第38話 会合
第07節 年末年始~旅支度~〔1/5〕
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旅に出たい。
ずっとその日を夢見てた。
旅に出て、世界を知りたい。
旅に出て、未知と向き合いたい。
そう、思っていた。
けれど。
仮の宿と看做したこの街の人々が暖かすぎて。
仮の宿の筈のこの街の居心地が良すぎて。
「いつか」「そのうち」「遠からず」
そう言い訳して、その日をずるずる先延ばししていた。
でも。
旅立つ理由が見つかった。
旅立つ目的が見つかった。
なら。
もう、自分を偽るのは止めよう。
もう、韜晦する時じゃない。
もう、甘える時間はおしまい。
さあ、旅に出よう。
◇◆◇ ◆◇◆
「まずは、ご苦労だった」
俺たちが今いるところは、ハティスの庁舎の会議室。
町長をはじめとする街の役人たちと、冒険者ギルドの幹部、そして俺とシェイラが集っている。
リュースデイルの顛末は、シェイラが先行して街に戻り、既に報告が終わっている。拐かされた女性たちは、全員家に戻り、押収した武具は、俺たちがハティスに到着してすぐ庁舎に提出している。
「こちらからの調査結果を報告しよう。キミたちは聞く権利がある筈だからね。
人攫いを中心に貴金属等の窃盗を繰り返す盗賊団『悪神の使徒』は、スイザリア王国の副都モビレアに拠点を持つことはまず間違いないだろう。それが本部か支部かは今のところわからないがね。
続いて、密輸関連。
キミたちが齎してくれた情報から、ギルドの出張所の所長はおそらく逮捕出来る。が、リュースデイルの町長は、ほぼ間違いなく関わっているだろうが、手が届くかどうかはわからない。
他に、商人ギルドに対する強制査察の結果、密輸に加担していると思われる隊商を特定し捕縛することが出来た。
一方、領内に密輸団が跳梁しているという事実に関しては、……はっきり言って領主様の腰は重いようだ」
「何故?」
「それこそ領主様の統治能力を疑われることになるからだ。
押収された武具は、剣が62本、槍が87本。これは、どう考えても小遣い稼ぎの範疇に留まらない。
今回押収した武具がその全てだとしても、ちょっとした部隊の全員に行き渡る量だ。他にもあると考えると、国家間の軍事バランスを左右する量に達する可能性さえある。
つまり、本来なら領主様どころか国王陛下の裁可を求めなければならない事案だということだ。
だが当然、それほどの量の密輸を見逃していたとなると、領主様の責任も追及される。場合によっては爵位剥奪の上蟄居、とういことにもなりかねない。
そして仮に領主様が蟄居することになったとしても、国としては何も困らない。何せ、この問題を見つけ出し、その密輸を阻止したのが庶子とはいえ領主様の息子であるなら、陛下の御下命によりその庶子を次期領主として襲爵させれば良いだけのことだしね」
「だから、領主は大事にしたくない、と」
「そのようだね。密輸をただの犯罪として、今後の犯罪を阻止出来れば、結果的に何も起こらないだろう。そうなれば、別に陛下に奏上する必要もなく、またしたら陛下の御心を煩わせることになってしまう」
「そんな言い訳で――」
「その一方で、万一これが某国の軍事力増強に使われるとしたら。その矛先は、十中八九我が国に向くだろう。
我々は、自衛の為にもそれを阻止する必要がある。
このことは、既に商人ギルドのマスターとも話し合い、決定したことでもある。
今後、南方に向かう商隊は、品物を検めてからでなければ街を出ることも出来ないようになる」
「南方、ってことは、二重王国だけじゃなくマキア王国も?」
「マキア王国は、確かに我が国の最友好国だ。だが、だからといって国民全員が我が国に対して友好的とは限らない。
我が国に対して暴力的犯罪を企む者もいるだろうし、我が国に敵意ある国家や組織に金や武器を流して小銭を稼ごうとする者もいるだろう。
だから、外国に向かう商隊は、例外なく臨検を受けることになる」
「成程。商人たちの不満は高まるだろうけど、この場合仕方がないな」
「ところで。それに関連して、キミに一つ命令、いや“お願い”しなければならないことがある」
「断る。」
「……話を聞く前に断るのか?」
「ああ。その内容を町長に言わせる訳にはいかないからな。
寧ろ、俺の方から町長に頼みがある」
「何だ?」
「年明け早々になると思うが、俺はスイザリア王国に行きたいと思っている。
一応俺は銅札冒険者だから、越境手形そのものの発行は認められると思うが、旅券の手続きに時間がかかる筈だ。
そこで、町長の方から旅券の発行を認めてもらえないだろうか?」
「何故、このタイミングで?」
「昔からカナン帝国の遺跡を調査したいという夢があった。
そして、シェイラを傷付けた狂的科学者がモビレアにいる可能性が高いというのなら、そこに行かない理由はない。
……別に、領主が絡んでくるかもしれないからこの街から離れた方が良い、なんて思っている訳じゃない」
間違っても、これは町長の命により街を追われる訳じゃない。
しかし、「俺がいるから領主の首を挿げ替えられる」などという話が僅かでもあるのなら、領主は俺を抹殺することを考えるだろう。その場合、戦場になるのはこの街だ。
“来る者拒まず”の『冒険者の街』が、罪なき冒険者を追放したなどと言うことになれば、街自体が立ち行かなくなる可能性さえある。
だから、町長にそれを口にさせる訳にはいかない。
だから、俺が街を出るのは自分の意志。
昔からの夢を叶える為、そしてシェイラを泣かせた狂的科学者に落とし前を付ける為、俺はこの街から旅立つのだ。
「よくわかった。こちらで出来る限りの手配をしよう。
必要なら旅費の用意も出来るが?」
「それはいらない。正当な報酬だけで充分だ」
「そうか。なら今回のリュースデイルの一件、遡って街からの依頼として手続きしよう。ギルドマスター、構わないな?」
「ですが、町長からの依頼を請ける為には、銅札ではランクが足りません。
今この場で、特例ですが銀札へと昇格させようかと思いますが、如何でしょう?」
「私は問題ないと思うが、特例を無闇に認めたら軋轢が生じる可能性がある。
そのあたりの擦り合わせを担当職員としておいてほしい」
「畏まりました」
「それで、出立はいつになりそうだ?」
「しっかり準備する必要があるからな。今日の明日のの話じゃない。
それから個人的に、来春の加護の儀式は見届けたい。
出立はおそらくその後だな」
「そうか。ではそれに合わせて手形も用意しておこう」
(2,947文字:2015/11/10初稿 2016/05/02投稿予約 2016/06/19 03:00掲載予定)




