第37話 決着
第06節 冬~獣人少女の里帰り~〔6/6〕
俺は縛り上げた三人を連れ、シェイラは少年少女を護衛しながら、集落に戻った。
そして大人たちに事情を説明した上で『悪神の使徒』の三人を空き家に放り込む。うち、リーダー格の男だけはすぐに引き摺り出し、他の仲間たちの居場所を尋問した。
そのまま男たちは放置して、俺とシェイラは『悪神の使徒』の拠点を強襲することにした。
勿論、集落には『悪神の使徒』に内通している者がいる可能性を否定出来ない。が今日一日で決着を付けるのであれば、その内通者が動く暇もないだろう。
◇◆◇ ◆◇◆
この地域の『悪神の使徒』の拠点は、森の中の(放棄された)狩猟小屋のようである。
そして覗き見ると、男たちは8人。他3人ほどの女性が囚われているようだ。なら話は簡単だ。
そして、夜を待つ。
日が暮れ、騒いでいた男たちも酒を呑み、順次潰れていく。自分たちの身に危険が迫っているなどと、想像もしていないに違いない。
まだ起きているのは見張りが二人。この二人の背後に回り、(シェイラにもブラックジャックを作ってあげて)昏倒させた。
そして酔い潰れている男たちを縄で縛り、シェイラは女性たちを逆に解放していった。
囚われていた女性たちは、リュースデイルの出身ではないようで、話し合いの結果俺たちの帰りの馬車で送っていくことにした。
そして男たちを引き摺って集落に戻り、先に捕縛した三人と同じ空き家に放り込み、扉を施錠した。それだけじゃ足りないので、そこに魔法をかける。
無属性魔法は、「物を動かす」魔法。なら、逆に「動かないようにする」ことも出来る筈。
そう思って開発した、無属性魔法Lv.1【物体操作】派生05.〔状態保全〕。
これにより、魔法を解除しなければ(たとえ錠を壊しても)扉は開かない。
◇◆◇ ◆◇◆
俺と女性たちはリュースデイルの宿で一泊し(当然、別の部屋を用意した)、朝再び集落へ。
俺が集落に着くと交代で、シェイラが集落を出た。近くまで来ている筈の、ハティスから出た馬車を誘導する為だ。
で、暇を持て余しているとき、一人の獣人の少女が近付いてきた。昨日、拐かされそうになった娘だ。
「あの、聞かせてほしいんですけど」
「何か?」
「シェイラちゃんのこと」
「何?」
「貴方が、シェイラちゃんを助けてくれたんですか?」
「違う。俺は偶然シェイラと出逢っただけだ。シェイラに救いの手を差し伸べたのは、周りのたくさんの大人たちと、同じくらいたくさんの弟妹達だ。シェイラの周りにいた人たちは、誰一人シェイラを忌避しなかった。だから、シェイラは救われた」
「シェイラちゃんをその人たちと引き合わせてくれたのは、貴方なんでしょう?」
「……偶然だ」
「貴方は、シェイラちゃんのことが好きなんですか?」
「家族だと思っているよ。君が望んだ答えじゃないだろうけれどね」
「家族……。家族だから、シェイラちゃんを助けたんですか?」
「家族だから、とか、助けた、とか、そんな表現自体に違和感があるね。
家族なら支え合うのは当然だし、泣いている子供がいたら、家族であろうがなかろうが手を差し伸べるのもまた当然、だろ?」
「私たちは、泣いているシェイラちゃんに石を投げて、結果的に追い出してしまいました」
「だから、この集落の人たちが何を考えているかなんて知らないよ」
「私たちは、シェイラちゃんに何と言って謝れば良いんでしょう?」
「だから、知らないって。
穢されていた訳じゃないと知って、誤解だったと気に病んでいるのか?
じゃぁ実際に穢されていたら、自分たちがやったことは正当なことだったと胸を撫で下ろすのか?
なら謝罪したいという気持ちそのものが、筋違いに他ならないね」
「……」
「あんたたちが考えるべきことは、シェイラにどう謝罪するかじゃない。
今後シェイラのような子が、集落から生まれないようにするにはどうしたら良いかを考えることだ。
自分たちが捨てた子に対して謝罪したいなんて、自分の中の罪悪感を和らげる為の自己満足に過ぎないんじゃないか?」
「……」
少女は、それ以上何も言わずに去っていった。
結局、ここは「過去」でしかないのだろう。
◇◆◇ ◆◇◆
「アレク!」
どうやら迎えが来たようだ。馬車の馭者台には、シアとシェイラの姿が見える。
女性たちと、縄に繋がれた『悪神の使徒』の男たちを馬車に乗せ、再びハティスへの針路を辿る。
「シェイラ。家族に挨拶しないで良いのか?」
「もう全て終わりました。この集落に何の未練もありません。
それに、私の家族はここにいますし」
俺の腕を取りながら、シェイラはそう言った。
あの晩、シェイラが両親とどのような話をしたのかは聞いていない。今後も聞くことはないだろう。
けれどシェイラの表情に憂いも陰りもない。
どのような形かは知らないが、ちゃんと終わらせることが出来たのだと思う。
「じゃぁ、帰ろうか」
「はい!」
なら、それで良い。
☆★☆ ★☆★
数年の後、フェルマール王国全土が戦火に包まれた時。
リュースデイルの関は、侵略者の軍勢を前に一瞬も抗し得ず突破されたという。そのことから、後に「見た目が立派でも役に立たない物」の譬えとして「リュースデイルの関のよう」と謂われるようになる。
しかし後年の研究で、リュースデイルの関が破られたのは施設が役に立たなかったからではなく、国境警備に当たった領兵の士気の低さと緊張感の無さが原因であったから、という説と、内通者が内側から関を開いたから、という二説が有力になっている(その両方だ、という説もあるが)。
また用兵学上の研究では、兵に対する士気の維持という観点で、リュースデイルの関の守備兵と対比して、数万の大軍を100人そこそこの小鬼だけで三日に亘って足止めしたカラン村の防衛戦や、戦争全体を通じて彼我に最大の損耗を強いたハティスの戦い(スイザリア軍二万五千のうち死傷者約六千人、ハティス防衛隊八百人のうち生存者0)に臨んだハティス市民兵についてなどが論じられることになる。
なお、その戦乱期に於けるリュースデイル近郊の獣人の集落について記述された資料は、存在しない。
★☆★ ☆★☆
(2,655文字:2015/11/10初稿 2016/05/02投稿予約 2016/06/17 03:00掲載 2016/10/11誤字修正)
・ よく「総戦力の3分の1の損耗で、その軍は全滅と判定される」と言いますが、これはその軍の指揮官の統率力と兵の士気に左右されます。一説には、第二次大戦中のイタリア軍は1割の損耗で壊走を始めた、旧日本軍は損耗率8割を超えてもなお継戦能力を維持していた、などという逸話もあります。




