第02話 温泉の町、ウィルマー
第01節 二人の旅路phase-1〔2/4〕
リュースデイルの関の、二重王国側の窓口では、フェルマール王国側とは比較にならないほど厳重に手形や荷物の検査がされた。
俺たちは取り敢えず商人としての身分で関を抜けている為、積み荷に違法な物がないかを入念にチェックされる。フェルマール王国籍だからか、それとも鼻薬を嗅がせていないからか、或いはこの季節、越境する人が少なくて暇だからか。手抜きは全くない。
とはいえ現在は馬車ではなく騎乗だから、積んでいる荷物もそれほど多くない。全ての荷を解いて検査をしても、大した時間はかからない。また〔亜空間収納〕の中身は容量の関係であまり重視されないようだ。
程なくして問題なしとのお墨付きを得られ、俺たちは二重王国に足を踏み入れた。
目的地のモビレアは、リュースデイルの関から更に山を三つ越えたところにある。それも、全てリュースデイルの峠より標高が高い。
……この時季の旅人は、どのように寒さを凌いでいるのか。それともこの時季に旅をするのは訳アリの旅人だけなのか。どちらかといえば俺たちも後者だし。
寒さに泣きべそをかきながら(それでも夜は幌馬車のおかげで温かく眠れるが)山を一つ越えたところで、谷間に湯気が立っているのを発見した。
◇◆◇ ◆◇◆
「いらっしゃい。こんな季節に珍しいね」
町に入り、ちょっと大きめの宿を見つけたのでそこに入ることにした。
「ここは、温泉が出るんですか?」
「……おたくさん、フェルマールの方ですか? よく温泉をご存知ですね。
おっしゃる通り、この町は温泉が涌き出るんですよ。ですからモビレアからも多くのお客様が湯治に来てくださるんです」
「そうですか。ところで、二人なんですが、部屋空いてますか?」
「はい。ご希望はありますか?」
「貸し切りの露天がある部屋を」
「……うちの最上級の部屋になります。高いですよ?」
「為替は使えますか?」
「ああ成程。商人の方でしたか」
「ええ。こいつは見習いですけど、良い機会ですので最高の接客というモノを体験させておきたいんです。
二泊を予定します。見ての通り俺もこいつも子供ですので、酒宴は必要ありません。言うまでもなく芸妓衆も。
風呂と食事と寝所。
宿の基本となる接客だけで、けれど最高のモノを提供してください」
「……なかなかの、無茶振りですね。
どちらの大店の御曹司か存じませんが、うちの宿に対する挑戦と受け取りました。
良いでしょう。この温泉町ウィルマーで最も長い歴史があり、そのサービスも最高と謳われる、【銀渓苑】の看板に懸けて、受けて立ちましょう。
部屋を用意致します。少々お待ち願えますか?
……その前に、お客様の為替を拝見させていただきたく存じます」
「ああ。これだ」
「……確認させていただきました。では暫しのお待ちを」
「此処程の格になると、商人ギルドの符牒も読み解くのか」
「ええ。憚り乍ら申し上げれば、代金を踏み倒されるのは客を見る目の無い店の責任。
お客様の身分など、たとえ襤褸を着込もうと、その眼を見て二三言葉を交わせばすぐにわかるというモノです」
「成程。ご立派です」
この女将の目には、俺はどのように映っているのだろう? 随分過大に評価されているようにも思えるが。
ちなみに、横で俺と女将の会話を聞いているシェイラの目には、俺のことは神格化されているようにも思える。こちらは追々矯正していけば良いか。
◇◆◇ ◆◇◆
案内されたのは、別棟の一室。というか、この棟それ自体俺たちが独占して使えるものとなるのだという。
ざっと内部を確認させていただいたところ、寝室4つ(ベッドではなく布団)、囲炉裏のある部屋と、厠。そして温泉は、内湯が2つと露天が1つ。露天はこの宿の名の由来となったであろう、銀雪を擁した渓流を見下ろせる。
内湯の脱衣所は温泉の蒸気を取り入れて、この季節でも充分暖かい。
「これは……、また」
「如何ですか? 実を申しますと、このウィルマーという町の歴史は、スイザリア王国の建国より古く、カナン帝国時代にまで遡ります。
そしてカナン帝国初代皇帝アレックス陛下の側近であらせられたシロー・ウィルマー様が、この町を拓いたと伝わっております。
ウィルマー様が、アレックス帝に対して行った唯一の我儘、だと聞いております。
この様式は、ウィルマー様が考案されたもので、残念ながら今ではこの町でも殆ど残っておりません。
まずはごゆるりとお寛ぎください。後程お食事を用意させていただきます」
仲居さんが退出すると、物珍しそうにシェイラが色々見て回る。
だが俺は、囲炉裏の真中に吊るされた自在鉤を見ながら、感慨に耽らざるを得なかった。
「シロー・ウィルマー、か」
「ご主人様、何かおっしゃいましたか?」
純和風の超高級旅館。カナン帝国初代皇帝の側近の、隠れ宿。
まさかこんなところに手懸りの一つが転がっていたなんて。
「いや、何でもない」
だが、転生者なら生まれ変わってから付けられた名前があった筈。
名付けられた名を捨てて、前世の名前を名乗ったか、それとも転生者ではなく転移者か。
今はまだ考えても答えはない。
首を振り、不安げな顔をしているシェイラに笑顔を見せた。
◇◆◇ ◆◇◆
囲炉裏に赤々と燃える炭が並べられ、自在鉤には山の幸を豊富に取り込んだ鍋がかけられた。
「これは薪ではなく炭といいます。薪より熱いので気を付けてください」
「知っています。というかこれは鍛冶師ギルドの秘儀でしょう? よく使用が許可されていますね」
「詳しいのですね。このウィルマーでは当館、それもこの部屋でのみ使用が許されております。
始祖ウィルマー様は、鍛冶師ギルドとは無関係に炭のことをご存じだったらしく、その秘密を守ることを条件に、鍛冶師ギルドに認めさせたのだそうです」
「……ご主人様と同じですね」
「え?」
「ご主人様も、独自に見出された方法で炭を焼き、寧ろ鍛冶師ギルドにその手法を教導していました」
「……敵わないな。
多分、ウィルマー氏と俺は、同じ知識を持っている。
過去、この大陸には俺やウィルマー氏と同種の人間が、他にもいたんじゃないかと思うんだ。
それを知る為に、俺はカナン帝国についてを知りたい。
こんなところでいきなり手掛かりが見つかるとは思わなかったけど、もしよければウィルマー氏に纏わる資料などがあったら見せてほしい」
(2,907文字:2015/11/13初稿 2016/05/31投稿予約 2016/07/01 03:00掲載 2016/07/01衍字修正)
・ ウィルマーは所謂隠れ里ですが、厳冬期は木々が葉を落とし、その湯気が目立つようになるので街道から見えるようになります。




