12話 モンスター
「今日登場するモンスターはこいつだ!」
ミヤの合図とともに闘技場現れたのは、巨大なクラゲの様な生き物だった。
民家ほどはある大きな体、無数の触手をうねらせて進むので動きはそれほど早くない。傘の部分は半透明なドロドロとした液体で覆われていて、目や口といった機関は見当たらない。
少なくない数の観客が、その姿を見て小さく悲鳴をあげるほどであった。
「これは西の浜辺の洞窟に棲まう水棲のモンスター。その無数の触手で獲物を捕らえ、溶解液でじっくりと溶かして養分を吸い取る無情なるハンター。
今は丘に上がってだいぶ弱っているけど、元気な時は腕利きの兵士十人がかりでやっと抑え込める強敵なのよ!
ザビヌの精鋭、ナターシャ部隊がどれほどの実力を持っているのかを測るにはちょうどいい獲物じゃないかしら?
どう?これでもまださっきみたいに虚勢を張れるかしら?」
明らかに人一人の手に負えるサイズを変えたモンスターを目の前にしたリーナは、それでもミヤの言葉に首を縦に振った。
「もちろんよ。むしろ、この程度のモンスターを倒しただけでナターシャ様をお守りできるだなんて、こんな幸運なことは無いわ」
それが強がりであるのは明らかだった。
いくら丘に上がり弱っている水棲モンスターだとしても、二十倍以上の体格差は、そう簡単に埋まるものでは無い。
さらに、リーナの装備はアラン特製で強力だとはいえ、制約により守ることが許されていない部分が多すぎる。
観客から見れば、リーナの劣勢は火を見るよりも明らかであった。
さらに、弱音を吐かないリーナにミヤが追い打ちをかける。
「そうそう、特筆事項がもう一つ!実は、そのモンスターにはある特性がありまーす。
それは、なんと!自分の死期が近づくと近くにいる別の生物の雌の体内に卵を産み付ける習性があるのです!
せいぜい、初めての相手がこんな醜悪なモンスターにならないようにがんばってねー」
ミヤのその言葉にリーナの表情が一瞬怯んだ。
その隙を突いたのか、それともたまたまそのタイミングだったのかは分からない、その瞬間モンスターの左側にある一番大きな触手がリーナの足元を狙って伸びてきた。
「さぁ始まった!いよいよ勝負の始まりだ!
水棲モンスター……って言うのは言いにくいのでクラゲちゃん!クラゲちゃん強烈な一撃で試合の火蓋が切って落とされた!
対するザビヌの女兵士リーナはその一撃をヒラリと躱す。これは、あながち口ばかりの阿婆擦れではないのかも?
実況は私、闘技場のアイドルミヤちゃんがお送りしまーす。そして、今回は特別に、戦いの解説をリーナの主君ナターシャさんにお願いします。
そういえば先程からリーナは武器を手にしていないようですけど、もしかして忘れてきちゃったとか?」
ミヤの言う通り、ただでさえ弱点だらけのリーナの両手はガラ空き。剣はおろか、盾さえ持たない文字通りの丸腰である。
再三降り注ぐ触手の攻撃もギリギリで避けてはいるが、これでは勝ち目がない。
だが、戦っているリーナにも、話を振られたナターシャにもその点で焦りは見られなかった。
ギ、ギィェェェェ
そのタイミングで、モンスターから金切り声が上がる。
観衆がその音がモンスターの悲鳴であると気がつくのに長い時間は必要なかった。
「お、おっとこれはどう言う事だ?攻撃していたはずのクラゲちゃんの触手が何本も切り刻まれている!これは痛そう!
でも、リーナは武器を持ってないはず?それなのに何故?」
「リーナに大きな剣や盾は不必要です。それらの武具は力と力とぶつかり合いを好む殿方の物。私達女には不釣り合いなものです。
あなた方がナターシャ部隊と呼称する私の私設兵団はその構成員の全てが女性。非力な女性でも理不尽な暴力に対処できるように編み出したのが私たちの戦い方なのです」
「へぇーで、つまりどうやってクラゲちゃんに傷を負わせたの」
「武器を持ってないように見えたのは当然。私たちが使うのはマインゴーシュ、本来の用途は攻撃の受け流し、不意打ち用の短剣。だけど、刀身が短い事で強度切れ味ともに他の武器に比べ優れている。
リーチは短いけれど、私たち女は自分から斬りかからない。相手の力を利用するの」
リーナの戦い方は、まさに今ナターシャが言った通りのものだった。
触手が襲ってくる事を瞬時に判断して体を逸らす、そしてそこに飛び込んできた触手に手に持った短剣、マインゴーシュで斬りかかる。
もともと勢いのある触手はマインゴーシュの餌食となり、為すすべもなく切り裂かれていく。
それは戦士の戦いというよりも、大きな食材を捌く料理人のように見えた。
「厨房の舞踏会。ザビヌで私たちの戦い方をある将軍がそう称したわ」
ナターシャがそう言い切る頃には、触手の半分がリーナの手で切り刻まれていた。
「まずいな」
実況席の向かい側。
一番前の特等席に座ったアランは、一見優勢に戦いを進めるリーナを見て苦虫を潰したような表情でそう呟いた。
だが、戦いに夢中な観衆たちはその声を気にも留めなかった。




