」
だが、それは大きな間違いであった。
雪山の魔女は、はっきりと言っていた。貴様らの子供に呪いをかける。と。
前国王の子供。つまりこの私は前国王とともに観戦室にいたのだが、すぐに自分の体に起こった変化に気がついた。
覇道を突き進むものからは威厳のある姿を
覇道を突き進むものとは、ナルビアの王家を継ぐものの事。
尊厳ある姿を奪われた私は、醜いカエルに姿を変えられたのだ。
前国王もすぐに私の異変に気がついた。
しかし、その時にはすでに魔女の姿はなく、どうすることも出来ず佇んでいた。
前国王は、不老不死の夢が破れ、跡を継ぐはずだた私の姿が変わってしまったことを受け寝込み方になってしまった。
だが、魔女の呪いはこれだけでは終わらなかった。
魔女のは、あと二つの呪いをこの国に残して言ったのだ。
その一報は狂気の劇場の翌日にもたらされた。
なんと、貴族、将軍、中枢の政治家たちと言った国の為に力を尽くしてきた有力な一族の成人前の子供たちがすべて女性に変わってしまったのだ。
代々の忠臣からは血を残す術を。
これまでも、そしてこれまでも王家を支えてくれるはずの者達は、家を継ぎ血を受け継いでいく力を失った。
そして最後に、もう一つ。
比類なき職人からは独創性を。
比類なき職人とは、当時ナルビア最高と称えられた鎧師のこと。呪いは、その鎧師の一人息子であるアランへとかけられた。
この呪いだけは、その効果が発揮されるまでしばらくの時を有した。
なぜなら、他の二つの違い目に見えないものを封じられた呪いだったからだ。
アランに呪いがかけられている分かったのは、五年前のこと。
父親の指導のもと鎧を作り始めたアランだったが、すぐにある異変に気がついた。
普通の鎧すらまともに作れないのだ。
まだ子供だとはいえ、当代最高とまで称えられた鎧師の息子。それが、普通の鎧すらまともに作れないはずがない、と、アランの父親はあらゆる種類の鎧をアランに造らせた。
そして、しばらくその作業を繰り返すことで、ある結論が出た。
アランは、あの日雪山の魔女の呪いにかかり独創性を失った。
独創性を失ったアランは、あの日見た鎧に似たものしか作れなくなっていたのだ。
あの日見た鎧。つまり、雪山の魔女の娘が身にまとっていた、露出部が極端に多い特殊な鎧だ。
今ここにいる女の兵士たちも、元々は男性であったものが何人もいる。そして、彼女らが身に纏う鎧はアランが作ったものだ。
彼女らは、アランの作った鎧しか身に付けることができない。それも呪いの効果のせいなのだろうが。
国王マルクの話は、ここで一旦途切れた。




