第40話 酒と車とオーパーツ
第07節 年末年始~旅支度~〔3/5〕
ある日、俺とシェイラは街の酒造場を訪れた。
ここでは、麦酒の蒸留酒と葡萄酒の蒸留酒を作っている。
一年前の『鬼の迷宮』に行く前も、ここで蒸留酒を樽で購入したのだが、今日は旅路に持参する酒の購入の他に、杜氏(酒師)に聞きたい話もあったのである。
「こんにちは、ちょっと良いですか?」
「なんだね、少年」
「もしかしたら失礼にあたる質問かも知れませんが、ここで作る麦酒の蒸留酒と、ブッシュミルズ産の蒸留酒って、どう違うんですか?」
「確かにあまり嬉しくない質問だな。だが答えよう。
一番の違いは、薫りにある。酒の造り方は秘伝となっている為詳しくは説明出来ないが、その製法の一部にブッシュミルズでは特殊なモノを使っているようだ」
「特殊なモノ。秘匿するに足りる、つまりはその場所特有の何か。けれど酒造りで豊富に使用出来るもの。
……答えられないのなら答えないで構いませんが、麦酒の蒸留酒の製法に、燻製かそれに類する工程を必要としますか?」
「……何故知っている?」
「成程、ここで泥炭が出てくるのか」
「ぴーと? なんだそれは?」
「おそらく、ブッシュミルズの蒸留酒造りに使われる燃料の名称です。この街の近郊では、昨年『鬼の迷宮』の内部で見つけました」
「迷宮の中だと? 興味はあるが、それじゃぁ使えないな。だがどうしてお前はそれを知っている?」
「以前書物で読んだことがあるんです。麦酒の蒸留酒の薫りは泥炭で決まる、って」
「そうか。良いことを教えてくれた。
泥炭、か。調べてみる価値はあるな」
「お役に立てて光栄です。
もう一つ教えてください」
「何だ?」
「麦酒の蒸留酒を熟成する過程で、楢材の樽に詰めますよね?
何故ですか? 他の木材の樽や壺ではいけないのでしょうか?」
「何でもなにも、麦酒の蒸留酒の熟成には、オーク材の樽と昔から決まっている。
それとも、他の木材の樽や壺で蒸留した方が、もっと美味しくなるというのか?」
「いえ、オーク樽が最上だと思います。が、一番古い酒も、オーク樽を使っていたのかな、と」
「そんなことは知らない。だがオーク樽に詰めるとオークの薫りが酒に移り、美味くなる。
それで充分だろう」
「おっしゃる通りです。色々有り難うございました」
「もう良いのか?」
「はい、充分です。それから、葡萄酒の蒸留酒を一樽、孤児院に届けてもらえますか?」
「わかった。またどこかの迷宮に行くのか?」
「迷宮じゃないですけど、ちょっと遠征に」
「そうか、わかった」
◇◆◇ ◆◇◆
「あれは、どういうことなのですか?」
酒造場からの帰り道、シェイラが俺に質問してきた。
「あれ、とは?」
「オークの樽がどうのこうの、ということです」
「あぁあれか。
実は、アレはありえないことなんだ」
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ウィスキー(スコッチ)とオーク樽の関係は、地球の歴史に於いては必然である。
「スコッチ」とは、スコットランド産のウィスキーのことであるが、17世紀にスコットランド王室は、ウィスキーの密造酒に対して課税することを決めた。
その為酒造家たちは課税を逃れる為、空になったシェリー酒を詰めていたオーク樽にウィスキーを詰め、洞窟の中に隠した。
一冬越して樽を開けると、馥郁たる薫りと深い味わいの、スコッチウィスキーがそこに出来上がっていたのである。
酒の歴史と課税(規制)の歴史は、切っても切り離せない。
アメリカの禁酒法然り、平成日本の「発泡酒」「第三のビール」などの開発然り。
だが逆に、だからこそこの世界の酒の歴史に不整合を感じるのである。
この世界では、酒に重税を課したという歴史はない。酒造りを規制するという法律が施行されたという歴史も、酒造りを管理する法律が施行されたという歴史もない。
なら、熟成する為の酒をオーク樽に詰める、という発想が生まれてくる根拠が薄弱なのである。
勿論、幾種類かの樽を試した結果、オーク樽が一番良いと判断したというのなら話は分かるが、そういった試行錯誤なくオーク樽を決め打ちした。そこに違和感を覚えるのだ。
抑々、酒を蒸留するということ自体は地球史上ではメソポタミア文明期より行われていたが、それを高級酒を作る技法として確立するに至ったのは、酒の量に対して課税するという施策の所為である。蒸留することで酒精濃度を高め、少ない量で酒を楽しめるように、と開発されていったのだ。
一方この世界では「蒸発=消滅」と認識しているにもかかわらず、酒造りに関してだけ蒸留という知識がある。このこと自体、不自然でもある。
こういった点について、「どこかで既に存在していた知識を持ち込んだ誰か」の影を見るのは、発想が飛躍し過ぎているだろうか?
