1話 囚われた女兵士
興奮と熱気が渦巻く闘技場。
その日は、戦争で捕らえられた敵国の英雄的女剣士と猛獣の戦いが繰り広げられていた。
その戦いを観戦していた一人の少年が父親に尋ねる。
「どうしてあの女の人は裸みたいな格好をしているの?」
女騎士は辛うじて胸と腰に金属の鎧を身にまとっていたが、それ以外には布さえまとわぬ姿で戦っていた。
「あれじゃ、風邪を引いてしまうよ」
息子の質問に父親は答えを窮した。
あの女剣士は戦争に敗れ奴隷となり人として生きる権利を失った。その為、あのような羞恥的な格好を強要され、数万の男たちが好奇の目を向ける中、凶暴な猛獣と戦うことを強いられている。
戦いに敗れれば当然死が待っている。だが、勝ったところでこの辱めの日々が終わることはない。
引くも地獄進むも地獄のこの女剣士の真実を、何も知らない息子に伝えることがこの父親にはどうしてもできなかった。
だか、父親は他の大人たちが子供にするように耳障りのいい言葉でお茶を濁したのだった。
「それはね、アラン。あれが彼女たちを最も美しく見せる姿だからだよ」
すると。息子のアランは大きく頷いた。
「やっぱり、僕もそうだと思ったんだ!」
そう言ってアランは、嬉しそうにキラキラした瞳で女剣士の戦いを舐めいるように観戦したのだった。
十年後。
大陸最大の領土を誇るナルビア王国の王都マナトナは戦士達の凱旋パレードで大いに賑わっていた。
城下町は数万の屈強な戦士たちの行列、戦士たちの帰りを待ち望んでいた家族たち、様々な食べ物を売る屋台で溢れかえっている。
父親が帰ってきたと喜ぶ妻と子供たち、家族の姿を見つけ強張っていた身体が緩む戦士たち、祖国の為に血を流してきた若者に手向けの言葉かかける老人たち、皆それぞれに心からの笑顔を振りまいていた。
しかし、その戦勝パレードにおいて下唇をぎゅっと噛み締め、悔しさに顔を歪めている女がいた。
女の名はリーナ。
太陽の下で輝くシルバーの髪の毛、適度に筋肉が付いた身体、目つきが悪いが整った顔立ち。
街を歩けばすぐに何人ものナンパな男たちに声をかけられることだろう。
しかし彼女も、パレードの最後尾に両手両足に枷を嵌められボロ衣に身を包み引きずられるように歩いていたのでは、男から向けられる目線は好意から好奇へと変わってしまう。
実際、太ももや胸元が今にも露わになりそうなリーナの四肢には、スライムのように粘着質で悪寒のする視線が注がれていた。
その中をリーナは、涙を見せないよう必死にこらえながら引かれるがままに足を進めた。
リーナはナルビアとの戦争に敗れたザビヌという小国の戦士だった。
ザビヌは領土こそ少ないが、攻めにくい山岳地帯という天然の要害とその山を自在に駆ける優秀な戦士たちに守られた強国であった。
大陸間の行商において中継地点の役割を担っていたザビヌは、その利権を奪おうとする隣国と絶えぬ戦争を繰り返していた。
リーナはその戦火の絶えないザビヌにおいて、王族の女性たちを守る護衛として、自分の足で立ち上がるより早くから戦闘の訓練を受けて育ってきた生粋の戦士であった。
今回の戦争でも、王女の身代わりとなる形でナルビアの兵に捕らえられた。
王族を守る兵士として、王女の盾となれたことに後悔はない。
それでも、これから歩であろう悲惨な人生を考えると、抑えようのない悲しみが胸の痛みとなってリーナを襲った。
「おい、お前奴隷なのか?」
声をかけられ、リーナは正気に戻った。
パレードはすでに終わり、リーナは路地に止められた鉄の檻で囲われた馬車に入れられていた。
「って、この馬車に乗ってるなら奴隷か戦争捕虜の二択なんだけどな」
そう言ってリーナに話しかけてきたのは、髪の赤い少年だった。
半分ほど減った酒の瓶を左手に持っているので成人しているのだろうが、今年で18になるリーナより若く見えた。
裏路地に積まれた木箱の上に寄りかかり、真っ赤な顔でこちらを見ていた。
どうやら、相当酒によっているようだった。
「筋肉のつき方、強い目、刀を持つときのタコで硬くなった手のひら。
ザビヌはお前みたいな女さえも兵士として育てているのか」
黙り込むリーナを無視して赤髪の少年は饒舌に喋りかけてくる。
酒によった人間特有の、とろんと締まりのない表情をしているが、口調だけははっきりしている。
「と言うことは出るのかな、ヴァーンジンテアトルムに」
「狂気の劇場?」
「お、やっと反応してくれた」
聞き慣れない単語につい反応してしまったリーナを見て、赤髪は面白そうに笑った。
「狂気の劇場がどう言うところかは、すぐにわかる。そこに行くかどうかはお前次第だけどな。
だが、きっとお前は行くだろうな。そう言う目をしている」
リーナには赤髪がなんの話をしているのか、全く理解できなかった。
そのことが分かったのか、赤髪はまた声を上げて笑った。
「もし、お前がこの先、今以上に困ることに直面した時俺を呼べ。一度だけ助けてやる」
そう言うと赤髪は自分の名を名乗り、千鳥足で去っていった。
「アラン……」
裏路地の馬車に残されたリーナは、無意識にその男の名前をつぶやいていた。
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のんびり書いていきます。