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薫、感涙の邂逅!!

 そして、翌日……金曜日、週末の夜。

 綾美と駅前に19時の待ち合わせ。落ち着かない薫を横目に見つつ、相手の到着を待った。

 人の往来が激しいのは、週末だからしょうがないのかも。家路につく人、どこかへ出かける人、駅に出入りする人の波を、しばし、ぼんやり眺めることになる。

 会話は、ない。理由は……。

「……」

 ちらりと横目で彼を見やった。いつも以上に顔が緩んでるのが一目瞭然。ここに到着するまでの会話も全て上の空というか、心ココにあらずというか……こんな彼を見るのは初めてなので、どうすればいいのかよく分かっていないのだ。

 普段ならば大学の教科書やルーズリーフが入っているトートバックには、当然のようにスケッチブックが入っている。画材関係は相手方に頼んでいるのでコピックくらいなら何本か持ってきてくれているとは思うけれど。

 でも、ねぇ、

「……顔が緩んでるよ、新谷氏」

 あまりにも私がアウトオブ眼中なので、昔の呼び名でジト目を向けてみた。はっと我に返った薫が「ゴメン」と苦笑いを浮かべて、

「予想以上にテンション高いよな、俺」

「うん、私も初めて見るくらいにね」

 感じたままの事実を正直に頷く。

 ……まぁ、気持ちは分かるけどね。何となく。

「そんな状況で、いざ本人に会ったら卒倒するんじゃないの? お願いだから恥ずかしいこと叫ばないでね」

 薫にも一応常識や理性はあるはずだ。いくら憧れの相手を目の前にしても、こんな公衆の面前で、いきなり専門用語を叫んだりするようなことは――


「都! 新谷君!」


 駅から出てくる人波に、見なれた姿を見つけた。

 相変わらず快活な親友は、こちらを真っ直ぐ目指して歩いてくる。

  そんな彼女の背中を追うようについてくる女性が一人。

 見目麗しいその女性は、日本女性なら誰もが憧れる黒髪ストレートのロングヘアをシャンプーCMのごとく綺麗に揺らし、白い肌に大きな瞳。清楚な印象の中でラメ入りのグロスを塗った桃色の唇が地味にエロい……と、感じるのは私だけだろうか。綾美とは違う……真雪さんに近いかな、大和撫子タイプの美人さんだ。

 黒いワンピースにグレーのパーカーで、足もとはシルバーのミュール。ど、どこぞの有名女子大学に通うお嬢様でしょうか、と、問いかけたくなる。

 ただ、綾美と一緒にいるということは、間違いなく、本日薫が会いたがっている「あの人」な、わけで。

 私と薫が言葉を切りだせずに……あまりのギャップに絶句していると、相手のお嬢様が深々と頭を下げてくれた。

「初めまして。小林優香と申します」

「あの、綾美……? まさかとは思うけど、こちらのお嬢様、が?」

「お、お嬢様だなんてとんでもないです! 私なんて虫けら以下の一般市民です!!」

 ……え?

 何だか凄い言葉が聞こえた気もするが、彼女――優香さんは私に何度も頭を下げながら、

「えっと、本日は私のためにわざわざお時間を取っていただきまして、本当にありがとうございます」

 ここでまた深々と会釈。非常に礼儀正しい人だということは分かったのだが……周囲から見れば、私たちが彼女に何度も謝らせているみたいに見えてしまってもおかしくない。何となく、視線が冷たくなってきてる気もするし……。

 こういう場合、普段なら薫が空気を読んでその場を取り仕切ってくれるのだが、

「……★♪※」

 ダメだ、完全に思考が二次元と三次元の間を行ったり来たりしてる!