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とはいえシェイラに、異世界だの転生だのの話をしても、今はまだ理解出来ないだろう。
適当に誤魔化して、孤児院に帰ることとした。
◇◆◇ ◆◇◆
孤児院に帰ると、シンディさんが待っていた。
「おかえりアレク君。早速だけど、馬車の設計図が仕上がったよ」
今回の旅に使う馬車には、幾つかの新技術(と言えば聞こえは良いが単に異世界チート)を盛り込んでいる。
そのうちの一つは、独立懸架方式のサスペンションである。
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地球に於けるサスペンションの歴史も、追いかけてみると面白い。
何と紀元前一世紀、古代ローマではバネ式のサスペンションが使用された馬車が実用化されてたという記録がある。
しかし、ローマ帝国崩壊とともにその技術は廃れてゆき、17世紀に改めて歴史の表舞台に登場するまで、誰にも知られることがなかったという。
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どうせ俺専用の馬車で、車輪をゴムで覆うことなど不可能なのだから、可能な限り乗り心地の良いものにしようと、コイル式サスペンション&ショックアブソーバーの技術概念をシンディさんに伝えたのである。
そしてシンディさんの設計図を見てみると、一つの懸念材料が解決している。
それは、整備し易さに関してである。
独立懸架式サスペンション、など、はっきり言って俺は壊れても修理出来ない。
それでいながら、おそらくは最も故障し易い箇所だろう。
その為、故障したときは潔くその部品を破棄し、健常品と交換出来るように考えたのである。
サスペンションの修理は出来なくても、サスペンションの交換を出来れば良い。
その為に、馬車下部に手回し型・収納式の車体固定装置を設置し、両車輪が完全に宙に浮いた状態で馬車本体を固定出来るようにしている。
勿論、このアウトリガーも交換可能部品として設計している。
異世界チート全開(というより「ボクの考えた、最強馬車」という雰囲気)の幌馬車(といいながら幌ではなく金属骨格)は、これより製造が開始される。
(2,918文字:2015/11/11初稿 2016/05/02投稿予約 2016/06/23 03:00掲載予定)
【注:泥炭に関しては、第一章第45話と第二章第14話で触れています。
スコッチの歴史については、SUNTORY社のHP内記事「シングルモルトの基礎知識」(http://www.suntory.co.jp/whisky/malt/index.html)の歴史の項を参照しています。なおこの世界では「ピートで乾燥させた麦芽を用いたウィスキー」を「スコッチ」と呼んでいます。なお、「ブッシュミルズ」はアイルランドにある世界最古の蒸留場の地名から借用しておりますが、アイリッシュウィスキーはノンピートが主流なのだそうです。
また、古代ローマ時代にサスペンションが使用された馬車があったという記述は、Wikipedia「キャリッジ(馬車)」の項(https://ja.wikipedia.org/wiki/キャリッジ)で触れられておりますが、原典までは辿れませんでした。
更に「アウトリガー」に関しては、某大先生の画像検索でトラックの両脇に出てくる奴、と考えれば間違いありません】
・ なお、泥炭に関してアレクが「以前書物で読んだ」と言っているのは、前世に読んだWeb小説〔ド●ー●・ライフ〕、だったのかも知れません。




