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バニラとソルト、前夜祭。

 一度でいいから、挑戦してみたかった。

 自分が好きなことに、全力で。


「じゃあ、明日からよろしく頼むわよ、優香」

「はい。こちらこそよろしくお願い致します。綾美さん」

 電話の向こうにいる彼女と最終的な打ち合わせを済ませて、今日のお話は終了。通話が終了したスライド式の携帯電話を握り締めて……私は一度、呼吸を整えた。

 明日から5日間、私は先ほどの彼女と一緒に過ごすことになっている。久しぶりの逢瀬に心がときめきつつ、募るのは一物の不安。

 お父様やお母様にはきちんとした了承を得ているし、明日は綾美さんのご自宅でもきちんと御挨拶をさせていただくけれど……でも。

 畳8畳の自室に一人、携帯電話を握ったまま再度ため息をついてしまう。入口にはいつも使っているコムサの黒いキャリーケース。道具も洋服も全てあの中に準備しているから、後は、明日からの時間を楽しむことだけを考えればいいはずなのに。

「……大丈夫、でしょうか」

 今までは何とかばれずに乗り切ってきました。だけど、

「そろそろ、潮時かもしれませんね……」

 隠し事はあまり好きではないので、そろそろ、打ち明けたいところではあるんです。

 でも、その一歩を踏み出す勇気が、まだ、持てないでいる私は……意気地無し、ですね。

「相談、してみましょうか……」

 明日からお世話になる「頼れるお姉さま」の顔を思い描き、

「でも、ご迷惑かもしれないし……」

 溜息。

 こんな性格だから、いつまでたっても打ち明けられないのに。

 分かっているんです。自分でも嫌になるくらい。

 そんな自分が嫌だから、私は――



「優香!!」

 翌日、最寄りの駅まで迎えに来てくれた綾美さんが、大きく手を上げて私を出迎えてくれる。

 私が住んでいる場所からは電車で30分、地域の中核都市であるこの町を拠点にしている彼女は、本名が後藤綾美さん。私が尊敬する同人作家さんです。

 お会いした当初はずっとお互いにPNで呼び合っていたのですけど、こうやって逢瀬を重ねるごとに親しくさせていただいて……今ではすっかり本名で呼び合う仲。

 木曜日の夕方なので、学校や会社から帰宅する方々、帰ってきた方々が入り乱れる駅の改札口前で、私は一度、頭を下げました。

「こうしてお会いするのはお久しぶりですね。お元気でしたか?」

「当然でしょ。っていうか……優香は相変わらずね。安心したわ」

 赤いワンピースの上からジーンズ素材の5分袖ジャケットを羽織り、足もとは黒いハイソックスとパンプス。均整のとれたスタイルは、いつ見ても素敵です。

 私も綾美さんみたいにカッコよく生きていきたい、そんな憧れを抱くのも当然ですよね。

 珍しく長い髪の毛をそのままにしている綾美さんは、切れ長の目で私をじぃっと見つめ、

「あれ、痩せた?」

 私の中にある不安を一瞬で見透かされたみたいで、正直、驚きました。

「そ、そうでしょうか……食べる量は変わってないと思うんですけど」

「ふぅん……ま、いいわ。積もる話は家に来てからにしましょ♪」

 くるりと踵を返す綾美さん、私も自分の荷物を引っ張って後に続く。

 この人ならば……綾美さんならば、私の悩みを理解して、打開策を導き出してくれる……そんな予感が、確信に変わっていたから。

 だから、

「あ、あの、綾美さん……!」

「ん?」

 彼女が足を止め、肩越しにくるりと振り向く。

 私は、意を決して、

「ちょっと、ご相談があるんですけれど……よろしいですか?」

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