「あ、綾美! とりあえずどこか、落ち着いて話せる所に移動しようぜ!!」

「そうねー。じゃあ、近くのファミレスでも行きましょうか。あそこならある程度何を話しても大丈夫だろうし」

 綾美の提案で、萎縮しまくっている優香さんと完全に魂が浮いてる薫を引き連れ、私達は駅構内のファミレスへ……逃げるように、移動したのだった。


 週末のファミレスは、学生や家族連れが多い。賑わう店内で6人掛けのソファー席に滑り込んだ私たちは、私と薫、綾美と優香さんが隣合わせになるよう座った。

 メニューを見てそれぞれに注文しつつ……私改めて、この3人をまじまじと見つめる。

 まず、綾美。いつも通りのポニーテールにきりっと強気な瞳、顔立ちがはっきりした美人が一人。

 対照的なのが優香さん。黒髪白肌の大和撫子、清楚可憐な美人がまた一人。

 そして……薫。言うまでもなく女性に受ける顔立ち。こんなところにイケメンが一人。

 そう、こいつら……外見だけ見ると非の打ちどころがないのである。だからもー、入店した時から周囲の視線が痛くて痛くて……。

 平々凡々な私は一人……こうなったら、「へっ、羨ましいだろうお前たち!」という威圧感でも出せるよう、練習しようかな。無理だけど。

 ……まぁ、そんな周囲の視線を気にする3人ではないのだが。

「改めまして、小林優香と申します。本日は貴重なお話を伺えるということで、楽しみにしてまいりました」

 優香さんがテーブルに額をつく勢いで深々と頭を下げれば、

「初めまして。新谷薫です。あの……その……」

 その正面にいる薫は、頬を紅潮させて口ごもりつつ、

「俺、ず、ずっと好きでした!!」

「薫!?」

 衝撃の告白!?

 これには女性全員が驚いて彼を見つめた。

 さすがに我に返った薫は、今度は私を見て必死に言葉を取り繕う。

「ち、違うんだ……いや、違わないけど……じゃないだろ俺! 俺が好きなのは都だけど煉雀さんは尊敬してて俺の中では「ネ甲」っていうか、そういう意味の好きっていうことで、決して俺が浮気してるとかそういう意味ではないから誤解しないで欲しいんだがっ!!」 

 ……神様、一瞬でも疑ってしまった私を許して下さい。

 今にも私に抱きつきそうな勢いで釈明する薫をなだめつつ、私は優香さんに苦笑いを向けて、

「スイマセン、騒がしくて……」

「い、いいえっ! 仲が良いのは素晴らしいことです!!」

 そういえば、綾美情報では年下なんだよね、彼女。

 落ち込んだ薫は綾美とフリードリンクを取りに行って席を外しているので、ここはチャンスとばかりに聞いてみる。 「そういえば優香さん、幾つなんですか?」

「はい。今年、ようやく18歳になりま……」

「す、ストップ! ま、まさかとは思うけど、この間まで高校生だったの!?」

「え? あ、ハイ。その通りですけど……」

 怪訝そうな表情で私を見つめる優香さん。まぁ、「私より年下」ってことは、そうなるんだけど、さー……。

 ちらっと綾美を見やる。思い出せ沢城都。私の親友は、当然、高校生の頃から……描いてたじゃないか、そりゃあもう色々と。

 でも、だったら彼女はついこの間まで高校の制服を着てもコスプレじゃなかった、むしろそれがデフォルトだったのか……可能ならばその頃に一度、会っておきたかったなぁ。

「優香、都は美少女ゲーム好きの美少女萌えなの。だから、間違っても高校の制服写真なんか見せちゃダメよ、危険だから」

 戻ってきた綾美が、優香さんの前に烏龍茶(だろう、色的に)を置きつつ、にたりと笑みを向けた。

「ちょっと! 誤解を招くような言い方しないでよね! っていうか危険ってどういうことよ危険って!!」

 的確に脳内妄想を指摘された私に、優香さんはどこまでも優しい笑顔を向けて、

「美少女ゲームがお好きなんですか? 素敵ですね」

 あ、ありがとうございます。思わず照れた。

 薫はまだ先ほどの発言に自己嫌悪気味なので、しばらく、私が色々質問しちゃおうっと。

「そういえば……えっと、優香さん、今度ゲームの原画を描くんですよね。しかもすっごく大きなタイトルみたいだし」

 年下だと分かっても敬語を崩せないのは、目の前の彼女があまりにも礼儀正しく、年下だと感じられないからである。

「あら都、あの雑誌読んだの?」

 コーヒーを飲みながら尋ねる綾美に、「うん、どんな人なのかなと思って」と、私も薫から受け取ったコーラをすすりつつ、

「声優さんもすっごく豪華ですよね。名前で調べたらあの人とかあの人とか……ああいうキャスティングって、どうやってるんですか?」

 雑誌に掲載されていたメインキャストが全員裏の名前だったので、ぱっと見た限りでは分からなかったのだが……ネットで調べたら、色々凄いことが改めて分かった。

 私の素朴な疑問に、優香さんは「私は原画家としてしか関わっていないので、詳しいことは分からないんですけど」と、前置きをして、

「同人ゲームで声が入っているものだと、インターネットで活躍していらっしゃる――ネット声優と呼ばれる皆様と一緒に作ることが多いと思います。ですが、今回はちょっと事情が特殊で……同人サークルとして発売させていただく予定ですが、この企画を持ってきたのは、とあるアニメ関連企業様なんですよ」

