沢城都、遂にBL道へ入門!?
基本的にこれまでのシリーズの積み重ねがありますので、このエピソードから読むと分からないことが多いかと思います。簡単にキャラ紹介しておきますね。
■沢城都
主人公、19歳大学2年生。現在大学の女子寮で親元を離れて暮らしている。
髪の毛は肩につくくらいで短め、眼鏡をかけて、顔は普通。着痩せする詐欺体型なので、特に胸の大きさは登場する女性キャラの中でもナンバーワン。(具体的な大きさはシリーズ内のどこかで登場しているぞ★)
ギャルゲー(エロゲ含む)が大好き、二次元でも三次元でも年上でも年下でもとにかく可愛い女の子(女性)が大好きで、自分好みの女の子を見つけるとニタニタハァハァする悪癖がある。
うっかり某アニメショップで出会った新谷薫(↓)に自分の趣味がバレたことがキッカケで急接近し、本当に色々あって恋人同士になった。
性格はさっぱりしている。あまり深いことは気にしないし自分から追求もしない。ものぐさで部屋の片付けが出来ない。洗濯物は友人の奈々にたたんだ状態で持ってきてもらう始末。(羨ましい)
この作品のキャラで人気投票をすると、必ず圧倒的支持を得て1位になる恐るべき主人公。
■新谷薫
主人公、20歳の大学2年生。(1年浪人している)
現在は親元を離れ、大学近くのマンションで一人暮らしをしている。
とにかくイケメン、同性から見てもイケメン、性格もイケメン(八方美人気味でもある)、眼鏡の似合う誰もが振り返るイケメン……と、外見にも内面にも恵まれているが、そのせいで告白され続け、断ることに疲れていた。
誰とも付き合わなかった理由は、本人に全く非がないことで高校3年生の時に凄まじい嫌がらせを受けたため。そのショックから逃避するために二次元BLへのめり込んでいった。
マメな性格で部屋はいつも片付いている。料理出来る、片付け出来る、その他主婦力が高い。羨ましい。
リアルな恋愛対象は女性なので、現実世界では都が大好き。攻める時は攻める、たまに攻めすぎる、だがそれがいい。
「……分からない」
斜め読みした新書サイズの本をぱたりと閉じて、ぽつりと呟く私。
時刻は午後10時。一足先にバイトが終わった私は、毎度のように彼――薫の部屋に忍び込み(いや、鍵は持っているけどね)、やりかけのゲームをプレイすべく、パソコンを立ち上げた。そして何の迷いもなく椅子に座り、時間確認のために携帯電話をわきに置き、ブーンと鈍い音を立てながら立ち上がる画面を今か今かと見つめていた、の、だけど。
暇だったので何となく椅子ごと180度回転してみた。きちんと整頓されたワンルームの右壁側、ベッドの上に散らばっている本だけが……明らかに浮いている。
新書サイズの本が7冊と、雑誌が2冊。言わずもがな、全てBLである。
よほど時間がなかったのだろうか。珍しいこともあるものだと私は椅子からベッドに移動し、手近な本を手に取って、あらすじを一読。
……ほっほぅ。そもそも「傾きかけた父の会社を救うために主人公が海外の大富豪に嫁ぐ」という冒頭から突っ込みたいのだが、そんな些細なことを気にしているようではBLなんぞ読み進められるわけがないのだろう。だって、目的はそこじゃない。極論だけど、権力を持った攻めに服従する受けの関係があれば、そのバックに何が付いていても問題ではないのかも。ぶっとんだ設定は常套手段? 日常茶飯事? まぁ確かにギャルゲーもそりゃあいきなり空から女の子が降ってくるけどさぁ、許嫁が増えるけどさぁ……。
「二次元って、凄い」
何でもアリだ。だからこその面白さがあることを、私もよく知っているけれど。
ふと、わきに追いやった他の本が気になった。ただ、目についた表紙が白タキシードでお姫様抱っこだったから……手に取って中を見てもいいものなのか、少し躊躇う。
うぅ、情けない。電撃姫やPC Angelならば臆せず立ち読みが出来るというのに。それもどうかと思うなんて言わないで!!
それこそギャルゲーを始めたばかりの頃は、気恥かしさと恐怖心から、そういうコーナーに立ち入ることも出来なかった。それが今は……どうよ、この開き直り具合。やっぱり、好きなものは好きだからしょうがないのよねっ! と、自分に言い聞かせて羞恥心は見なかったふり。大丈夫、そんなコーナーに私の同類じゃない知り合いは来ないから! ……ん? 待てよ?
