11話 開演
「会場にお集まりのみんなー、こんにちはー!
闘技場のアイドル、ミヤちゃんでーす!
さぁて、今回は普段の闘技場とは一味違います!な、なんと、狂気の劇場が開幕しちゃうのです!
おお、みんな盛り上がってますね!みんなの熱気が闘技場を揺らして私まで届いてますよー!
うんうん、みんな元気でよろしい!
では、そろそろ今回の闘技者の紹介をはじめまーす」
拡声サザエの貝殻を使って闘技場全体へ響き渡る声でそう言ったのは、闘技場の女神と呼ばれる実況者ミヤであった。
見た目はまだ十代そこそこの少女に見えるが、二十年選手の観客たちが闘技場に通いはじめた当初から実況を担当していたという噂もある年齢不詳の女性である。
その元気溌剌とした実況と、的確なツッコミ、毒のある解説が話題で人気が高い。
(あの時もこの声が聞こえていたっけ)
ミヤの実況席のちょうど反対側に座っていたアランは、その声を懐かしく思いながら聞いていた。
「さぁみんな、東側のゲートに注目!
今回の闘技者、リーナの登場だ!」
ミヤの声とともに広場に橋が架かり、その上を一人の女剣士が歩いてくる。
遠くからでも肌の多くを露出していることが分かる鎧を身につけ、無数の視線に怯えながらもそれでもザビヌの兵としての誇りを胸にゆっくりと歩くリーナ。
リーナの姿を見て観客たちのボルテージが一気に跳ね上がった。
「よーねぇちゃんエロい格好してるな、欲求不満なら今夜俺が相手してやるぜ」
「馬鹿やろう、どんな痴女だっててめぇの粗チン加えるバカはいねぇよ。その点あれば満足させてやれるぜ、どーだい」
「そんなことよりそれ脱いじまえよ!どうせ負けるんだすっぽんぽんで戦ったって何も変わりゃしねぇだろ」
酒に酔った連中がヤジを飛ばす。
それは当然、リーナにも届いているはずなのだが、リーナは頑として表情を変えることなくまっすぐ前だけを向いて立っていた。
「さぁ、登場したのはザビヌの第一王女にして施設特殊部隊を持つ女ナターシャの元で隊長を務めていた凄腕、リーナ・アルニア!
彼女は戦争捕虜として捕らえられ、奴隷に落ちる運命にあった主君ナターシャを救うためにこの場に立っているのです。
健気ですね、献身的ですね、素敵な主従愛ですね、しかし、同じ状況に私が置かれたとしても同じ女としてあんなに恥ずかしい格好をして人様の前に出るなんてできません。
旦那ではない殿方の前でそんなにも破廉恥な姿で現れて平然としているなんて、ザビヌというところは性の乱れきった国だったんでしょうね」
ミヤが観衆を煽り、観衆もミヤの実況を聞いて爆笑する。
それでもリーナは表情を変えない。
それを見てミヤが不満そうに顔を歪める。
「そんな破廉恥な格好して誇りとか尊厳とか持って立って仕方がないでしょ。
ま、その鉄仮面のような表情も、この人が登場すればそうも行かないでしょう」
そう言ってミヤは放送席の後ろを指差す。
さっきまで誰もいなかったその場所には、屈強な二人の男たちに両腕を掴まれた一人の少女が立っていた。
その少女を一目見た瞬間、それまで一切崩れることのなかったリーナの表情が簡単に崩れた。
「ナ、ナターシャ様?!」
「そう、この女の子こそがこの狂気の劇場が開かれる原因を作ったザビヌのナターシャ王女なのです!」
ナターシャは、リーナと同じくらいの年頃の女の子であった。
長い拘留生活で髪と肌は荒れ、頬は少し痩せこけてはいるが、金色に輝く髪と翡翠の様なその瞳は、ナターシャが高貴な生まれであることを証明している。
ナターシャは、広場に立つリーナの姿を見て目を見開いた。そして、闘技場中に響き渡る声でこう言った。
「リーナ!貴方はまたこんな無茶なことをして!
貴方がこんな目に合うと知っていたら、私はこの提案になることなんてなかった。
もう貴方は私のために血を流さなくていいの!これは友としてのお願いよ!今からでも遅くない、この戦いを中止してちょうだい」
それは、泣いている様な声だった。
リーナとナターシャの関係がどう言ったものだったのか、アランは知らない。
だが、今の言葉だけで、二人の信頼関係が見えた様であった。
それは、アランだけではなく観衆に取っても同じことだった様で、それまでリーナにヤジを飛ばしていた男たちがナターシャの登場で居心地悪そうに押し黙ったのだった。
さっきまでの熱気が急速に冷めていきそうな雰囲気であった。
それを止めたのはミヤの声だった。
「だってさ、リーナさん。貴方の主人はこう言ってるわよ。どうする、やめる?
もし今やめるのなら、貴方の命は助かるけど、このお姫様はめでたく奴隷堕ち。
どんなご主人様に買われるのかしらね?いや、飼われるの間違いだったかな?
さぁ、最後のチャンスよ!貴方はこの狂気の劇場の舞台を降りるの?降りないの?」
「降りるわけないでしょ。私はナターシャ様を助けるためにここに立ってるんだから」
リーナは即答した。
元よりナターシャなら反対することは分かっていた。だが、リーナがナターシャを助けたいという気持ちとナターシャがリーナを心配する気持ちは別である。
たとえ自分が犠牲になってもナターシャさえ守れればそれでいい。それがリーナの考えだった。
だから、ナルビアの王都侵攻の時も身代わりとなりナターシャを助けたし、今もこうしてここに立っている。
「リーナ……貴方はまたしても私のために血を流そうとしているのね」
ナターシャが寂しそうにそう言ったが、リーナの耳には届かなかった。
「その主従愛はとっても素晴らしいですね!
でも、今の答えはきっとすぐに後悔することになります。なぜなら、今回の狂気の劇場の相手はとてつもなくおぞましいモンスターだからなのです!
それではお待たせしました!みんなお待ちかね、今回の闘技相手の登場だ!」
ナターシャの想いは届かず、ミヤの合図により西の橋が架けられゲートが開いた。
その奥には、巨大な蠢く影がこちらを覗いていたのだった。




