これがプロのお仕事だ!!(個人差があります)
以下、ありのままに見たことをお話します。
「薫……もうちょっと近づかないと、お前を支えられないぞ?」
「い、いや、いい! 俺は自分の腹筋で何とかするから、そ、そこは……」
「怖がるなって。お前、本当に受け属性だな。俺を……あんまり本気にさせないでくれよ」
「あっ……大樹、そこは……」
「嫌じゃないだんろ? 目が誘ってるぜ」
「そ、そんなこと……あっ、だ、ダメだって言ってるだろう! くっ……!」
「反応してる奴に言われても、説得力ねぇよ。白状しろって……気持ちいいんだろ?」
「そ、れはっ……ぁっ……!」
「……ほら、どうしたんだ、薫?」
「あっ……ら……らめぇぇぇっ!!」
「ちょっと待って薫! それはギャルゲーの専売特許だから!!」
ようやく突っ込んだ私に、大判のクロッキー帳でデッサンしていた綾美がジト目を向けた。
「都、今一番いいところだったんだから、邪魔しないでよねー?」
「いや、友人としてオタクとして色々突っ込ませて!」
部屋に到着した私が目の当たりにしたのは、上半身裸でベッドの上で絡み合ってる男二人と、床に座ってその様子を真剣にスケッチしている優香さん、同じく簡単にあたりだけとっている綾美という光景だった。
薫と大樹君は、私の想像通り……薫が下になり、大樹君が覆いかぶさっている。見てくれがいいので絵になることは間違いないのだが、どうして私、自分の彼氏が親友に襲われてる姿を見せつけられなくちゃいけないんだろう……。
そんな大樹君の右手は薫の頬に、左手はここから見えないけど、何となく下の方に……もーいい、これ以上見ない、見ないもんっ!!
そしてこの二人、先ほどから何やら小芝居を繰り広げ、その度にもぞもぞ動いているのだが、
「優香さん、この二人動きまくってますよ! こんなのでいいんですか!?」
綾美に言ってもあしらわれるので、無理を承知で優香さんに助けを求めた。
が。
「うるさいですわよそこの豚! 集中しているんですから静かにしていただけるかしらっ!?」
……へ?
思わず目が点になった。優香さんが私の方を見ることもなく罵ったことと、その声が……先日とは違う、驚くほど低くて、ドスのきいた声だったから。
そこにいるのは優香さんじゃないのかと思って目を凝らしてみるけど、あの端正な横顔は間違いない、はずだ、多分……。
あまりの事態に呆然と立ち尽くす私に、綾美が近づいてこっそり耳打ちしてくれる。
「都、今は優香に話しかけても無駄よ」
「どういうこと!? っていうかあれは誰!?」
「そうねぇ……あえて名づけるなら、あれが煉雀。同人のスイッチが入った瞬間、彼女、人格のスイッチまで切り替わっちゃうみたいなのよねー」
って、そんな当たり前のことみたいに言わないでよ綾美!!
目の前の現実が信じられない私に、綾美は優香さんのスケッチブックを指差して続ける。
「ほら都、見てみなさいよ」
「え? あ……嘘、すごっ……!」
こっそり後ろから覗き込んだスケッチブックに描かれていたのは、原画の下描きかと思うほど描きこまれたデッサン。顔の部分は恐らく今回彼女が担当するキャラクターなのだろうけど、体の部分は、先ほどまで薫と大樹君が繰り広げていたであろう、あられもない体勢が鮮明に描かれていた。
うん、ああいう一枚絵は……ゲームのイベントシーンで見たことある。逆に言えば、イベントシーンでしか見たことないよ、うん、今その光景が私の目の前にあるけどねっ!!
