カリスマBL同人作家・その名は煉雀
では、引き続き既存キャラの紹介、いきますっ!!
■後藤綾美
都とは高校時代からの友人で、現在は専門学校に通っている。
長い髪の毛をポニーテールに結い上げ、ツリ目が強気な印象を与える美人。
中学終わり頃から同人活動を始めており、プロ並みの絵とストーリー構成のセンスが高く評価されている人気同人作家。基本的にはBL専門だが、ゲスト原稿で美少女を描くこともある。
性格は基本的に天上天下唯我独尊。他人を巻き込むこともあるが、最終的には良い方向へ導ける天性の才能がある。要するにカリスマ?
中学時代に軽くイジメにあっていたこともあり、趣味以外の人間関係(学校関係など)は希薄。でも、一度友人になれば姉御肌で引っ張ってくれる。
後に登場するが彼氏持ちで遠距離恋愛中。専門学校を卒業したら上京してプロとしての仕事もしようと密かに考えているとか。
今回の物語、彼女が全ての発端です。
「もしもし、綾美?」
「やっほー都。元気?」
電話の向こうから聞こえるのは、いつも通り明るい親友の声。
「どしたの? 電話なんて珍しい……」
「どうせ都は新谷君と乳繰り合ってるだろうから、ちょっと邪魔しちゃおっかな、ってね」
「……案の定邪魔されたから暇つぶしなら切るよ」
「ちょっ……! 違うわよ。ちゃんと用件はあるのっ!」
綾美にしても予想外の切り返しだったのだろう。電話の向こうで慌てる彼女の声を聞きながらほくそ笑んでしまう私。
ふっ……いつもいじられっぱなしだと思ったら大間違いなんだからねっ!!
悔しそうにぶつぶつと何かを呟いていた綾美だったが、咳払いをして話を切り替える。
「早速なんだけどさ。都、明日、新谷君と時間とれない?」
「へ? どゆこと?」
私にしても予想外の問いかけだった。そりゃあ、これまでにも私と薫がセットで綾美と一緒に遊んだりしたことはあるけれど、こんなに直前の呼び出しは非常に珍しいから。
「何かあったの?」
思わず心配になって声のトーンを落とした。そんな私の心境を悟ったのか、「まぁ、都合がつくならでいいんだけどさ……」と、苦笑い気味に返しつつ、
「今、あたしの友達が遊びに来てるんだけど……その子が新谷君、と、都に会いたいって言ってるから」
「……はい?」
薫に会いたい綾美の友達?
直接その人物から私に連絡がないということは、私と共通の知り合いではない、ということになる。
でも……。
「どういうこと? 意味がよく分からないんですけど……」
薫がカッコイイから紹介してくれ、なんてことが綾美に限ってあるわけないと思いたいのだが、念のために少し語気を強めて聞いてみると、綾美が事情を説明してくれる。
「実はその子と今度、夏コミに向けて合同本を作ろうってことになってて……とりあえず次のイベントで予告本みたいなものを出したいねって話になってるの。で、ネタはどうしようかって話になって……あたしがうっかり、新谷君のことを喋っちゃってさ」
「喋ったって……」
「見た目は一般人なんだけど、気弱な眼鏡男子のBL好きが知り合いにいるって」
電話をつないだまま、思わず薫を見つめた。
彼が首をかしげる。
……うん、間違いではない。むしろ的確すぎて困るくらい。
「で、男性のBL好きって今まで近くにいなかったから、是非一度話を聞いてみたいって言われちゃったのよ。あ、勿論彼女は都のことも知ってるし今は二次元が恋人だから、寝取られる心配はないわよ。っていうか、そんな可能性のある人間を近づけるような真似はしないわ」
「……」
綾美と一緒に同人誌を作るってことは、十中八九、いや、十中九十BL描きさんだろう。なるほどねぇと呟きつつ、再び、薫を見つめた。
電話の内容が分からない薫が、再度、首をかしげる。
正直悩むところなのだ。彼はあまり自分がBL好きだということを口外したがらない。いくら綾美のお仲間とはいえ、初対面の人(しかも女性)と会いたいだろうか。
……薫に話せば、多少無理をしてでも「行く」って言ってくれそうだから。
複雑な表情で口ごもる私に、綾美は「まぁ、相手は年下のお嬢様系美少女だから、都の目の保養にもなると思うわよ」と、私の弱い部分をつく。
年下のお嬢様系美少女……会いたい。正直な自分が脳内で涎を垂らす。ってダメじゃん、私、薫に自分のせいで無理をさせたくないんだよね!?