「え? えっと……どういうこと?」

「本来は、その企業様がドラマCDとして発売しようとした企画なんです。でも、それだけじゃ面白くないってことで、これをゲームにもしてしまおうってことに話が膨らんで……私は元々、ドラマCDのジャケットイラストを頼まれたのですけど、その御縁で原画もやらせていただけることになったんです。だから、ここだけのお話ですけど……私がお話を伺った時、声優さんは決まっていたんです」

「まぁ、要するに大人の悪ノリね。同人で出して評判が良ければ家庭用に移植って話にもなるだろうし」

「最近は同人ゲームのキャスティングを請け負っていらっしゃる会社さんもあるみたいですから、凄いですね」

 のほほんと語る二人に、何となく頷きながら……何だか、「同人」とか「商業」とか、そういう区別も今後更に曖昧になっていきそうだなぁ、と、思う。

 と、

「あ、ゴメン。ちょっと電話してくる」

 綾美が席を立ち、店の外へ消えた。

 私もジュースを取りに行こうかと腰を浮かせたのだが、

「あ、あの……えっと、新谷さん、少し、お話をお伺いしてもよろしいですか?」

「へっ!? あ、はい、大丈夫ですけどっ!!」

 ……この二人が何を言い出すのか不安なので、綾美が戻ってきてからにしよう。

 急に話を振られた薫が、声を上ずらせながら姿勢を正す。

 そういえば、折角持参したスケッチブックも取り出すタイミングを完全に見失っている様子。薫にしてみれば、相手は二つ年下なのに……これじゃ、どっちが年上なのやら。

 相変わらず態度を崩さない優香さんは、「あの、ええっと……」と、何やら言葉を選びつつ、

「新谷さんは、BLがお好きだと綾美さんから伺っていますが……本当ですか?」

「え、あ……はい。そりゃあもう。煉雀さんの本も読ませてもらって……」

「えぇっ!? そ、そんな恥ずかしいですゴメンなさいっ!!」

 急に顔を真っ赤にした優香さんが全力で頭を下げる……な、何故?

 呆気にとられた私と薫へ、彼女はまた「ゴメンなさい」と呟きながら顔を上げると、

「わ、私……同人誌を描いてる時は、テンションが凄く高いみたいで、締め切り前は特に、自分でもよく覚えてないんです。だから、後から読み返して自分でも恥ずかしくなっちゃうことがあるんですけど……でも、こんな私の本を読んで下さる方は、皆さん、凄くいい人たちばかりで、面白いとか、絵が綺麗とか、いつも褒めて頂けるから……それが、嬉しくて」

 ぽつりと呟いた彼女の本音は、きっと、綾美が同人活動を続ける理由でもあるはず。

 自分が作ったものに、他の誰かが賛同してくれる。私は想像でしか分からないけど、実際に経験したら、きっと、凄く励みになることなんだろうな。

「今回のお話も、本当は……綾美さんが第1候補だったんです。でも、綾美さんは他のこともあるからって辞退なさって、私を紹介してくださったんです」

 な、なるほど。その企業の担当者がいきなり優香さんを指名したわけじゃないのね。

「だから、私……今回のお仕事では、絶対に良いものを作りたいんです。そのために、新谷さんには協力していただきたいんですけど……」

「俺に出来ることがあれば、何でも言ってください!」


 そう、それは間違いなく彼の本音だったのだ。

 だからこそ、


「――言ったな、薫」


 不意に聞こえた声に、私と薫は思いっきり目を見開く。

 だって、それは……本来、ここにいるはずのない人物の声、に、思えたから。

 咄嗟にその声がした方を向く。いつの間にか電話から戻ってきていた綾美が私たちを不敵な眼差しで見下ろし、その隣に、


「よっ、薫に都ちゃん、久しぶり!」


「大樹!?」

「大樹君!?」


 異口同音に叫んだのは、久しぶりに再会した友達の名前だった。

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