10話 開演直前
闘技場は、マナトナの西に流れる大河のほとりにある。
最大で四万人を収容できるという観客先に囲まれた中央に広場がある。
広場と観客先の間には空堀が掘られており、さらにそこに無数の木の杭が違った先を空に向けて設置されている。
浮島状態の広場には開閉式の木製の橋で渡るようになっている。
闘技の間、その橋は仕舞われているので、闘技者に逃げ場はない。
今、闘技場の広場ではサーカス団の余興が繰り広げられており、観客は大いに盛り上がっている。
まだちらほらと空席が目立つが、それもじきに埋まるだろう。
狂気の劇場が始まるまであと一刻ほどであった。
「よく逃げずにやって来たな。ま、精々その命を無駄にせぬように励むのだな」
今朝、闘技場を訪れたリーナとアランを待っていたのはリーナの裁判で裁判長を務めていたマンドレ大佐であった。
その後ろには十人ほどの役人を従えている。
「それでは、今から不正検査を行う。被告にはまだ人権の適用がされているのでここでの検査は全て女性が行うものとする」
マンドレの指示でリーナは控え室に通された。
控え室は観客席の下にある。
そこでリーナは、来ている服を脱ぎ身体に武器や不正なアイテムを所持していないかの検査を受け、装備品一式が規約に反していないかを調べられた。
リーナが連れて行かれ、後に残ったのはマンドレとアランであった。
その二人の間には、リーナが去った直後から不穏な空気が流れていた。
体格はマンドレの方が大きく、アランを見下ろす程で、後ろには役人も控えている。それでも、アランは一切動じる様子を見せなかった。
「久しぶりだなマンドレさん。戦場で名を残せないから内政に関わり出したと聞いたがまさか大佐になっているとはね」
まず口を開いたのはアランだった。
「ふん、貴様こそ裏の世界の闇鎧屋がどうして我が軍のそれも特殊部隊の専属鎧師として大きな顔をしているのか、疑問だよ。
それに、今回の闘技者に鎧の工面をしているな?奴の足取りは全て把握している。もし、貴様が我が国に敵意を持っている証拠が出れば、私は今度こそ貴様を国王様は告発するからな」
「なんだい、まだマンダラのことで怒ってるのか?大佐クラスの人間が私情で動くようじゃうちの軍も実はヤバかったりして?」
「マンダラのことは関係ない。あれは、私も事故だったと認めている。貴様もあの一件で軍を去った。だからこの件に触れるつもりはもうない。
だが、貴様があの父親の後を継ぐというのなら話は別だ。シールズ・アーマーには良くない噂が多すぎる。
私は一軍人として、これからも貴様を監視させ続ける」
「なるほど……、どうやら俺はあんたを過小評価してたみたいだな。だが、安心しな俺にこの国を裏切るつもりはねぇよ。
あるのは一つの願望だけだ」
「この私を過小評価とは、つくづく腹の立つガキだな。
お前の願望については俺も知っている。だから一つ忠告しておくぞ。
お前の願望は近くにいる女を悲劇へと誘う。それは、お前の意思とは無関係にだ。
そんな悲劇はマンダラで最後にするべきだ。
あまり自分の腕を過信しすぎるなよ」
「自分の未熟さは俺が一番知ってるさ。だからこそ、俺はリーナに鎧を作ったんだ」
「ふん、願望は一つと言いながら、貴様はあの敵国の女兵士にマンダラの姿に重ねてはいないか?
もしそうなら、そんな気色の悪いことはすぐにやめてほしいものだな」
「なんだい、しばらく見ない間に洒落を言えるようになったのか?
安心しな、何度も言うが俺の願望は一つだけだ」
二人はこの間、一切目線を外すことなくお互いの目を見合って会話を続けた。
先に目を外したのはマンドレだった。
踵を返し闘技場へと戻るマンドレは、背中越しにこう言い残した。
「今日の狂気の劇場が終れば、マンダラの見舞いに行ってやってくれ。きっと喜ぶ」
その声は、さっきまでの苛烈なものではなく、一人の親の声であった。
アランはマンドレの姿が完全に見えなくなるのを待ってふっ、と一つの息を吐いた。
「こんな俺が、どの面下げてあいつに会えばいいってんだよ。くそ、やっぱりあのおっさんは苦手だ」
闘技場の中では、今の話など全く知らないリーナが様々な検査を受けていることだろう。
アランはしばらくあたりを散歩して、気持ちを落ち着けてから闘技場へと入って行った。
サーカスの公演が終わり、広場が片付けられると闘技場に一気に緊張感が増した。
これから、一人の人間が獣と戦い、もしかしたら命を落とすかもしれない。そんな命のやり取りを見に来ているのだと、観客たちが改めて気づき出したのだ。
アランは軍の関係者ということで、来賓席を勧められたがそれを固辞し広場に一番近い最前列の席でその時を待っていた。




