第04話 異世界転生
第01節 二人の旅路phase-1〔4/4〕
ウィルマー氏、否、入間氏の手記を読み、涙を堪えることが出来なかった。
正直、俺は前世の末期を憶えていない。その所為かもしれないが、前世の自分の人生に未練はない。
しかし、ある日いきなり別の世界に召喚ばれたら。
俺は、平静でいられる自信などない。
けれど、おそらくは紆余曲折はあったのだろうが、入間氏はこの世界で、その人生を全うした。その血を残し、その名を町の名として後世に残した。とても真似出来ない、尊敬に値する生き様だったと確信を持てる。
「ご主人様?」
シェイラがこちらを見ている。女将も、何か問いたげにこちらを見ている。
女将はおそらく入間氏の縁者だろう。600年も経っているのなら、もしかしたら直系ではないかもしれないが、全くの無関係とも言えないだろう。ならこの二人には、事情を説明しておく必要がある。
「シェイラ。俺には、生まれる前の記憶があるんだ」
「え?」
「此の世界に生まれる前、俺は別の世界で生きていた。
その世界には魔力はなく、俺も何の力もないただの一市民だった。
けどこの世界より色々な面で進んでいて、ただの一市民に過ぎない前世の俺でさえ、色々なことを学べたんだ。
だから、俺はこの世界の人たちが知らないような様々なことを、生まれた時から知っている。
それは、俺が優れているからじゃない。ただ単に、一種のズルなんだ。
だから、あまりそれを使うべきじゃないと思っていた。
けど、この世界を知るにつれ、世界の知識や技術に色々不思議が見えて来たんだ。
以前ちょっと零しただろう? 麦酒の蒸留酒に楢樽を使うのは有り得ない、って。
あれは、俺の前世の世界の知識に基づけば不思議でも何でもない。それなりの根拠のある理由だからだ。
だけど、その根拠のないこの世界では、その知識は『有り得ない』。
そういった知識は他にも多くあるんだ。
そして、この世界の歴史はカナン帝国期に大きく変動している。それ以前の歴史とそれ以降の歴史が明確に断絶しているんだ。
だから、カナン帝国の歴史を調べれば、その謎が解けると思っていた。
その謎の中心には、俺のような転生者がいると思っていたんだ。
ところが、ここでいきなり入間氏のことを知った。転生者どころか転移者だった。
このことは、俺が前世に生きた世界とこの世界の、明確な繋がりを意味している。
俺と入間氏。700年の時を隔てた転生者と転移者が、同じ世界に関わるのなら、それは此の世界と彼の世界に何らかの絆があるということだ。
そして、彼の世界と関わりがあるのが俺と入間氏だけとは思えない。入間氏に酒造りの知識があったとは思えないしね。
だから歴史を学びたい。此の世界を知る為に。そして俺と入間氏以外の、彼の世界を知る者が、どのように生きてどのようにその生を全うしたのかを知りたいんだ」
「ご主人様は、元の世界に帰りたいのですか?」
「俺は此の世界に生まれて、この世界で生きている。彼の世界はあくまで、生まれる前の俺が生きて、その生を全うした世界だ。帰りたい、否、彼の世界に行きたいと考えるのは、前世の俺の人生そのものに対する冒涜だよ」
◇◆◇ ◆◇◆
その後俺は、シェイラとともに露天の温泉に浸かった。
「なんか臭い、です」
「硫黄の臭いだな。ほら、ここに黄色い粉があるだろう? これが硫黄だ。
硫黄が火の精霊と水の精霊に翻弄されると、こんなひどい臭いになるんだ。
多すぎる硫黄は確かに体に毒だ。
だけど、身体の中の毒素にとっても毒なんだ。
遠い国の言葉、否、彼の世界の言葉で、『毒を以て毒を制す』というんだけど、この硫黄が体の中の毒を打ち消してくれるんだ」
「……硫黄の効能より、ご主人様が良く言う『遠い国の言葉』の意味が分かったことの方が、何だか嬉しいです」
「そうだね。今まで色々隠していたから。けど、これ以上隠し事はないよ」
「嬉しいです」
俺は女将に「未成年だから酒はいらない」といったけど、入間氏の話を聞いて無性に呑みたくなったので、温泉に地酒を持ってきてもらった。やはり、温泉に浸かりながら酒を呑むという文化は、受け継がれていたようだ。残念ながら日本酒ではなく果実酒の蒸留酒だったが。
◇◆◇ ◆◇◆
藺草の畳の上に敷いた布団という、俺にとっては最上級の贅沢を堪能しながら夜を明かし、温泉と風景、そして食事と会話という、これ以上ない優雅な時間をシェイラと共に過ごし、しかし旅立ちの予定はすぐに迫る。
旅立ちの朝。
為替の片隅に「弐」という漢字を連想させる記号を見つけ、ここにも入間氏の足跡があると感慨に耽りながら、帳場で会計を済ませている時。
女将が、(俺にとっては懐かしいどころではない)彼の世界の鞄を持ってきた。
「どうぞ、これをお持ちください」
「聞くまでもないけど、これは?」
「始祖様がお持ちだったものだと伝わっております。〔状態保存〕の魔法で、当時と変わらない状態の筈です。
貴方様に差し上げます。始祖様も、それを望んでいると思います」
中を見ると、ノートに専門書、ノートPCとタブレットPC、スマホと電卓とその他文房具類、ソーラー充電式多機能テスターや半田鏝、その他幾つかの機械製品が入っていた。
この世界では使途の無い物。
また仮に使途があったとしても、電源を確保出来ない以上いつか使えなくなる物。
けれど、明確に彼の世界を思い起こす物。
それらを受け取り、俺は再び旅路に就いた。
◇◆◇ ◆◇◆
ウィルマーを発ってから、更に暫くの日数が経過し。
山を降った頃には、暦は既に夏。
馬を幌馬車に繋ぎ、馬車の旅を楽しむこと更に数日。
眼前に、城壁で囲まれた巨大な都市が見えてきた。
(2,610文字:2015/11/14初稿 2016/05/31投稿予約 2016/07/05 03:00掲載予定)
・ 「硫黄は無臭だ」というツッコミは(以下略)
・ お酒は二十歳になってから。
・ 入間史郎。某県某市の老舗旅館の亭主の長男として生まれる。
幼少時より旅館を継ぐ為接客や経営を学ぶも、本人の志望と異なることから度々両親と衝突していた。
平成●年、上京。電気工学系の大学に一浪して進学するも、授業内容についていけず、二留の末退学し故郷へ帰る。
以来実家の旅館でアルバイトをしていたが、ある日業務時間中に失踪。以降消息不明。
趣味は電子機器弄りとインターネット。Web小説の検索キーワードは〔異世界転生〕〔戦記〕〔俺Tueeee〕。