自分の行いを正当化しながら、ふと、あることに気がつく。
「私たち、出会ってから1年か」
日々が濃すぎてすっかり忘れていたけれど、多分、去年の今頃――GW明けの気だるい平日――に、カミングアウトしているんだよね、私たち。
それこそ「私の同類じゃない知り合いは来ない!」と思っていたお店の中で。いや、結局同類さんだったわけだけど。
日付まではっきり覚えていないのが悔しいな。でも、
「1年、か……」
思い返せば、自分でも予想外の行動だった。普段だったら間違いなく見なかったフリをしてレジに直行し、そそくさとお店を後にしていただろうに。
でも、そんな私の行動がキッカケで世界が変わり始めて……今に至るのだ。
1年前では、想像出来なかった。
二次元BLが好きな薫と、ギャルゲーまっしぐらの私。一見どう考えても交わらない二人が、互いの利害関係のために結託して、そして――
「何か記念日のお祝い、したいなぁ……」
まさか、ゲーム以外で彼の部屋にいる時間が長くなるなんて。
1年前の私は、こんな未来を予想していただろうか。
……まぁ、私がそんなに計算高い人間ならば、薫も多分離れてしまっていただろう。彼が経験してきたことはあまりにも特殊で……まだ、確実に痛いはずだから。
杏奈さんとの一件が、結果としては薫の傷をえぐるようなことになってしまった。それは間違いなく私にも責任はあるし、正直、私は……もう、杏奈さんには会いたくない。
結局、彼は板挟みになって、痛みに耐えるしかなかった。優しい人だから。優しくて……不器用な人だから。
「……」
実は今年のGW、薫のお母さんと会ってきたのだ。私の家側は都合がつかなかったけれど、電話で薫を紹介することになって……は、恥ずかしかった。当分実家に電話したくない。
彼は母子家庭だから、先回りして色々我慢することも多かったのかな、なんて、邪推してしまう。ただ、あのお母さんを見る限りではそんな風に思えないのだけど。
私のことを大切に思ってくれていることを疑うつもりはない。むしろ、色々と順調だから漠然とした不安になるのかもしれない。
いっそ薫も豪華客船で武者修行してくればいいんだ。このカッコいい船長さんにみっちり躾けてもらって、それで……あれ?
「どうしてそうなるかな、私ってば……」
ヤバい、毒されている。大樹君が遠くに行ってしまってからはBL人口比の高い輪の中にいるのだから、しょうがないのかもしれないけど。
「でも、この船長さんもカッコいいよねぇ……」
口絵ではなく表紙を見つめ、一人頷く私。どうやらこの方、「大財閥の次期総帥で、世界一の豪華客船を指揮する美形船長」という設定らしい。昨今の世界不況も関係なし。次回発売の最新刊で経済不況が二人の仲を引き裂いたら嫌だなぁ……色々リアルで。
と、
「都?」
頭上から名前を呼ばれ、目線だけそちらを向いた。ドアの音など全く気がつかなかったのだが……バイトから帰って来た薫が、ベッドの上にいる私と手に持っている本を交互に見つめ、
「都もついにBLデビューか?」
着ていたジャケットをハンガーにかけながら、心底嬉しそうに笑う。
「いや、デビューって……」
「大丈夫、最初は誰にだって抵抗はあるんだ。だけど、一旦読み始めると抜けられなくなるぞ」
「あの、だからね……」
私は起き上がって誤解を解こうとするのだが、薫は「大丈夫、何も言わなくても分かってるさ」と言わんばかりの表情でうんうんと頷きながら私を見下ろし、
「そうだな……まぁ、本の選び方に関しては綾美さんの方が的確なアドバイスをくれると思うけど、そのシリーズも面白かったぞ。男のロマンだ!」
「え!? 豪華客船で花嫁修業が!?」
本気で目を見開いた私に、「ま、まぁ……海洋ロマンだよ、海の男だよ!」と、本心からではない言葉で何とか誤魔化そうとする薫。
でも、久しぶりかも。薫がここまで目を輝かせているのは。
……やっぱり私も読もうかな、BL。もっと共通の話題があれば、今以上の関係になれるような気がして。
「でも、花嫁修業って……受けキャラは大変だねぇ」
1巻を読んでいないのでまだ詳しくは分からないけど、私が邪推するに、料理とか洗濯という家事ではなく、立ち振る舞いとか、夜の……いや、コレが間違いなくメインだ。そうに決まってる。でなきゃ読者は喜ばないっ!
「都は……」
不意に。
隣に腰かけた薫が、ぽつりと呟いた。
「……花嫁修業、してくれる?」
「へ? 私も豪華客船で?」
「いや、そうじゃなくて……」
反射的に彼の方を向いて尋ねると、苦笑の薫がそのまま近づき、私と額をくっつけて、
「……勿論、俺のために」
「っ!?」
至近距離からの不意打ち。一瞬で顔が火照った。い、いきなり何を言うのかなこの人はっ……!
「た、例え、ば……?」
「そうだなー……まずは、部屋の片づけから」
ぐさり。彼の言葉はどストレートに突き刺さる。
うぅ、その辺は得意な薫に頼りたいのだけど、間違いなく許されないだろう。彼の「笑顔でスパルタ☆」な指導を思い出し、軽く頬が引きつった。
こちらの心中を察している薫は、上目づかいで私を見つめながら悪戯に笑い、言葉を付け足す。
「当然、俺の相手も」
「それは……もっとBLに対する知識を深めろ、ってこと?」
「それはそれで面白そうだけど、今は違うかな」
見慣れているはずの顔に、何度緊張させられるんだろう。
一瞬だけ唇が触れた。それが、合図。
私は眼鏡を外して彼の首に自分の腕を回し、目を閉じて……少し、顔を傾けた。
薫の息遣いを近くに感じる。そんな距離にいられることが嬉しくてたまらない。
彼も眼鏡を外して、キスをしたまま私をベッドに押し倒――
……しているところなのだ。いつもならば。
静かな室内にけたたましく鳴り響くのは、聞き覚えのある着信音。あまりにも唐突だったので互いに全身をびくりと震わせ、
「あ、ゴメン……私だ」
名残惜しい腕をすり抜け、パソコンのわきに置きっ放しだった携帯電話を手に取る。
着信、しかも相手は綾美。メールじゃないなんて何事だろうと思いつつ、普段通り電話にでる。
「もしもし、綾美?」
その電話が、始まりだった。