「あれが、優香の凄いところなのよ。目の前にインスピレーションの対象があればスイッチが入って、驚異的な速さで完璧に仕上げちゃうの。ちなみにあれで6枚目よ」
私には速さの基準がよく分からないのだが、綾美にここまで言わせるのだから、常人離れしていることは容易に想像できた。
「一度脳内に焼き付ければ、色々応用もきかせられる子だから……今回のゲーム、凄いことになるわよ」
「その気迫は素晴らしいんだけど……あの人格、どうにかならないの? 私、豚呼ばわりされたんですけど!?」
「無理ね。ああなったら最後、彼女の気が済むまでスイッチは切り替わらないわよ~。締切直前なんて、この比じゃないんだから。天才の雄姿が間近で見れるなんて貴重よ~♪」
口元ににやりと笑みを浮かべた綾美は、「あたしも貴重なスケッチ大会に戻ろうっと」と、自身の作業を再開した。
私はその場に立ち尽くしたまま……優香さんの横顔を見つめる。
確かに、優香さんの言動はぶっ飛んでいるけど二人を見据える目は真剣そのものだ。この場のノリで要求しているわけでないことが私まで伝わってくるほどに。
雰囲気にのまれて無言のまま見守っていると、スケッチブックをめくって新しいページを開いた優香さんは、モデルの二人へ別のポーズを指示した。
「じゃあちょっと、次は大樹が膝立ちになって薫が大樹の×××を○○○する体勢になりなさい!」
「いやぁぁぁっ!!」
「ちょっとそこの豚! うるさいって言ってるでしょう!?」
いや叫ぶよ、これは叫ぶよ!! そんな綺麗な顔で放送禁止用語を恥ずかしげもなく連呼しないで!!
そして二人とも、あ、あぁ、あぁぁぁ……文句も言わず従順に従わないで……。
がっくり項垂れた私の肩に、綾美がポンと手をのせて一言。
「大丈夫、すぐに慣れるわよ」
「何の慰めにもなってない!!」
そしてこの後も、ほぼ15分おきに煉雀先生からの大胆なリクエストが響く。
「じゃあ次! 薫が四つん這いになって(以下自粛)」
「そうねぇ、次は大樹が薫の△▽△を(以下自粛)」
「ふふふ……いい調子ね二人とも。薫、次は自分の☆☆☆を大樹に向かって(以下自粛)」
頭が、おかしくなりそうだった。いや、既に麻痺していたんだと思う。
この手に抱かれた瞬間から、俺は、きっと――
「大樹……」
ずっと頼りになる親友だった。この関係はずっと変わらないって、そう、思っていた。
いつからだろう。彼が自分を見つめる瞳に、友情とは違う光が宿っていたのは。
いつからだろう……自分もまた、同じ感情を抱いて、彼を見つめていたのは。
大樹の指が俺の背筋をなぞった。そんな微かな刺激にも……今の俺は、全身で反応してしまう。
「薫、ずっと……ずっとお前をこうしたいって、思ってた」
首筋に息がかかり、彼の髪が鼻先をかすめた。
ベッドの上に組み伏せられたまま、俺は、なすすべもなく……。
「あっ……だい、き……その……」
「ん? どうしたんだ、薫」
「……俺、こういうの初めてだから……その……優しく、してくれよ?」
……みたいな脳内妄想が優香さんの中で繰り広げられているのかもしれないけど。
完全に目的を忘れて立ち尽くす私が我に返ったのは1時間後、真雪さんからのメールで……だった。
「そ、そうだ! 私は美青年の絡みを見に来たわけぢゃなーいっ!!」
「ちょっと都、騒がしいわよー」
したり顔で手を動かす綾美に近づいて、私は協力を仰ぐことにする。
「あのね、綾美。実はちょっと、困ったことになってて……」
「困ったこと?」
「実はね、優香さんの知り合いが彼女を心配して、話を聞きたいって言ってるの」
「心配?」
私の声音が真剣だったのを感じた綾美は、手を止めて優香さんを横目で見つめた。
「優香、何かやっちゃったの?」
「えぇっとね……私が聞いた情報をありのまま話すけど、その人、中村智哉さん、優香さんの許嫁っていう話で……」
「はぁ? 許嫁!?」
刹那、声を上げた綾美に部屋中の視線が集まった。当然、優香さんの殺気に満ちた視線もこちらに突き刺さるわけで……。
「ちょっと綾美さん! 貴女まで騒がしいですわ!!」
