第01話 越境
第01節 二人の旅路 phase-1〔1/4〕
格好良くハティスの街を出てひと月。
しかし俺たちは、まだリュースデイルの関(国境)に辿り着いてさえいなかった。
理由は、といえば簡単なこと。雪を舐め過ぎていたからだ。
まずは馬車に取り付けた新技術、『独立懸架式サスペンション』。これがいきなり故障した。
より正確には、寒すぎて衝撃緩衝機構が機能不全を起こしたのだ。
一応こんなこともあろうかと、サスペンション機構の無い支持脚も用意している為、それを取り換えることで(乗り心地は悪くなるが)車軸を保持することは出来る。が、雪の降る中、極寒の中での換装作業は、悪夢のように大変であった。
そして雪。これがいけない。
以前リュースデイルの町を訪れた時は、暦上の季節はようやく冬。地方の暦では冬の一の月だが、秋分から幾日もたっていない頃といえば、前世日本では連日30度Cを超える残暑の中だろう。一方今は春の一の月。1月といえば、これから寒くなる時季。そしてリュースデイルの関は、概算標高1,200m級の峠。
日本の信州や越州みたいに悪夢のような降り方はしないだろうが、それでもかなりの雪と氷で閉ざされること請け合いである。
ふと気が付くと、俺が馬車の前で馬たちの通り道を作る為に雪掻きをする、という意味のわからない旅程を消化していた。
「ご主人様、お茶が入りました」
「有り難う。流石に休まないと体が持たない」
「ですから私がしますというのに」
「今は俺が働く時間だろ」
旅に出てから、馭者も夜の見張りも、シェイラは全部をやりたがった。
けれど、たった二人で旅をするんだから、お互いに協力し合わなければ持つ訳ない、居眠り運転したり盗賊の襲撃の際全部俺に押し付けるつもりなのか、と諭し、ようやく納得してもらえた。
旅のルールとして、夜の見張りは半分半分。昼の運転も半分半分。運転しない時間の更に半分は、お互い確実に昼寝をする。残った時間は自由時間。身体を鍛えるも好し、本を読むも好し、馭者台に上がって話し相手になるも好し。
で、今日の午前は俺が馭者台に上がって運転の時間。……雪掻きしながら馬を曳いているけど。
◇◆◇ ◆◇◆
「なんか、完全に旅立つ時機を間違えたな」
幌馬車の中で温かい紅茶を飲み、干し肉とドライフルーツを摘みながら愚痴を零す。
「仕方ありませんよ。夏を待つには危険が大きすぎましたから」
キャラバンの中は暖かい。わざわざ車の中に小型の石炭ストーブを設置しているからである。そのストーブの上では、薬缶が湯気をだしている。足元は、クマの毛皮の絨毯。手元には暖かい紅茶。これで寒いなどと言えば、罰が当たるだろう。
「領主が見逃してくれるのは月が四回巡る間、年明けまでがぎりぎりだったろうからな」
「はい。あれ以上出発を延ばせば、皆さんに迷惑がかかりました」
「他人に迷惑をかけることは、流石に心苦しいからな」
「特に恩人なれば、ですね」
この旅に出てから、俺はシェイラに迷惑をかけることについて一切の気兼ねをしなくなった。そしてシェイラに迷惑をかけられることについては言うまでもない。
家族はお互いに迷惑をかけあうもの。だからお互い遠慮しない。
ある意味、俺たちは「俺たち」とその他の人たちで線を引いたのである。
だからこそ、シェイラも俺の実父関係の問題を、自分の問題として捉え、それが他人の迷惑になることを危惧している。
「それでも、夏場なら俺の足でも5日で着くリュースデイルに月が一巡りしても辿り着けないのは情けない。意地でも春のうちに関を抜けるぞ」
「急ぐ旅でもないのですから、のんびり行きましょう、って言いたいところですが、同感です。夏を待って知り合いの商隊に追いつかれでもしたら情けないですし、それ以上に領主様の手の者に追いつかれたら厄介です」
「そうしたら、少し手を変えるか」
「へ?」
「いや、のんびり馬車の旅も良いなと思っていたけど、これじゃぁ馬の負担が大きすぎる。
せめてリュースデイルを越えるまでは、スピード優先で行くとしよう」
「どうなさるのですか?」
◇◆◇ ◆◇◆
まずシェイラに、着替えをさせた。鹿革製の防寒具を鎧の下に着こみ、更にマントを付け、手袋と帽子とマフラーで隙間を埋める。
俺も同様に防寒着を着こみ、石炭ストーブの火を落とす。
そして、馬をキャラバンから解き放ち、代わりに馬に馬具を装着。そして、キャラバンを俺の〔無限収納〕に格納した。
「じゃぁ行こうか」
「……初めからこうしてください!」
◇◆◇ ◆◇◆
シェイラにしこたま怒られたので、取り敢えず野営のときにキャラバンを出し、それ以外は馬に乗って移動することにした。……これじゃぁ単に、持ち運びの出来るコテージでしかないような??? 否、あくまで厳冬期だけだ。暖かくなったら改めて馬車の旅を楽しめば良い。
それからの旅は順調。流石に走ることは出来ないが、馬の蹄鉄はしっかり雪を踏みしめる。
ただ馬車の旅に比べ、騎乗の旅は疲労度が大きい。リュースデイルで宿を取ろうかとシェイラに問うたら、あの町に良い印象はないので、と断られた。関を越えたらゆっくり休めるところを探すことにしよう。
そして、春の三の月を目前に控えた一日、ようやくリュースデイルの関に着くことが出来た。
☆★☆ ★☆★
カナン暦411年というから、今から約300年前。この地で大きな戦いがあった。
カナン暦351年、大陸南西部の覇権を賭けて、フェルマール王国とリングダッド王国の間で戦争が起こった。
その戦争の結果フェルマール王国は南ベルナンド地方を失い、リングダッド王国はマキア王国とスイザリア王国(当時はまだ二重王国ではない)の独立を許すことになった。
その為リングダッド王国はスイザリア王国と終わりの見えない戦争をはじめ、その戦争の便宜を図る為マキア王国と同盟を組み、またフェルマール王国は失地を回復する為に三国の戦争に介入した。
そしてフェルマール王国がマキア王国を降した後、スイザリア王国との決戦に及んだのがこのリュースデイルだったのである。
激戦ではあったが、フェルマール軍の地形を利用した波状攻撃の末スイザリア軍は敗走、フェルマールとスイザリアの講和のきっかけともなった。
以後、スイザリア軍の侵攻を食い止める為この地に堅固な関を築いたが、幸か不幸か現在に至るまで、この関を挟んで軍が対峙したことはない。
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「手形と旅券を見せろ」
「この通りです」
「越境の目的は、商売の視察、か。最近の孤児院は、商人の真似事をするようになったのか。
そっちの獣人の娘は?」
「自分の奴隷です」
「そうか。ご禁制の品などは持っていないな」
「はい、どうぞご確認を」
「ふむ。通ってよし」
「有り難うございます」
歴史ある関を抜け、俺たちはスイザリア=リングダッド二重王国に入国した。
(2,972文字:2015/11/13初稿 2016/05/02投稿予約 2016/06/29 03:00掲載 2016/06/30誤字修正(カナン歴→カナン暦) 2016/10/11誤字修正)




