第05話 都市モビレア
第02節 悪神の使徒〔1/8〕
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都市モビレア。
帝都カナンが炎上した後、カナン帝国の正当な末裔を自称する者たちが帝都を復興させようと尽力した。
しかし、その試みの全ては頓挫し、最終的にカナン市の近くに新たな都市を建設することを選んだ。それがモビレアである。
古くはリングダッド王国の首都として、後にスイザリア王国の首都として栄えるも、両国が二重王国として共栄関係を選択したことに伴い、スイザリアは首都を遷都しモビレアは地方都市の一つに堕ちた。
しかしカナン帝国時代の街道の要衝たる地に建設されたモビレア市は、その後も商都としての価値を減じ得ず、スイザリアの副都として現在も尚栄えている。
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ハティスの人口は漸く万を超えた程度。それに比してモビレアは、数十万の人口を擁する巨大都市だ。
『数は力』の言葉の通り、その圧倒的なまでの勢いに圧され、俺もシェイラも正直足が竦んでしまった。
勿論前世の新宿駅の一日の利用者数より少ない、と言われれば大したことはないのかもしれないが、此の世界で数十万といえば天文学的な数字である。
それだけ人口が多く、また往来の為にこの都市に立ち寄る人もいることから、人種的にも多彩である。
髪の色も黒から白まで様々である。寧ろ俺のような薄茶色の方が珍しいくらい。勿論、希少さではシェイラの白金の方が上であるが、それでも他にいない訳でもない。
瞳の色も、俺のような焦げ茶色だけでなくシェイラのような薄緑色、青などのように色々ある。
ハティスでは(シェイラのように)髪の色や瞳の色が異彩だと目立ったが、ここでは当たり前の風景であり、背が高いとか髪が長いとかといった特徴の一つに過ぎない。
それどころか猫獣人や犬獣人、狐獣人や兎獣人といった獣人族でも普通に街を歩いている。
自分の井の中の蛙っぷりに笑いがこみ上げてくるが、ともかく俺たちはモビレア市に入ったのである。
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モビレア市が見えた頃から、改めて幌馬車を〔無限収納〕に仕舞い、入市税を払って騎乗にて市の関所を抜けた。
最初に目指したのは、商人ギルド。商人としての身分で越境していることからも、商人ギルドへの挨拶は欠かせない。
「フェルマール王国のハティスから来られたのですか。この季節のリュースデイルの関を越えるのは大変だったでしょう」
「そうですね。確かに雪が深くて苦労しました。けどウィルマーの町で随分英気を養えましたから、差し引きすれば大したことがなかったと言えると思いますよ」
「ほう、ウィルマーの町に寄ったのですか。差し支えなければどちらに投宿されたのか、お聞かせ願えませんか?」
「隠すことではありませんね。【銀渓苑】です」
「銀渓苑ですか。随分ご立派なところを選んだのですね」
「いえ、銀渓苑があれほど素晴らしい処だとは知らなかったんですよ。
ただ知り合いの薦めで、ウィルマーに行くのなら銀渓苑以外はないと言われて」
「成程。そのお知り合いは随分事情通のようだ。
それはそうと、どの程度の期間モビレアに滞在する予定ですか?」
「今のところ未定です。
けど、長期の滞在になっても問題が無いように、良ければ部屋を紹介してくれますか?」
「構いませんよ。ご希望はありますか?」
「倉庫が必要ですね。当面は商談だけが目的ですが、手ぶらで帰るのもどうかと思いますから」
「かしこまりました。では倉庫のある部屋で適当な物件を、二三見繕いましょう」
商人ギルドで紹介された物件は、山の手にある集合住宅の一室(倉庫は隣接する別棟で別に契約する必要があった)と、山の手から少し離れたところにある一軒家、そして郊外で近くに商店等はないが値段の割に広い敷地面積を持つ一軒家の三つだった。
一件目は商人ギルドとも冒険者ギルドとも近く利便性という面では良かったが、抑々俺たちの目的を考えればあまり利便性は求めない。ましてや倉庫はキャラバンを出し入れする為に不自然ではないようにという理由で借りるのだから、その所為で高くついたら本末転倒である。
二件目は悪くなかったが、賃料が高い。勿論この程度は支払うことは出来るけど、無駄な金は使いたくない。
三件目はその安さに相応しくあまり便は良くなかったが、寧ろ近隣の視線が気にならないことが俺たちにとってはメリットだった。
結局、三件目で契約し、ついでに手持ちのフェルマール金貨をスイザリア金貨に両替して、同時に馬をギルドで売却した。
この家が、これから暫くの俺たちの拠点になる。
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明朝、俺たちはモビレアの冒険者ギルドを訪ねた。
今度は冒険者としての身分でのモビレア入市の手続きをする為だ。
俺みたいな若造で銀札というのはこの都市でも珍しいらしく、色々鬱陶しい視線に曝されたが、ともかく冒険者旅団【C=S】は、モビレアの冒険者ギルドに登録されることになった。
けれど、俺たちはこの都市で大々的に冒険者活動をするつもりはない。
あくまでも『悪神の使徒』の手掛かりを探す為の情報源としてしか考えていない。
けれど、どうすれば良いだろう?
実のところ、ここで俺たちは行き詰っていたのだ。
モビレア周辺に、『悪神の使徒』の拠点がある。
だから、モビレアに来れば『悪神の使徒』についての情報が手に入る。
俺たちは、盲目的にそう考えていた。
しかし、実際モビレアに来てみれば。
当然だろう。犯罪組織が堂々と、その情報を漏らしている筈がない。
俺たちは冒険者としての依頼をこなしながら、『悪神の使徒』『人攫い』などのキーワードに纏わる情報を細々と収集していった。
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そして、そのまま5ヶ月近く経過して、秋の二の月。
銅札以上の冒険者に対して提示された合同依頼に、求めていたキーワードが盛り込まれていた。
『大規模な国際的誘拐団の拠点を強襲する。戦力になる冒険者を求む』
一も二もなく、【C=S】は参加を表明した。
(2,755文字:2015/11/14初稿 2016/05/31投稿予約 2016/07/07 03:00掲載予定)
【注:「数は力」という言葉は、田中角栄氏の言葉「政治は数であり、数は力、力は金だ」に由来します。勿論角栄氏の言葉は議会制民主主義の本質を表す言葉であり、物理的な意味での数の暴力を謳ったものではありませんが。
ちなみに「目の色」に関して、筆者の別コンテンツ〔どうということはないはなし〕「その六 青い目、黒い目」(http://ncode.syosetu.com/n0420dd/9/)でも語っていますので、ご一読願います】
・ 入市税は人頭税(人数に課する)と馬税(馬の数に課する)、車税(馬車のサイズに応じて課する)と貨物税(荷物の量に応じて課する)があります。都市によっては遊女税(商人や冒険者でない女性は町で娼婦になるから)や刀剣税(武器を持ち込むと争乱の種になるから)などの特別税を課する場合もあります。但し馬税・車税・貨物税は商人ギルドのギルドカードがあれば軽課され、また商業手形に基づく入市の場合は一部免除されます。