綾美は「さん」付なんだ……この辺は本能の刷り込みかもしれないなぁ。それはさておき。
呼ばれた綾美は臆することなく彼女を見据え、尋ねる。
「優香、単刀直入に聞くけど、中村智哉って名前に、心当たりは、ある?」
そう、それは、確認のために必要なことなのだ。あの「中村さん」が嘘をついている可能性があるわけだし。
だが、
「へっ!? あ、あの……ど、どどどどどうして綾美さんがその名前をっ!?」
一瞬で人格がシフトした優香さんは、その場に鉛筆とスケッチブックを取り落とし……顔を真っ赤にして狼狽したのだった。
「……そうですか」
私からの話を聞いた優香さんは、その場に正座してがっくり肩を落とした。
美青年スケッチ大会は一旦中止。すっかり元通りの彼女が、相変わらずの丁寧口調で心情を語る。
「智君には……ずっと、黙ってました。同人活動のこと、受け入れてもらえるかどうか……自信が、なくて」
膝の上で握りしめられた両手が、少し、震えていた。
「私は、自分が好きでこの活動をしています。それが恥ずかしいって思ったことはありません。でも……」
「まぁ、そりゃあね。彼がこっちの世界の人ならまだしも、違うんでしょう? 一般人に男同士の絡みを専門に描いてるって説明するなんてこと……あたしでもいきなりは無理かもしれないし」
綾美の言葉に小さく頷いた彼女は、「ご迷惑をおかけしました」と、顔をあげて微笑んだ。
「お父様とお母様にはお許しをいただきましたので、近いうちに智君にも話さなきゃいけないって思っていました。今回がその機会だと思います」
ただ、さすがに無理をしているのが分かる。今まで頑張って隠してきたことを急に打ち明けられるのだろうか。
私や薫、大樹君が言葉を探していると、綾美が無言で立ち上がり、
「……今は無理よ、優香。その「智君」がどんな人物なのか知らないけど、今まで隠してたことをいきなり言えるの?」
「で、でも綾美さん……」
自分で何とかしなくちゃいけない、そう思う優香さんの気持も分かる。ただ、
「だから、今は無理だって言ったでしょう? とりあえず今日はあたしが適当に相手をするから、優香は一晩考えなさい」
「え……?」
意外な綾美の申し出に、優香さんは目を大きく見開いた。
対する綾美は、ぽかんとした優香さんを見下ろして軽くウィンク。
「まぁ、こうなったら同人活動をしてるって部分は話すけどね。詳しいことは言わない。そこに嘘を混ぜるか、それとも正直に話すのか……あたしが時間を稼ぐから、ここで一晩考えなさい」
「綾美さん……」
力強い綾美の言葉に、優香さんは目を潤ませて何度も頷く。
……今、何となく気になる言葉があったんだけど……えぇっと……。
「じゃあ都、その中村さんのところに案内してくれる?」
「え? あ、うん、分かった……」
スタスタと玄関へ歩いて行く綾美の背中を、私は慌てて追いかけたのだった。
その道中。
「綾美、優香さんに優しいね」
「ん? ああ……」
私の言いたいことを察したのか、綾美は半歩先を歩きながら、苦笑いを浮かべた。
「ほら、あたしって……結構、周囲から浮いてた時期もあったのよ」
それは私もよく知らないエピソード。綾美は中学生の頃、周囲から軽く(本人談)いじめられていたらしい。彼女は気丈に振る舞っているけど、本人にしか分からない葛藤や辛さがあったのは間違いないだろう。
高校生になってからは、私みたいなメンバーと一緒にいたから……確かに当時から個性的ではあったけど、周囲とは友好な関係を築いていたと思う。
「都や沙織、莉子がいたから、あたしは今の道を進もうと思えた。それに、大樹も……まぁ、あたしの場合は相手も特殊なんだけど、とにかく、周囲が理解してくれたから、あたしはあたしでいられるの」
信号待ちで立ち止まった。車のヘッドライトが眩しく行き交う国道沿いで、光を見つめ、綾美がぽつりと呟く。
「優香は、同人作家としてのあたしを純粋に慕ってくれる。あたしも彼女には期待してるから、この程度で揺らいで欲しくないのよ」
「綾美……」
「それに、優香の彼にも出来れば理解者になってもらいたいからね」
光に照らされた彼女の横顔は……いつものように、不敵に微笑んでいた。