文字どおり揺らぐ私に追い打ちをかけるように、綾美はこう言って電話を切った。
「とりあえず新谷君に話してみてくれる? 煉雀さんに会いたくないか、って。じゃ、よろしくねっ」
「れん、じゃく……?」
聞いたことのないキーワードを残し、通話終了。何が何だかよく分からないけれど、とりあえず薫に伝えよう。でないとずっと、怪訝そうな顔のままだから。
「綾美さん、どうしたんだ?」
「んー……私にもよく分からないんだけどね」
再び彼の隣に座りながら、私自身も首をかしげて。
「あのさぁ、薫……「れんじゃく」って人、知ってる?」
綾美に言われたことを復唱した。しかし、私にはどんな漢字表記なのか、そもそも漢字なのかも分からない。疑問符を浮かべつつ尋ねた私だったが、その問いを受けた薫は、「どうして都がその名前を知っているんだ!?」と言わんばかりに、あからさまに目を見開き、
「ど……どうして都がその名前を知っているんだ!?」
あ、本当に言った。
「っつーか、いつから都もBLをそんなに……気付かなかった……」
「へ?」
どうやら、薫の中では「れんじゃく」で一発検索できたらしい。対照的にちんぷんかんぷんの私が「いや、あのねー……」と、先ほどの話を簡単に説明すると、彼の目が段々とまぶしい光を帯びていき……。
「煉雀さんに会えるのか!? 本当に!?」
見開かれていた彼の目が、先ほどとは違う興奮で大きくなる。
だから誰なんだその人。私の脳内にはその名前で引っ掛かる人なんかいないぞ。
一人だけおいてけぼりの私に、薫は手近にあったBL雑誌を掴んだ。そして、何やらパラパラとページをめくり、一点を指差す。
「俺が思ってる煉雀さんだとすれば、このゲームの原画を描く人なんだよ」
そこは、同人ゲーム紹介のページだった。えぇっと、タイトルは「絶対服従学園」……って、これだけで内容やメインキャラにある程度の察しが付くけど、見開き2ページが真っ黒であることから、凌辱系のゲームであることは間違いないだろう。うん、絶対この強気に腕を組んでいるキャラにいろいろやられちゃうんだよ。しかも攻略対象が全員こんなのばっかり(見た目のみで判断)だよ。さしずめ男版「つよきす」ってとこかな。まぁ、このメンズがいつデレるのか分からないけど。っていうかデレはあるのか?
ただ、同人ゲームなのにこの扱い。よほどその筋では有名なのだろう。あ、下の方に「ドラマCD化決定! ジャケットイラストは煉雀先生の描き下ろし!」って書いてある。
「煉雀って、こんな字を書くんだ……何だろ、孔雀の仲間?」
「名前は「神無ノ鳥」っていうゲームのキャラクターに由来してるんだ。ずっとゲームの同人をやってて人気がある作家さんだけど、今回、満を持して原画家デビューするんだよ」
まるで彼女と知り合いであるかのように、雄弁に語る薫。珍しい彼の姿に内心驚きつつ、改めて、その雑誌に目を向けてみた。
メインキャラは白い詰襟の学生服に身を包んだ生徒会長だ。以下、彼の側近――副会長・書記・会計――が周囲を固めている。ちなみに側近の制服は濃紺のブレザー。眼鏡担当は副会長で、親友担当が書記、ショタ担当が会計か。(全て外見のみで勝手に判断)個人的には生徒会顧問の教師の笑顔に何か裏があるような気がして仕方がないんだけど……っていうか主人公は?
「設定だけ見ると、特に目新しいようには思えないんだけど……一体何が大人気なの? 絵師さん? ライターさん? 声優さん?」
「全部」
「全部!?」
「もともとこのサークルが、個々人で実力のある人たちが集まってきたドリームチームなんだ。ライターも絵師もプロの誘いを受けるような人だし、声優も名前の違うプロばっかりだし」
……何だか、話についていけなくなりそうな私がいる。っていうか、ゲーム発売前なのにドラマCD化決定って……いっそ、ゲームも商業で出せばいいのに。
そりゃあ確かに、コミケなどの即売会で実力を発揮してプロに転身する人も以前より多いと思うけれど……身近にそんな人材(綾美や大樹君)がいることも事実なんだけど。
「薫はコレ、やったことあるの?」
雑誌のゲームを指差すと、「いいや、っていうかこれも今月発表された情報なんだ。実際の発売日は未定だし……」と、残念そうに肩を落とす。そ、そんなに落ち込まなくても……綾美、絶対買うと思うよ?
「じゃあ、煉雀さんの本は、読んだことあるの?」
「そりゃあ勿論。綾美さんに買ってきてくれって頼んだこともあるからな」
そうだったのか! 驚く私に「見るか?」と、棚から本引っ張り出そうとする薫。慌てて制止する。いや、だって……さっきのゲームのイメージが強くて、きっと同人誌もハードな内容なんだろうな、って……初心者ですらない私に劇物を与えないでください、お願いだから。
「話を戻すけど……煉雀さん、今は綾美と一緒に次のイベントだかの準備してて、薫に会って話を聞いてみたいんだって」
「俺に?」
「うん。男性でBLに理解のある人と話をしてみたいんだってさ」
少し表現に気を遣いながら説明すると、薫はしばし、考えこみ、
「都、それって明日の何時頃から?」
「え? あー……いや、こっちに合わせてくれるみたいだよ。何だか私も同伴を頼まれてはいるんだけど……」
ただ、この調子ならば、私ってかえって邪魔なんじゃないだろうか。
明日は一人大人しくしていようかと思ったが、綾美の言葉も気になる。
年下のお嬢様系美少女。例えこれが私を釣るための表現であっても、あの綾美にここまで言わせるのだ。ある程度のレベルは期待して構わないだろう。
それに、雑誌にここまで大きく扱われるような人である。どんな美人がハードなBLを描いているのか、個人的にはそのギャップに物凄く興味があるから。
「とにかく、私も行くよ。幸い、明日はバイトも休みだしね」
「そっか……じゃあ、綾美さんに夕方6時以降なら大丈夫だって伝えてくれないか?」
何やら脳内で予定を組み立てているらしい薫に「了解」と返事をしつつ、私は何となく、複雑な気分になった。
夢見心地の薫の横顔に、先ほど迫ってきたカッコよさは……ない。もうすっかり気分が浮わついて、明日のことしか考えられなくなっている。
多分薫のテンションはこのまま上がったままで、彼が持っている煉雀さんの同人誌を読み返したり、ゲームの体験版をネットからDLしたりするんだろう。
私のことは、とりあえず放っておいて。
……まぁ、いいんだけどね、別に。私がBLの話に詳しくないのは、事実だし。
自分自身にそう言い聞かせながらも、電話の前まで時間が戻ってくれないだろうか――そんなことを、思ってしまった。