13話 激闘
「いけ、そこだ!やっちまえ」
「いいぞ!クラゲなんか切り刻んでやれ!」
「おい、飛び跳ねるたびにおっぱい見えそうだぞ!」「馬鹿、何見てるんだ、こんなすげぇ戦いが繰り広げられているのに」
「お前こそ馬鹿か!ほら今、鎧が閃いて股の奥が見えそうだぞ」
「おいそこ、言い争ってないでちゃんと見てろよ!今回の狂気の劇場はどうやら一味違うぞ」
「やれ!ザビヌは嫌いだけどお前は好きだぜリーナ!」
ついさっきまで野次を飛ばしていた観衆は、リーナの華麗な戦闘を目の当たりにして、今は別の意味で沸き立っていた。
自分からは攻めず、相手の攻撃を利用し最小限の力で反撃を加える。
その姿は、雄々しく猛々しい筋骨隆々の剣闘士によるどつきあいばかりを見てきたマナトナの市民には衝撃的であり、この短い時間で皆が熱狂するには十分すぎるほど洗練されていた。
観衆は、自分が今見ているのがダンスのショーなのではないかと錯覚するほどであった。
しかし、その沸き立つ観客席にいて、ただ一人苦々しい顔で戦いの行方を見守る男がいた。
アランである。
リーナの鎧を作り上げたアランは、この一週間工房に篭りきりだった為リーナがどのような訓練をしていたのかを知らない。
だが、全身くまなく調べた採寸の時、全身の筋肉や骨格についても同じように調べていた。その時の情報をもとに、リーナがこれくらいの戦闘能力を有していることは把握していた。
だからこそ、その運動能力に合った鎧を作れたわけで合って、今の優位な状況になんの不思議も意外感も覚えていなかった。
その上で、戦闘を冷静に俯瞰していたアランはこのままではまずいと思っていたのだ。
「三分の二に近い触手を失った。流石の化け物も死を覚悟する頃合い、今が一番危ないかもしれない」
それは、突然の出来事だった。
それまで絶え間無くリーナを襲っていた触手の雨が、なんの前触れもなく突然止まったのだ。
銭湯の音がなくなった闘技に観衆のざわめきだけが残り、それもやがて打ち寄せては返す波のようにさっと引いていった。
「おや、これはどうしたことでしょう?
さっきまで元気だったクラゲちゃんが急に動かなくなっちゃいました。もしかして、これでおしまいなんで事はないですよね?
でもでも、様子がおかしいですよ。表面を覆っていた粘液が、これまでの倍以上溢れ出ちゃってる。これは一体なんの合図なんだ?!」
実況のミヤも状況が掴めていないようだった。
その間にも、クラゲ型のモンスターは傘の部分に粘液を大量に分泌し、それをてっぺんにできた凹みに集めていった。
そして、それはまたなんの前触れもなく訪れた。
バチィィィン
何かが弾けたような音がした。
次の瞬間、闘技場全体、リーナのいる広場だけでなく観客席を含めた一体に、粘性のある雨が降り注いだ。
それは、クラゲ型のモンスターが溜め込んでいた分泌液であった。
傘の窪みに作り上げた液溜まり。そのくぼみを一気に元の形に戻す事でその液を周囲に撒き散らしたのだ。
「うわー、モンスターの体液」
「ど、毒だ」
「体が溶けるんじゃないの!」
「やばい、死んじゃうよ」
液が観客席まで飛散した事で、観衆たちはパニックに陥った。
目の前の命をかけた戦いを娯楽として楽しむ人も、自分の生き死にが関わればこれくらい取り乱す。
観衆達は、液のついた場所を持っていた飲み物で洗い流したり、液の染み付いた服を脱いだり、いち早くこの場を離れようと押し合いになったりと、収集がつかない状況になっていた。
「み、みなさん落ち着いて!この液体に毒はありません。取り敢えず落ち着いてください」
ミヤが呼びかけるが効果は薄い。
このままでは、客席で雪崩が起きて二次被害が生じかねない。
そんな時、荒れる観衆の中にいた一人の女性が突然自分の服の中に手を入れ胸を揉みだしたのだ。女性の周囲にいた男達は、それを見て呆気にとられる。
そんな光景が、闘技場の至る所で繰り広げられ始めた。
あるものは、座り込み、あるものは服を脱ぎ捨て、また、あるものは近くにいた男に誘惑を始めた。
皆が皆、狂ったように体を弄る異様な光景に、我を忘れていた観衆達が静まりかえる。
「んっ……この液体は……そ、そういうことか!
皆さん、あっ、落ち着いてください。この、んはぁぁ、液体は女性にのみ反応する媚薬です。
さっき言った通り、このくらげちゃんは、ィク…ちょっと待ってほんとにやばい……」
状況を説明しようとするミヤにもあの液体がかかったらしく、その声は湿っぽく何度も言葉が途切れる。
数秒拡声サザエから口を離し何かもぞもぞと動いた後、放送を再開した。
「このクラゲちゃんは、死の危険を感じると周囲にいる別の生物の雌の子宮に卵を産み付ける習性があります。この液体は、その雌を強制的に発情させる為のものなんです。
その為、男の人に効果はありません。ご覧の通り、女性にのみ有効な媚薬です。
救護班は至急、観客席にいる女性の手当をお願いします」
観客席の至る所で始まっていたストリップショーは、ミヤが呼んだ救護班により終わりを迎えた。
闘技の観衆のほとんどは男性で、女性の数はそれほど多くない。
それでも、媚薬を浴びた女性達の対処は男の救護班三人がかりの大仕事となった。
「いやぁ、ビックリしましたねー。
私も少し浴びただけなのに危うく昇天しかけ……
ゴホンゴホン、えーそれでは実況に戻ります。
数滴で人をここまで変えてしまうクラゲちゃんの液体、それを一番近くで大量に浴びてしまったリーナは正気を保てているのでしょうか!」
女性達が運び出され、観衆の視線はもう一度中央へと集まった。
クラゲ型のモンスターが液体をぶちまけたことで、広場に立ち込めていた霧が晴れ中の様子が見えてきた。
そこでは、全身をモンスターの液体に覆われながらも、正気を保ったまま戦うリーナの姿があった。




