第41話 三つの身分
第07節 年末年始~旅支度~〔4/5〕
冬至も近い、冬の三の月の一日、俺とシェイラは冒険者ギルドのギルドマスターに呼び出しを受けた。
「よく来たな。お前たちの越境手形と旅券が発行されたぞ」
「何だかんだ言って月が三回巡ったな。普通はもっと時間がかかるのか?」
「今回は出立の予定が年明けだったからな。発行を急ぐより、その周りの環境を整えるのに時間をかけた」
「どういうことだ?」
「普通なら、行って帰ってくるまでが依頼だ。帰ってこなければ、死亡と認定してギルドの名簿から除籍する必要も出てくる。
だがお前たちの場合は、いつ戻ってくるか――いつ戻って来れるか――わからない。
だから、何年経っても死亡扱いしないようにする手続きが必要になる。
ギルド内部の問題とはいえ、お前たちにいらぬ心配をかけたのなら謝罪する」
「いや、そういうことなら問題はない。寧ろこちらこそ感謝しなければならないな」
「そういうことで、お前たちは三つの身分に基づいて、二重王国に向かってもらうことになる」
「三つの身分?」
「商人としての身分、冒険者としての身分、そして町長の密偵としての身分だ」
「くわしく。」
「商会【セラの孤児院】は、【ミラの店】の依頼を請けて既製服の販路を広げる為に、二重王国の商都モビレアを視察する。
冒険者旅団【C=S】は、商会【セラの孤児院】の護衛としてモビレアを目指してもらう」
「自分で自分の護衛をするのか」
「お前たちがどう思っているのかは知らないが、銅札冒険者なら無条件で国境を越えられる訳じゃない。越境自由の特権が認められるのは白金札だけだ。
だから、商隊の護衛という名目が必要になる」
「納得した」
「それが商人としての身分と冒険者としての身分だ。そして、最後に町長の密偵としての身分。
これは、密輸事件についての詳細を調べてほしい。期間は無期限」
「ちょっと待て、期間無期限の調査って、何の意味がある?」
「お前たちが戻ってこない言い訳になる。そして、町長は一代貴族とはいえ爵位がある。その密偵としての立場があれば、モビレアの領事館の職員の協力を求めることも不可能ではないだろう。もっとも、その立場を表せば、中央政府にまで伝わる可能性もあるだろうがな。
付け加えれば、密偵としての身分の旅券は、お前の本名で発行されている。アレクサンドル・ベルナンド伯子殿」
「……使いたくねぇ~~」
「その一方で、お前たちに頼みがある」
「密輸の調査以外に、か?」
「それはしてもしなくても構わない。
頼みというのは、お前がこの街でしたようなことを、余所の町ではしないで欲しいということだ」
「……俺はこの街で何かしたか?」
「呆けても無駄だ。石炭に木炭、手押しポンプに石炭ストーブ、“長さ”の基準器と服の規格、商人ギルドでは帳簿について新しい視点を持ち込み、鍛冶師ギルドでは製鉄と作刀技術に関して助言をしただろう? 他にもあったな。全て列挙してほしか?」
「いや、必要ない。というか、そんなに色々やっていたとはな」
「自覚無かったのか?」
「そういう訳じゃないけど……」
「無自覚だったというのなら、無自覚で別の地でも同じことをしそうだから釘を刺す。
自覚していたのなら、自覚した上で別の地ではしないようにしてくれ」
「“頼み”でしかないのか? 命令じゃなく?」
「命令しても無駄だろう。あとからそれを無かったことにすることは出来ないからな」
「わかったよ」
と、ここで(今まで黙って話を聞いていた)シェイラが口を挟んだ。
「私は納得出来ません」
「シェイラ?」
「何故ご主人様の為さることを、ギルドマスター如きが掣肘するというのですか?
否、ギルドが個人の行動に注文を付けることが納得出来ません」
「それは仕方がないことだよ。
よく、ギルドは国家より大きな力があるという冒険者がいる。
確かに、ギルドは国家の枠を超えて情報を交換し、協力体制を整えている。
けど、有事に於いて、言い換えると戦争が起こった時。
冒険者ギルドは戦力――つまり傭兵――を国家に提供する。
商人ギルドは物資と軍資金を国家の為に調達する。
鍛冶師ギルドは武器と防具だ。
魔術師ギルドは知識と魔力。
つまり、国家の為に各ギルドはその力を供出する義務がるんだ。
ギルドは国家より大きな力があるというのは間違いだ。
正しくは、王家や貴族領主とともに国家を支える組織。それがギルドなんだ。
平時は国より民、国民よりどこにでもいるただの人々を優先するというだけで。
そして知識や技術は、有事に於いては戦力になる。
産業は、有事に於いては継戦能力に直結する。
だからこそギルドマスターとしては、他国の国力・軍事力を増加させる可能性を、極力排除しなければいけないんだ」
俺の、シェイラに対する解説を聞き、まるで口頭試問で審査する教授のような仕草でギルドマスターが頷いた。
「理解してくれていて光栄だね」
「俺はこの国を愛してはいない。けど、この街には恩があるし、愛着もある。
今可能性が提起されているのは、南部国境で戦端が開かれるという状況についてだ。
その場合、この街が戦場になる惧れがある。
だからその可能性を排除する為なら、ギルマスの言葉を受け入れることに否やはない。
それに、町長の密偵が、この街に災いを齎す訳にもいかないしね」
◇◆◇ ◆◇◆
「だけどやっぱ、あたしは納得出来ないな」
孤児院に戻ってから。もうこれで何度目になるかもわからない、シアの愚痴が零れた。
「犯罪者を捕らえたアレクが褒められると領主が困るから、だからアレクを放逐するって、どういうことだよ。それじゃあ犯罪者を野放しにしておいた方が良いってことか?」
「シア。わかっているんでしょう?」
「わかってるさ。これが最善だってことくらいは。だけど!」
「アレク君の前でこういうことを言うのはどうかと思うけど。多分領主様は本当の意味で無能なんだと思うわ。だから、自分より優秀な者を認められない。たとえそれが自分の息子でも。
だから、アレク君は家から追い出された。
けど、アレク君は野に埋もれるような質じゃなかった。
だから、今度は領から追い出されることになった。
けど、もしそれでも尚埋もれることなければ。
今度は領主様を飛び越して、国王陛下のお目に留まることになるかもしれないわね」
「昔からミリアが言っていたように、『アレクはお殿様になる』のか」
「その時は、今度こそ正面切ってアレク君に色々頼らせてもらわないとね」
(2,819文字:2015/11/12初稿 2016/05/02投稿予約 2016/06/25 03:00掲載予定)
・ 越境手形は旅団・商隊単位で発行され、越境の目的が記載されます。また旅券は個人に対して発行され越境後の身分証明の為に使われますので、それが公的なものであれば領事館等の協力を要請出来ます。
なお越境が許される商隊は、商人ランクB以上の隊商に率いられたものだけです。




